2018年03月06日 09:42 弁護士ドットコム
ペットをめぐるトラブルが、裁判所や自治体、弁護士に持ち込まれるケースが増加している。代表的なのは、過剰に繁殖させたペットが近隣の住環境を著しく悪化させる「多頭飼育崩壊」問題だが、それ以外にも「噛んだ・噛まれた」、集合住宅でのペット飼育など大小様々な問題が日々、発生している。
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30年にわたってペット問題に取り組んできた渡邉正昭弁護士は「私が扱ってきたペットトラブルの内容は時代に応じて変わってきました。その一例として、5年前くらいから、近隣を巻き込んだトラブルや、相続問題とペットといった高齢化社会の影響が見えてきました」と語る。最新のペットトラブルの動向などについて詳しく聞いた。
一般社団法人「ペットフード協会」の発表(2017年12月)によれば、日本では今、犬と猫あわせて1844万6000匹が暮らしている(犬が892万匹、猫が952万6000匹)。
少子高齢化、単身世帯の増加、住環境の変化など様々な事情から、ペットと人間とが距離的にも心理的にも接近し、ペットが「家族の一員」となってきただけに、この30年で寄せられる相談は「時代に応じて、内容や性質が変わってきています」と渡邉弁護士は言う。
「当事務所では10年以上前までは、いわゆる犬の咬傷(こうしょう)事件ですね。噛んだ、噛まれたという比較的単純な案件が多かった。それが10~5年前くらいから、さらに範囲が拡大し、契約上の権利関係をめぐる種々なトラブルが目に付くようになってきたんです」
典型的なのが、賃貸・分譲マンションでの「ペット不可なのに飼育している」「ペットの飼育許諾の条件に違反している」「ペットの飼育方法に問題があり、騒音や悪臭などで近隣に被害を与える」「突然の規約変更でペット不可になってしまった」など不動産賃貸契約や管理規約の解釈をめぐるトラブル。
また、「獣医師の医療ミス」「ペットショップで買ったペットに病気や先天性疾患があったことが後から判明した」「先天性疾患を隠されて買ってしまった」「トリマーが施術中にペットに火傷や怪我を負わせる、トリミングの仕方を誤る」などの売買契約や事務処理委任契約違反をめぐる相談も増えたという。
さらに、最近の5年間の特徴としては、相談内容が質的量的にさらに多種多様化し、解決方法についても法律の知識や経験だけでは対応が困難な事案が増えたことがあげられる。
「事務所の取扱い事件の最近5年間の特徴としては、法律の知識や経験では適切な対応ができない事案が増えてきました。たとえば、一人暮らしの高齢者が、犬の散歩を十分にさせることができなくなり、犬はストレスから無駄吠えを続けたため、近所の住民が苦情を述べたものの高齢者は言うことを聞いてくれない事案。ご近所の飼い猫が庭に入ってきて糞尿をすることを注意をしたら、かえって逆切れされて嫌がらせをされるようになったなどの事案です。
これらの事案では、初動のまずさから人間関係を悪化させ、トラブルを拡大させてしまっています。相手方を説得し、合意に至るための手法(例えば、交渉心理学やコミュニケーション技法の実践的知識や経験)が必要とされます。さらに、ニュースでも時折報じられる『多頭飼育崩壊』についても、同様な視点から対応することが必要です」
そして今、渡邉弁護士が注目しているのが「ペットの帰属をめぐるトラブルです。裁判例も増えてきていますね」という。
「たとえば、離婚する際や男女関係の解消の場合に、どちらがペットを引き取るかという問題、逃げ出したペットの所有者は拾得者か飼育者かという問題。そして最近、とみに増えてきたのが、相続や成年後見の場面で高齢の親が飼っていたペットを誰が引き取るかという問題です。
誰かが望んで手をあげてくれれば良いですが、皆が押し付け合うこともあるし、遺言書で取得者が決められていても,その方が取得することができなかったり、取得を拒んだりする場合があります。
飼育者が、将来ペットの面倒をみることができなくなることを想定して、第三者にペットの飼育を委託する契約を締結したり、いわゆる『ペット信託』を利用するという方法もあります。ただ、この場合でも、特定の誰かを指定する必要がありますし、ペットの飼育者の選定や飼育方法の問題は、財産の問題とは切り離せません」
