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東京五輪は「高度経済成長期モデル」の終焉 社会が劇的に変わる「夢の特効薬」はない

2018年03月04日 11:02  弁護士ドットコム

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1998年に開催された長野五輪から20年。2020年の東京五輪まではあと2年に迫り、急ピッチで準備が進められている。しかし、長野五輪の「負の遺産」は、いまだ開催都市である長野市を悩ませている。競技施設の建設費用の返済には実に20年かかった。返済が終われば、施設はすでに老朽化。6施設の維持費は年間10億円で、そのうち2億円を超えるボブスレー・リュージュ会場だった「スパイラル」は今月、休止に追い込まれた。他の5施設も今後10年で改修などの費用が45億円にのぼる。


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長野五輪だけではない。近年、開催都市が抱えている問題はその莫大な開催費用だ。パリに決まった2024年の五輪は、招致レースでブダペストやハンブルク、ローマがコストを理由に相次いで撤退した。コンパクト開催を売りにしていた東京五輪ですら、招致段階では3013億円だった予算が、現在は4倍の1兆3500億円に膨れ上がっている。その上、整備される6施設のうち、すでに5施設が赤字の見通しだ。


五輪開催には経済効果もうたわれるが、五輪という錦の御旗の下で、子ども世代にまで「負の遺産」を残す懸念もある。東京に近く、日本で最も人口の多い政令指定都市である横浜市で市議を務め、現在はまちづくりのコンサルティングなどを手がける合同会社million dots代表の伊藤大貴さんは長野と東京をどうみるのか。二つの五輪から「ポスト五輪のまちづくり」について聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)


●東京五輪を理由に大型施設建設が相次ぐ横浜市

——2020年の東京五輪に向けて、都内では施設建設やインフラ整備が進められています。隣県の横浜市はいかがでしょうか?


横浜市でも東京五輪の影響は出ています。たとえば、市役所の移転建て替えや「パシフィコ横浜」(横浜市の第三セクターが運営)の拡充、横浜文化体育館の再整備事業。いずれの施設も老朽化していたり、手狭になっていたりしました。特に横浜文化体育館は、1964年の東京五輪の際にバレーボール競技会場として使われていたもので、とても古い。建て替えが必要なのもわかりますが、しかし、「よりによって、最も建設コストがかかる時期になぜ?」とは思います。



——確かに市役所の建設予算だけみても、東京五輪の影響による建設コストの上昇で、当初の600億円台から100億円以上増えています。これらの施設は、すべて2020年に「開業」や「オープン」とあり、東京五輪に間に合うよう完成を目指していますね。しかし、これらの施設は、今回の東京五輪に直接関係はあるのでしょうか。


特にありません。僕は市議時代、横浜市役所の建て替えには反対の立場でした。今ある建物をリノベーションすれば、今の建物をきちんとリノベーションすればいいと訴えました。コストも抑えられる。しかし、当時の議会の趨勢としては、「2020年に建て替えたい」と。では、百歩譲って建て替えるとして、東京五輪に合わせる必要はあるのでしょうか。2020年が終わるのを待って建設するのが最も負担が少ないです。今、どこでもそういうことが起きていると思います。


●東京五輪という錦の御旗が上がったことで…

——長野五輪でも東京五輪でも、「五輪」という錦の御旗のもとに多額の税金が投入されているように思えます。


他の自治体はわかりませんが、横浜市に関していうと、小泉政権の時から建設国債を抑えてきた経緯があります。横浜市はもともと中田宏前市長の時代までは、財政の引き締めをしていました。しかしその反面、「大型施設をつくりたい」という欲求を抑制してきたという空気を議会の現場では感じていました。そこへ、東京五輪の開催が決まったことで、わかりやすい錦の御旗が上がり、動きました。現在の林文子市長は一転して、大型施設の建設に舵を切っています。


——横浜市では、先程の市役所以外に、パシフィコ横浜が378億円、横浜文化体育館は313億円と大型の公共事業が重なっています。横浜市民の方たちは、納得しているのでしょうか?


知らない方が多いのではないでしょうか。もちろん、行政が隠しているわけではなくて、ホームページや広報誌、地元紙には情報が載っています。でも、例えば東京五輪の新国立競技場の建て替え問題のように、全国メディアが連日報じるわけではありません。横浜市といえども地方都市なので、メディアも十分に発達していませんから、情報として十分に届いていかない。役所や議会が何をしているのか、情報の量が圧倒的に足りないのです。


●政治の場で起きているジェネレーションギャップ

——よく五輪は経済効果に期待が寄せられます。東京五輪の経済効果はあるのでしょうか?


経済効果を考える時、マクロとミクロの視点があると思います。これは僕の意見ですが、結局日本の自治体における経済政策は投じた税金、つまり投資に対して、どれぐらいリターンがあったかということを計算できません。国がマクロで経済政策を打てても、地方自治体のミクロの経済効果がはかれないという現状があります。


五輪も同じで、結局、国レベルでみると、五輪という大きな総体に対して「1兆3500億円を投資しました」という大きなくくりの議論はできても、一つ一つの単体、例えば新しいスタジアムに投じられたお金はどのように波及したか、国や行政はマクロ視点での計測ができていないわけです。だから、我々市民の感覚とかけ離れていってしまうのだと思います。


——確かに1964年の東京五輪では、日本の経済はどんどん成長していた時期で、GDPも1964年は11.2%で、開催年の開催国における成長率としては最高を記録したそうです(  http://www.bk.mufg.jp/report/ecopoint2013/economist_20130909.pdf  )。2020年の東京五輪に国が期待をかけるという流れはわからなくもありません。


