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lynch.が再び”完全体”となるーー幕張メッセ公演前に、逆境乗り越えてきた13年の軌跡を振り返る

2018年03月05日 15:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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■強く結ばれた絆とその始まり


 昨年12月31日に行われたカウントダウンライブのアンコールで大麻取締法違反による逮捕のため2016年12月に脱退したベーシスト・明徳の復帰を発表したlynch.。明徳がいない間も新たなメンバーを加入させることなく、人時(黒夢)をはじめとする豪華なサポート陣を招き、葉月(Vo)曰く「穴の開いた状態で進む」(Twitterより)と、その席を空けて活動を止めることなく進んできたlynch.が再び完全体となる。


 明徳の正式な復帰は3月11日の幕張メッセ公演からとなるが、この13周年公演を目前にした今、彼らのこれまでの軌跡を振り返りたいと思う。


 lynch.の13年間は決して順風満帆なものではなかった。もちろんメンバーが“このバンドを終わらない/誰も辞めさせないバンドにする”という意志のもと始めたというのもあるが、彼らと、ファンクラブ「SHADOWS」のメンバーをはじめとするファンが手を取り合ってその紆余曲折の13年間を乗り越えてきたからこそ今回の一件でもバンドの活動を止めることなく、いつでも明徳が帰ってこられるよう場所を用意して待つことができたのだと私は考える。lynch.というバンドは爆発的にセールスが伸びたり、動員が増えたわけではない。周りのバンドが凄まじい速度で遠い存在になるのを横目に、泥水をすすりながら、地に足をつけ、着実に自分たちにできることと向き合ってきたバンドだ。lynch.は2004年に結成され、当初から“ヘヴィでメロディが立っている音楽”を標榜し、活動を続けてきた。そんな中2007年にリリースしたアルバム『THE AVOIDED SUN』はlynch.というバンドの音楽性をより確固たるものにし、彼らが目指すべき指標を示した音源となっている。このアルバムに収録されている「I’m sick, b’cuz luv u.」や「liberation chord」を制作したことで、メンバーの中でも激しいものの中にメロディアスな部分があるというベースをもとに、キャッチーとコアの融合というlynch.の音楽の核となるものが確立されたと話している。そして『THE AVOIDED SUN』リリースの翌年に彼らの一つ目の転機が訪れる。2008年にリリースされた「Adore」(=愛)は、文字通りlynch.が彼らのファンとの絆を歌ったものである。


心に揺れて離れないまま輝きの中へ
強くほら手を伸ばして
ねぇここから今が始まり
死ぬまで止まらないだろう
共に叫び謡う声のもとで


 共に手をとりどこまでも行こうという、lynch.とファンの物語はここから始まったと言っても過言ではない。この曲でlynch.の知名度は急上昇し、彼らの代表曲となった。『THE AVOIDED SUN』でバンドとして音楽の核が明確になり、それが結実した「Adore」でリスナーに広く知れ渡ることとなったこの一連の経緯が一つ目の転機であったといえるだろう。


■メジャーで感じた挫折と変わりつつある意識


 その後、彼らは順調に活動を続け、2011年には念願のメジャーデビューを果たす。当時ヴィジュアル系バンドがメジャーデビューすると楽曲が商業的になり、メイクが薄くなって衣装がカジュアルになるなどの心配が囁かれるのが常であったが、葉月は「つまらないと言われているメジャーシーンを土足で踏み荒らして行きたいと思います」(2012年12月19日開催のインディーズラストツアーファイナルのMCより)と高々と宣言し、アルバム『I BELIEVE IN ME』で満を持してメジャーシーンに殴り込みをかけたのを今でも覚えている。彼らの音楽性はさらに激しく、速さを追求していくようになる一方、メジャーデビューの少し前あたりからメンバー全員がメイクを落とし、衣装も私服に近い恰好へと変化していった。当時のことを葉月は「ロックバンドとして勝負していく上で、メイクをしているとヴィジュアル系でしょ?の一言で片づけられてしまうことをおそれたため」と答えている(Neowingインタビューより)。実際にこの時期にPay money To my Painやcoldrain、SiMなどのラウドロックバンドとの親交は深まった。ただ、戦うための鎧であったはずのメイクや衣装が、彼らの望む評価をされるための邪魔をしている弱点と感じ始めてしまったのだ。そんな心境は続くアルバムのタイトルにも表れていた。『INFERIORITY COMPLEX』(=劣等感)と題された作品には、メジャーデビューして感じた挫折や、自分たちがヴィジュアル系と一言で括られてしまうことへの引け目が詰まっているように思う。


