2018年03月05日 19:42 弁護士ドットコム
裁量労働制が、現在、社会を賑わせました。現政権が、裁量労働制の対象者を拡大しようとしているのに対して、野党側が、政権側の提示したデータの不備などを指摘し、国会の議論が紛糾。政権側が裁量労働制の拡大を今国会の法案から外す決断をしました。
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裁量労働制は、実際の労働時間とは関係なく、労使であらかじめ定めた時間を働いたものとみなす制度として1987年の労働基準法改正に盛り込まれました。現在「専門業務型」「企画業務型」が主な対象となっています。
今回は、弁護士ドットコムに登録している弁護士に、そもそもの労働者サイドからみた裁量労働制のメリット・デメリットを聞きました。
以下の3つの選択肢から回答を求めたところ、22人の弁護士から回答が寄せられました。
(1)メリットが大きい→1票
(2)メリット・デメリットが同程度→3票
(3)デメリットが大きい→18票
「デメリットが大きい」とした弁護士からは、日本における労働環境をふまえて、「法律的にも、実際上も、裁量労働制はただの残業代不払制度」「(日本では)自分の裁量で労働時間をコントロールできるタフな人はかなり少ないと思う」といった声があった。
「メリットとデメリットが同程度」とした弁護士からは、「裁量労働制の目的は、働き方の多様性を認める点にあるはずであり、制度の導入がただちに長時間労働や過労死の問題となるわけではない」など、柔軟な職場環境モデルの構築に期待を込める意見もあった。
【濵門 俊也弁護士】
欧米においては、「裁量労働制」の導入はかなりメジャーなようですが、「長時間労働」の問題を聞くことはあまりありません。その理由は、雇用者・労働者間において、明確な労働条件に合意した契約関係が結ばれる雇用制度が確立しているからであるといわれています。言い換えれば、わが国においては、雇用者・労働者間の契約が曖昧であるから、裁量労働制が長時間労働や過労死につながるおそれがあるという議論となるのではないでしょうか。 ただ、本来の「裁量労働制」の目的は、働き方の多様性を認める点にあるはずであり、制度の導入がただちに長時間労働や過労死の問題となるわけではないはずです。両者は次元を異にします。わが国の労働体系全体を見据えた議論が必要であると思います。
【水野 遼弁護士】
「場合による」としか言いようがないように思います。 業種によっては、純粋に仕事を成果物で評価するほうが好ましいこともあり、効率よくテキパキと仕事を終わらせた人よりも、だらだらと会社に残った人の方が高い給料をもらうというのはアンフェアだという場合もあると思われます。ただ、そのような業種は、我が国では限られているでしょうし、そうした職種の人はそもそも雇用契約ではなく業務委託などの形で労基法の適用外になっている事例も多く、また流動性が高いため職場に合わないと思えばすぐにやめて次を探すことがやりやすいように思います(典型的な職種としては、弁護士や会計士・税理士など)。 他方で、この制度が本来支払うべき残業代を支払わないための抜け穴として悪用される危険性は多くの先生方も指摘するとおりです。そうしたメリットとデメリットとで、いずれが上回るのかは実際にやってみないと分からないように思います。
【周藤 智弁護士】
裁量労働制は、労使間の十分な協議により、適切な運用がなされる場合には、労働義務を果たす手段として、むしろ選択肢が増える可能性を秘めています。 裁量労働制の枠組みとして考えるのが適切なのかは別にして、在宅業務と職場業務を併用し、コアタイムに捉われないフレキシブルな執務環境を作り上げることができれば、現在よりも働きやすい環境を作り出すことが可能になります。 現行の制度は、制度上の硬直性が見られることや、違法な制度運用がなされている側面があるため、どうしてもマイナスのイメージがつきやすい裁量労働制ですが、違法な裁量労働制については,厳しく監視することで対処し、より柔軟な職場環境モデルの推進自体に視点を切り替えることができれば、必ずしもデメリットだけではないような気はしています。 その前提として、「みなし労働時間自体に個々の同意をとる」「裁量労働制からの離脱についても労働者の自由を認める」といった労働者主体の運用がなされることが期待されます。 もっとも、現状では相取り締まりが緩いことも相まって、違法な運用が野放しになっていることから、労働者にとっては過酷な労働環境になりやすいのは事実でしょう。この違法な運用を是正させるために、我々弁護士がいるわけです。裁判例も乏しい分野なので、まずは声を上げて訴えていくべき部分もきっとあるのでしょう。その点において、どんな小さなことでも、できる限りの後押しを専門家としてできればと考えております。
【秋山 直人弁護士】
裁量労働制は、まさに「定額働かせ放題」の制度で、労働者にメリットはなく、使用者側にのみメリットのある制度です。対象拡大は改悪そのもの。 残業時間に罰則を設ける規制と抱き合わせで成立させようとするのは姑息です。 裁量労働制の拡大で、労働者はますます実質的なサービス残業を強いられ、過労に苦しむ労働者が増えることは間違いないでしょう。許し難いことです。
【笠間 哲史弁護士】