僕は、2020年の東京五輪で、日本の「高度経済成長モデル」の終焉を迎えるんじゃないかという気がしています。民間は別としても、政治の場で意思決定ができる層は、まだ高度経済成長モデルを信じている世代の人たちです。今あるものをできるだけメンテナンスしたり、リノベーションしたりして長く使うという意味が、本気で理解できないんじゃないかと思います。そこで、政治のジェネレーションギャップが起きているのではないかと。


——高度経済成長だった1964年の東京五輪よりも、バブル経済が崩壊後の1998年の長野五輪を直視すべきなのではないでしょうか。長野五輪の開催でGDPが伸びたか、20年後の現在、長野市の財政はどうなっているのか、私たちは考える必要性がありそうです。そして今、2026年の冬季五輪の招致に札幌市が名乗りをあげています。


現在のような開催にあれだけの負担がかかる五輪は止めた方がいいと思います。今、世界の大都市が五輪の招致活動から撤退していますよね。世界では、2000年ぐらいからスポーツビジネスが投資と結びつくことが増え、シビアになっています。1990年代の半ばまでは、日本のプロ野球とアメリカの大リーグの市場規模は同程度だったのが、今は大リーグが拡大して大きな差がついています。サッカーでもそうです。国や自治体は投資に対するリターンを得ることがとても下手です。


●公共施設にも費用対効果の投資が必要

——公共施設への投資はできるだけ控えるべきなのでしょうか?


僕は、新築が全てダメと言っているわけではなくて、建て替えが必要な施設も当然、あると思います。ただし、絶対に大事なことは、もしもそこに税金を投入する場合は、民間と同じ視点が必要です。そこに投じた金額を一体、何年で回収できるのか。今、何年で借金を返せるのかという話しかしてないですよね。たとえば、長野五輪の施設の建設費用を20年かけて返済したと言われましたが、別のところで借金が増えたり、預金を取り崩したりしていたら意味がないわけです。民間では、それは「回収した」とは言わない。公共施設に対しても、費用対効果の投資をすべきだと思います。


たとえば、東京五輪では、横浜スタジアムで野球とソフトボールの競技が行われます。横浜スタジアムは現在、五輪に向けた改修工事がされていますが、これはDeNAが実施してますから、民間の事業です。彼らには投資した分の回収スキームを持っているから、できるわけです。極端な話、本当に公共施設によって経済効果が得られるのであれば、民間に投資してもらえばいいのではないかと思います。


——今、世界の都市はどのように動いているのでしょう?


ニューヨークの「ハイライン」が参考になるのではないでしょうか。僕はちょうど1年前に見に行ったのですが、全長2.3kmの公園で大勢の人が訪れていました。元々はマンハッタンのウェストサイドを走る貨物列車の廃線跡で、取り壊しが決まっていました。それを公園に整備するという話がでた時、当時のブルームバーグ市長は投資するお金はいくらになるのか、それによってどういう経済効果があるのか、異例の回収スキームを提案させています。その結果、悪かった治安も改善され、付近の開発も進んで地価が上昇しています。ニューヨークですら、そこはとても厳しく見ているわけです。


●社会が劇的に変わる特効薬はない

——東京の場合は、五輪開催前から6つの施設のうち、5つが赤字という見通しが出されていますが…。


黒字にならないにしても、最低限、収支をトントンにしないといけないですよね。この赤字には人件費がかなり占めているようですが、施設のランニングコストのうち人件費が最もかかります。僕はよく公共空間のリノベーションについてお話するのですが、行政は公共施設の建設費用を気にして完成させるだけで、その後のランニングコストについてはあまり考えません。


——なぜですか?


民間の視点でビジネスをしたことがないからです。ですから、あちこちの自治体で初期投資とランニングコストがあって、どこを民間に投資してもらうのか。行政はどこまで負担するのか。この境界線が曖昧になっています。一番多いのは、建設費用からその後の運営まで民間に丸投げするパターンです。しかし、行政には民間の視点がありませんから、民間が歩調を合わせることはとても難しい。


——民間と行政のマインド、双方を持つことが今後のまちづくりには必要?


たとえば、岩手県紫波町のオガールプロジェクト(公民連携によるまちづくりが実施されている)などがそうなのですが、こうした事例を一つひとつ学んでいくしかないんじゃないかなと思います。日本が戦後ずっと積み上げてきた意思決定プロセスやまちづくりの手法が劇的に変わっている過渡期なのだと。次世代の、新しい社会が見えている人の方が圧倒的に少数です。でも、事例を積み重ねていって、社会の方向性を示していくしかないと思います。


——社会の方向性は、緩やかな世代交代で変わるのでしょうか?


世代交代で変わるのか、社会がのっぴきならないところまで行って変わるのか。僕は後者だと思っています。特効薬はありません。結局、ニューヨークもなぜ劇的に都市空間を変えることができたかというと、危機に直面したからです。ニューヨークは1980年代に財政は逼迫し、治安にお金を投じることもできず、パブリックスペースも荒れていた。2001年には9.11も起きてしまった。その立て直しを行ったのが、ジュリアーニ市長と、その後に誕生したのがブルームバーグ市長です。ニューヨークなりの危機感があったからこそ、劇的なことができた。手法はもう確立しているので、あとは日本も「ポスト五輪」のまちづくりに踏み出すだけだと思います。



伊藤大貴(いとう・ひろたか)さん 略歴


合同会社million dots代表。1977年生まれ。2002年に早稲田大学 大学院 理工学研究科を修了し、日経BP社に入社。日経エレクトロニクスで技術記者として産学連携や知的財産、環境などを取材。2006年末に日経BP社を退社し、2007年横浜市議会選挙(緑区)にて当選。以後約10年間、3期にわたり横浜市議を務める。フェリス女学院大学非常勤講師。


(弁護士ドットコムニュース)