 しかし、ここからlynch.はこの状態から脱却するためにもがきだす。2012年度の下半期を「メロディで勝負する」(BARKSインタビューより)と打ち出し、より多くの人に聴いてもらうためにはどうすればいいかを念頭に、彼らに関わるスタッフに意見を乞うた。よりシングルを意識した「LIGHTNING」では「今というこの瞬間を、悔いのないように生きよう」というこれまでなかったメッセージ性が込められた歌詞を書き、続く「BALLAD」ではこれまで通りの歌詞の書き方に自分の考えを少し加えてリリースした。これは作詞を担当する葉月自身が「LIGHTNING」の歌詞を書き、それが自分自身に刺さったことにより、今までのように情景画を描くように作詞をしただけでは物足りなくなってしまったためと語っている(BARKSインタビューより)。「BALLAD」にあった“孤独”というテーマに加えた葉月自身の考えは曲の最後にある<I still believe>の一節に表れている。人は生まれてから死ぬまで孤独である。それでも人が好きだし、人を信じたい。そして最後に信じるのは自分であるという決意。彼らが劣等感を抱き、もがき苦しんだ先に出した答えは「信じる」というシンプルなものだった。奇しくも彼らが7年間インディーズで活動し、満を持してメジャーシーンに乗り込んだ時に用いたタイトル『I BELIEVE IN ME』(=自分自身を信じる)と似ているのはこのバンドの本質がそこにあるからなのかもしれない。また、彼らはこの2012年度の締めくくりとしてZepp DiverCity Tokyoでのワンマン『「THE FATAL EXPERIENCE #3」-FINAL HOUR HAS COME-』を開催する。当時、彼らは「これまでのlynch.を総決算して、一回終わりにするためのライブ」と語っている(BARKSインタビューより)。葉月はこの日のライブを「次に会うときは史上最強のlynch.になっているから楽しみにしててくれ!」と締めくくり、しばらくの間表舞台から姿を消した。


■史上最強のlynch.になるために


 このライブをひとつの区切りとしてlynch.は生まれ変わる。地下活動の間、彼らなりにlynch.というバンドの強みがどこなのかを考え、再びメンバーは黒い衣装を身にまとい、メイクをしてステージに立つことを決めた。ロックバンドとしてメイクをしていることが弱点だと感じていた劣等感は、発想の転換により他のバンドは持っていない特殊な武器であると捉えるようになったと当時のインタビューで語っている(Neowingインタビューより)。そして、lynch.はどうあるべきかと自問自答した末に、ハードであるべき、メロディアスであるべき、そしてダークな世界観であるべきという答えに辿りついた。これがZepp DiverCity Tokyoでのライブの去り際に葉月が言っていた“史上最強のlynch.”の姿だ。ある種開き直りにも似た原点回帰をして生まれ変わったlynch.は『EXODUS-EP』というミニアルバムを2013年にリリース。「脱出する」という意味であるこのタイトルはもがき苦しんでいた当時のlynch.の状態と重なり、これが二つ目の転機であったと私は考える。その『EXODUS-EP』に収録されている「NIGHT」というほぼ英詞の楽曲には一文だけ日本語で書かれている箇所ある。


あの時かざした黒塗りの旗を
もう一度翳してみようか
共に叫び謡え声のかぎりに
永遠の夜へとつなぐ絆で


 勘のいい方はお気づきだと思うが、「Adore」の歌詞をここでも使っているのだ。先に述べたとおり「Adore」はlynch.とファンとの絆の歌であり、物語の始まりの歌である。その歌詞をここで再び使っているということは、あの時と同じようにもう一度ここから始めようというメッセージが込められているのだろう。


 ここからlynch.と彼らのファンの共同戦線による快進撃が始まる。2014年にリリースしたアルバムは彼らが「勝負作になる」と話していた通り、10年目の初期衝動を詰め込み、背水の陣で制作していたことから『GALLOWS』(=絞首台)と名付けられた。また、この作品は2013年末に葉月と親交の深かったPay money To my PainのK(Vo)の急逝を受け、よりリアルな死生観が滲んでおり、自分たちはどうするのかというテーマが描かれている。それはこの作品が<何を失い何を懸ける 覚悟を今決めろ>と歌う「GALLOWS」から始まり、<ここに生きて、ここに死ぬ>と歌う「PHOENIX」で終わることからもわかる。彼らは改めてステージでlynch.として生きて死ぬことを選んだのだ。