そもそも、ペットのことを思えば、住環境は大きく変えないのが望ましい。しかし、「ペットの世話をしてもらう人に対して遺言書などで住宅も渡すことにすると、他に充分な遺産がないような場合には相続争いが起こりやすい」と指摘する。
時には、渡邉弁護士自らが里親探しに奔走することもあるそうだ。
ペットの飼い主が知っておくべきことはあるのか。これまでの経験をもとに、渡邉弁護士は次の4つをあげる。
(1)ペットトラブルでは何より「初動」が肝心
(2)ペット関連の契約では「相手を素人だと思え」
(3)賃貸住宅では必ず「許諾条項」の確認を
(4)TPOにあわせて「リード」の長さを調整して
最近の傾向である、近隣問題に発展するケースでは、初期対応が何より肝心だ。たとえば、「鳴き声がうるさい」「糞が臭い」と近隣が思っても、愛情を持って育てている飼い主には、その認識がないこともあるそうだ。
「交渉においては、いきなり自分の立場や法律的要求を強く主張することは、相手方を過剰に刺激すると認識した方がいいですね。
意外に思われるかもしれませんが、相手に手土産を持って話に行く、自分の立場や要求をいうことを控えて、できる限り相手方の話をよく聴くようにするなど、相手方に与える刺激をできるだけ小さくしながら信頼関係を築き、その上でご自身の希望を聞いてもらえるような交渉をしていきましょう。初動を誤ると、相手も頑なになってしまい、トラブルが深刻化することになります」
2点目で言う「相手」とは、「ペット産業(ペットホテル、トリミング、ブリーダー、ショップ)」を指す。「こうした職種は国家試験があるわけでもなく、玉石混交だと思った方がいい。利用する時は、『すべてお任せ』が一番よくないですね。契約の段階で、契約書や関連書類のチェックをきちんとして、細かい点も確認しながら、細心の注意をはらって契約を進めてください」
3点目の賃貸住宅でのトラブルは、訴訟に結びつきやすいのだという。「『ペット不可だけれども、他の住民は飼っているから』と飼ってしまったり、ペット可物件でも騒音や臭いに配慮しなかったりすれば、トラブルに発展します。飼育の許諾条項があるからといって、万能ではないことも肝に命じてください」
時代を問わず、古くからあるトラブルが「噛んだ・噛まれた」のトラブルだ。これは(4)のリードを適切に使うことが有効だ。
「リードなしは問題外ですが、リードの長さや使い方次第では、飼い主の過失が問われる可能性があります。『うちの子は大丈夫』と過信せずに、リードを使うときの状況や目的、ワンちゃんの体格、性別、年齢、性格にあわせて対応して欲しい」
ところで、東京・六本木に事務所を構える渡邉弁護士。「ペット問題を扱い始めたのは、弁護士になってすぐですから、30年くらいになります」と言うが、きっかけは何だったのだろうか。
「私が動物好きだからです。子どものころから、猫ちゃんは常時20匹くらい、延べ100匹くらいは飼っており、ワンちゃんも3、4匹は飼っていましたね」
幼い頃から、動物と濃密に過ごした経験は、弁護士の仕事でも活用できているという。
「ワンちゃんは人間の言葉がわかりますが、猫ちゃんはワンちゃんほどはわからない。そこで、たくさんの猫ちゃんを飼っているときに、猫ちゃんを観察し、『修行』した結果、『怒っている』『悲しんでいる』『I miss you』。この3つの猫語をマスターしました。最近でも、初対面の猫ちゃんやワンちゃんとも気軽にコミュニケーションを交わすことができますし、向こうから寄ってくることもあります。弁護士としての仕事にも役立っています」
ちなみに現在のペットは、ワンちゃん一匹である。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
渡邉 正昭(わたなべ・まさあき)弁護士
交渉戦略家・税理士・弁理士 元家事調停官
心理学を活用した法的交渉が特徴。ペット問題に30年関わり、相談や事件依頼は全国各地から、近時は世界各国からも。セカンドオピニオンや引き継ぎ依頼も多い。
事務所名:渡邉アーク総合法律事務所
事務所URL:http://www.watanabe-ark.gr.jp