2017年全日本ロードレース選手権JSB1000クラスでチャンピオンを獲得した高橋巧。2009年から全日本最高峰クラスに参戦し、ついに自身初となるJSB1000チャンピオンを獲得した。それでも王者であるはずの高橋は、2017年シーズンを振り返ってこう言う、「完敗です」と。
喜びを爆発させるチームスタッフに囲まれて、高橋巧はいつもどおりにおだやかな笑顔をたたえるばかりだった。全日本の最高峰クラス、JSB1000で初タイトルを獲得した2017年11月5日の鈴鹿サーキットで、高橋は歓喜の渦の中心にいた。だが、その瞳に満足の光はなかった。
「みんなが喜んでくれてホッとしました。でも、自分としてはうまくいかなかったので……」
2月13日、ホンダが都内で開催した二輪ロードレース、モトクロス、トライアルを含めた全日本選手権の取材会で、“日本一の男”の口からあふれ出るのは淡々とした反省の弁ばかりだった。浮き足立ったところがまったくない。
「レースでも、レース以外でも、『わーっ』とはしゃぐことがないんですよ。『はしゃいだから何なの?』って思ってしまう」
「実は影で人知れず大喜びしたとか?」筆者がそう尋ねると、高橋は「いえ、それもないですねえ」と少しだけ微笑んだ。
「もともとこういう性格ということもあります。今まで、どんなレースで勝っても大喜びした経験はありません。でも、2017年はとにかく納得できないレースばかりだった。チャンピオンにはなったけど……、内容としては完全に負けたシーズンでした」と、まるで敗者のような冷静さで自らの不甲斐なさを認める。
全9レース中6度表彰台に立った。うち2戦で優勝。「確実に表彰台に立つ。勝てる時に勝つ」という粘り強い安定感は、チャンピオンにふさわしいものだった。
JSB1000クラスでは、ランキング3位、2位ともに3回ずつ経験している。9年目にしてようやくもぎ獲った「悲願のタイトル」のはずなのに、高橋自身はまったく納得できていない。
2017年シーズンの全日本をかき回したのは、ヤマハ・ファクトリー・レーシング・チームの中須賀克行だった。2016年に前人未到の5年連続タイトルを獲得した中須賀はさらなる記録更新が期待されていたが、開幕から2戦連続でリタイア。レース数の少ない全日本では致命的だった。
そのままでは終わらないのが中須賀の強さだ。後半戦の4連勝を含めてシーズン最多の5勝を挙げてみせたのである。ノーポイントのリタイアが響きランキングは6位に終わったが、それでも確かに『真の王者は誰か』という問いの答えとしては充分だった。中須賀は、チャンピオンの高橋よりも深い爪痕を残したのだ。
「完敗です」、そう高橋は自認する。「誰が見ても同じ印象だと思う」と自己評価は手厳しい。
「強い走りができませんでした。反省すべき点だらけです」
■ワークス体制で臨む2018年。自分自身が認められる結果を目指して
2017年はホンダCBR1000RRがフルモデルチェンジされ、ストレートスピードの速さという武器を得た。だが開発に手間取り、自身が求めるレベルまで旋回性能を高められなかった。
「電子制御がガラリと変わって扱いやすくはなりました。でも、思うようにスライドさせることができなくて」
ダートトラック出身の高橋は、もともとタイヤを滑らせて走ることが得意だ。しかし、ただスライドさせるだけでは意味がない。いち早くコーナーを立ち上がり、いち早く加速態勢を取るためのスライドこそが、好タイムにつながる。それが意のままにはならなかった。チームにうまくリクエストを伝えることもできなかった。
ホンダの高橋が2勝を挙げたが、残り7レースで優勝したのはヤマハ勢だ。ベテランの中須賀が5勝、22歳の若手ライダー、野左根航汰が2勝をマークした。
2015年のデビュー以来、ヤマハYZF-R1は熟成を重ね続けている。2017年にデビューしたばかりの新型CBR1000RRは、まだその域まで達していないとも言える。また、メーカー直営とも言うべきワークス体制でJSB1000に臨むヤマハに対して、高橋はホンダのトッププライベーターであるMuSASHi RT HARC-PRO. Hondaから戦いを挑んでいた。
マシン。体制。言い訳しようと思えば、いくらでもできる。だが高橋は、それをよしとしない。
「満足できるマシンに仕上げられなかったのは、自分の責任です」と、マイナス要因をすべて自分のこととして引き受ける。
2018シーズンは、ホンダも『チームHRC』としてワークス体制でJSB1000に参戦する。ゼッケン1をつけて高橋が走らせるCBR1000RRは、ワークスマシンとして最善、最高のパーツが組み込まれることになる。名実ともに言い訳できない環境がそろった。
「いちばん走りやすい環境を与えてもらえる。その立場をうまく利用しながら、他のチームにはできないことをして、結果を残したい。予選が苦手とか、レース序盤でのタイム出しが苦手とか、そんなことは言っていられません」
自己分析はあくまでも控えめな高橋だが、熱いプライドものぞく。
「今までやってきたことが間違っているとは思っていません。2017年は負け戦になってしまったけど、劣っていると思ったこともない。これまでの自分が積み重ねてきたものを信じて、変えるべきところは変えて、ライバルを負かしたい」
2017年はスーパーバイク世界選手権(SBK)第10戦ポルトガル大会、第12戦スペイン大会にスポット参戦した。海外では初めてのレース。高橋は第10戦ポルトガル大会で、第1レースを15位、第2レースを10位と走るたびにポジションを上げ、多くを学んだ。
「いつもと違うマシンで、いつもと違うレースに参戦することで、考え方が幅広くなったと思います。『レース序盤からガンガンいかなくちゃダメなんだな』とか、アベレージスピードの上げ方とか……。スーパーバイクライダーたちはさすがにすごかった。自分には足りなかったものがたくさん見えました」
トレーニングにも力を入れ、5、6キロも減量した。「損することはありませんから」と静かに微笑む。
「誰かの、何かのせいにしたって、何もよくはならない。反省して、どうすればいいのか考える。そして自分でどうにかできる部分は、自分でどうにかする」と高橋。有言実行は、いつか来る喜びの瞬間のためだ。
「連覇すれば、もっと喜べるかもしれませんね。いや、連覇しても、内容次第かな……」
ゼッケン1にふさわしいレースができたそのときまで。誰もが真のチャンピオンだと認めてくれるそのときまで。チャンピオン争いに勝ち、レースに負けた2017年の雪辱を果たすそのときまでは、冷静に、淡々と。