 2015年、腹を括った彼らはその決意をファンに伝えるために『D.A.R.K-In the name of evil-』(以下『D.A.R.K』)をリリース。というのも、前作『GALLOWS』は全てがlynch.というバンドの中でだけで完結してしまう決意が描かれているが、『D.A.R.K』では<あなたに捧げたいこの闇をこの愛を>と歌う「D.A.R.K」から始まり、<怖がらないであなたこの手をとって>と歌う「MOON」で終わるように、“あなた”に向けて歌われている曲が多いことに気づく。もちろんこの“あなた”はファンである。lynch.として死ぬ決意をした彼らは、この作品でどんなときも隣にいたファンにも一緒に行かないかと手を差し伸べているのだ。これ以上の愛の言葉があるだろうか。


 手を取り合ったことでさらに勢いを増したlynch.は2016年にメジャーデビュー5周年を迎え、アルバム『AVANTGARDE』発売にあわせて、東名阪のフリーライブツアー『「THE RECKLESS MANEUVER」-完全無料東名阪-』を開催。このツアー開催のひとつの理由として、当時lynch.と同時期に活動していたバンドの活動休止が相次いだことがあったという。そのバンドを好きだった人たちがこのまま音楽やライブハウスから離れてしまわないためにも、一度lynch.を観にきてほしかったと当時のインタビューで明かしている(ViSULOGインタビューより)。


 この思いは『AVANTGARDE』の楽曲にも反映されており、心にぽっかり穴が開いた人たちに向けて「EVIDENCE」では<灰と化した夜に 泣いてたキミ奪いたい><忘れられないまま生きてきゃいいだろ 共にいた証だと>と歌うなど、全体的に喪失を歌っている印象を受ける。また“AVANTGARDE”という単語は、最先端に立つ人や様々なものへ挑戦する姿勢という意味を持ち、志半ばで活動を止めた同志たちの気持ちも背負い歩いていくlynch.にぴったりであり、ヴィジュアル系ともラウドロックとも戦えるlynch.の現在地を表す言葉としても適していると感じる。


 X JAPANのYOSHIKI(Dr/Pf)主催の『VISUAL JAPAN SUMMIT』にも出演し知名度を伸ばし、飛躍の年となった2016年だったが、明徳逮捕の一報が飛び込んできたのは『AVANTGARDE』を引っ提げた『THE NITES OF AVANTGARDE』のツアーファイナルを終えた1週間後である2016年11月24日。バンドは活動自粛、明徳は脱退を申し入れ、2017年に決まっていたZeppツアーも中止となった。その後約4カ月の沈黙を経て、新木場STUDIO COASTで行われた『THE JUDGEMENT DAY』は、彼らがインディーズラストツアーに冠したタイトルと同じものであり、公開されたアーティスト写真も当時のものと同じ構図で撮影されたものであった。この日のライブで葉月はファンへの感謝を述べるとともに明らかにファンがlynch.を守ろうとしてくれているのを感じたこと、そして4人の状態を不完全な状態と表すと同時に5人のlynch.を諦めないとも話していた。そんな不完全なlynch.は活動を止めることなく、複数のサポートベースを迎え、明徳が担っていたコーラスを玲央(Gt)とファンが行った。8月には『THE SINNERS STRIKES BACK』ツアーの追加公演を日比谷野外大音楽堂で行い、見事ソールドアウト。アンコールで2018年3月の幕張メッセ公演開催を発表した。


 このタイミングでの明徳復帰について「僕たちの我儘をお許しください」(オフィシャルサイトより)とし、賛否両論あることも、これから自分たちが険しい道を歩まなければいけないことも理解したうえで、まずは5人のlynch.を見て判断してほしいと話している(ナタリーインタビューより)。様々な感情が入り混じる幕張メッセでそのすべてを受け止め、納得させるようなライブをするのがlynch.というバンドだ。これまでも彼らはどんな逆境も傷だらけになりながら乗り越えてきた。そしてその隣には必ずファンの姿があった。今回のバンド史上最大の逆境すらもともに手を取り乗り越えるのだろう。私はそう確信している。そしてまた絆は固くなるのだ。


 ファンである「SHADOWS」がlynch.の影で在り続ける限り、その先には光しかないのだから。(文=小崎恒平)