現在裁量労働制を採用することが認められている業種においても、適切に運用されている例を寡聞にして存じません。また、「みなし残業代」制度が適法に運用される率の低さに鑑みても、やはり適切な運用は期し難いように思います。 裁量労働制を適切に運用するには、十分なコンプライアンス体制の整った企業でなければならず、そのような企業は大企業の中でもさらに一部に過ぎません。 しかるに、日本の労働者の7割が中小企業の従業員であり、大多数の労働者にとって適切どころか適法な運用さえ期待できないのが現状です。 残業賃金の割増制度は、「人たるに値する生活」(労基法1条1項)を確保するため、過重労働に対する【抑制】と【補償】を行うものです。 割増賃金は経営者にとって分かりやすい抑制効果がありますが、裁量労働制においてはこのような抑制効果を期待できません。 各社で構築した制度が違法だった場合に、未払賃金請求によって【補償】は為されるかもしれませんが、【抑制】効果が無かったために営めなかった「人たるに値する生活」は金銭によっては本質的には治癒しないものです。 加えて、適法に制度構築できなかった場合には、事後的に巨額の未払賃金請求が為されることとなり、経営上のリスクにもなります。
【溝延 祐樹弁護士】
裁量労働制は「いざとなればフリーランスでも稼げるけど、企業の力を使って大きな仕事をしたい」という野心にあふれる人には良い制度だと思います。 問題は、そんなに野心満々のサラリーマンはそれほど世の中にはいないということです。ほとんどの人は、成果など見えない日常の業務をこなすだけで精一杯です。 そんな状況下で裁量労働制を導入しても、ほとんどの労働者には何のメリットもありません。むしろ、ほとんどの企業は法令の内容もろくに理解しないで、安易に残業代を節約できる制度と早合点し、多くの法令違反を生じさせることは目に見えています。 そのことは、今後多くの過労死・残業代トラブルをもたらすでしょう。また、もっと大きな視点では日本国民全体の労働意欲低下による国際競争力の低下をももたらすことになるでしょう。 今後の日本全体の経済成長を考えれば、できるだけ多くの人たちが最良のパフォーマンスで働ける環境を整備することこそが重要です。 裁量労働制は、そのような環境整備とは真逆の制度です。 したがって、裁量労働制の拡充には反対です。
【関 大河弁護士】
我が国では、「周囲の顔色をうかがう」風潮があります。 もはや伝統的なレベルでそれがあります。 そうなると、自分の裁量で労働時間をコントロールできるタフな人はかなり少なくなると思われます。そして、「終わるまでやる」という悪循環になれば、「仕事が終わらない」という状況が待っています。 外資系などのワークアンドライフバランスが日本でも当たり前の発想にならない限り、なかなか労働時間をうまくコントロールできないことになりかねません。 慎重に検討すべき課題であります。
【荒巻 郁雄弁護士】
気を付けていただきたいのは、裁量労働制自体には適切に運用される限り、「デメリットのほうが大きい」ということはないということです。では、なぜデメリットのほうが大きいというのかというと、我が国ではそれが乱用される可能性が高いからです。現に乱用されている例がネットなどでも報告されていますが、乱用が困難な制度、乱用すれば厳しく罰せられる制度ではないために、「裁量労働」に名を借りた残業代なしの長時間労働が横行することが危惧されているのです。この制度を採り入れるなら、まずは国民の意識改革が必要です。個人情報保護法ができたときに、何でもかんでも個人情報の名のもとに開示がされない事態が生じていますが、同じように「裁量労働」の言葉だけが独り歩きし、都合のいいように使われる可能性が高いので、デメリットのほうが大きいと言われるのです。国会ではこの乱用の危険性にどう対処するのか、の議論をして欲しいですね。
【小池 拓也弁護士】
仕事が早く終わったときに早上がりしても給料を満額支払う制度は、わざわざ裁量労働制を法律で定めなくても可能です。 裁量労働制は、「仕事が残ったときに残業しても残業代を支払わなくてすむ制度」としてのみ、法律で定める意味があります。 法律的には,労働者にはデメリットしかありません。 実際上も、裁量労働制のもと、仕事が早く終わったときの早帰りを繰り返していたら、今後は仕事を増やされるだけのことでしょう。 「仕事を増やさないでくれ」という権利は、普通の労働契約を結んでいる労働者にはまず認められないでしょうから。 法律的にも、実際上も、裁量労働制はただの残業代不払制度です。 裁量労働制の下で有利な労働条件を得られるような労働者は、裁量労働制がなくても有利な労働条件を得られることでしょう。 裁量労働制は、労働者にとって、デメリットこそあれ、メリットはありません。
【大和 幸四郎弁護士】
現行の労働法において、会社、使用者がその従業員に対しては、合法的に無給で働かせることはできないでしょう。いかなる理由であっても、従業員を無給で働かせることは、違法になるでしょう。ところが、いわゆる裁量労働制を導入するになると、それが可能になる余地がでてくるでしょう。そうすると、労働者は労働に対する対価をもらえないまま働かされる可能性もでてくるので、労働者にとっては、この制度を導入するデメリットの方が大きいと考えます。
【佐久間 玄任弁護士】
裁量労働制は、「業務の性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分等を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要がある業務」に適用される制度です。しかし、弁護士にしても公認会計士にしても、「大幅に裁量に委ねられていて」「裁量にふさわしい報酬をもらっている」ような人はどれほどいるのでしょうか。実態としては、労働者でありながら単に残業代を請求できないだけの制度になっていて、労働者サイドからはデメリットが大きいと思います。実態にふさわしい適用となるように見直すべきですが、そうなると、裁量労働制の適用は拡大ではなく、むしろ縮小方向へ向かうだろうと思います。