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「精神的DV」背景にカップル間の「経済力格差」、稼ぐ方が偉いと思い込み威圧的に

2018年03月04日 10:12  弁護士ドットコム

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「お前は能なし」「誰のおかげで食べられているんだ」「男のくせに稼ぎが少ない」。パートナーに対して向けられる心ない言葉は、時に精神的DVという「暴力」に該当する。


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「DV防止法」(正式名称:配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律)が施行されたのは、2001年のこと。家庭内の揉め事として処理されていた暴力が、刑事罰の対象となるとの認識は社会的にも深まっている。しかし、身体的な暴力に比べ、「暴力」と認識しづらいのが、精神的DVではないだろうか。


家事問題に詳しい長瀬恵利子弁護士は、精神的DVについて「加害者、被害者ともに自覚がなく、裁判になった時には立証が難しい特質がある」と語る。さらに加害者は「自分は正しい。相手は聞くべき」と確たる自信を持ち、被害者は「相手が怒ったのは自分のせい」と追い詰められていく。精神的DVとは何か。また被害者はどう対応するべきなのだろうか。長瀬弁護士に聞いた。


●背景に「経済力の格差」

「精神的DVで離婚したい」という依頼者は、男女問わずいるのだという。


「精神に対する暴力やモラハラ(モラルハラスメント)では、男性、女性ともに加害者になり得ます。実数としては男性の方が多いですが、身体的暴力に比べ、精神的DVについては女性が加害者となるケースも増えています。また夫婦間に限らず、事実婚や、交際中、同性カップル間でも起こることも知って欲しいですね」


具体的には「お前は能なし」「バカだ」などの人格否定や、無視する、大声で怒鳴る、物を投げるなどの威嚇。また、少し家事の合間に休憩をしただけで「主婦なのに家事が手抜き」と非難するなど、「自分は大変な思いをして外で働いているのに、相手は稼ぎもしない」というカップル間の経済力の格差に起因する発言もある。


「経済力がある方が偉いという思いがあるのか、稼いでいる側は、相手に対して強い物言いをしがちです。最近は、女性でも稼ぎの多い方が増えていますので、女性が加害者となるケースもあります」


●「相手が怒ったのは自分のせい」と思い込む被害者心理

当事者ではないと、つい「なぜ反論しないのか?」「なぜ我慢してしまうのか?」と、被害者を責めがちだ。しかし、徐々にDVに慣れてしまい、被害意識が薄くなっていくDV特有の被害者心理がある。


「DVの加害者は加害行為の後に謝罪し、急に優しくなりますが、次第に相手をコントロールできないことでストレスを蓄積させ、それを爆発させて再び加害行為をするというサイクルがあります。このサイクルが長期化するにつれ、被害者は自尊心が失われていき、『相手が怒ったのは自分のせい』『自分のせいで、子どもにまで波及してしまった』『自分がダメだから変わらなければ』と思い込んでしまうのです」


なお、被害者の側からは「普段は良い人だが、お酒が入ると、ひどい暴言が止まらない」という声もよく聞く。「酒のせい」だと自分を納得させる人もいるはずだが、長瀬弁護士は「お酒を理由に免責されることはありません。お酒が入っている状態でも、暴力は暴力です」と話す。


●録音、LINEなど証拠集めが重要

裁判では、証拠があるかどうかが重要だ。たとえば、以下のようなものだ。


・怒鳴る、罵るなどの「録音」


・支配関係がわかる「メールやLINE」


・パートナーの言動が原因で不調が起きた旨の記載がある「診断書」


「証拠がないケースがほとんどなので、ハードルが高いのが現実です」と、長瀬弁護士は指摘している。「本人の供述だけでは、離婚事由として、あるいは慰謝料発生原因としての精神的DVを認定してもらうのはなかなか難しいのが現実。 直接的な証拠があればよいですが、間接的な証拠が一部でもあって、本人の供述と整合性がとれれば、有効な証拠となる可能性もあります」


暴言を浴びながら、録音を始めることは現実的には難しいかもしれない。しかし、スマホの録音アプリなど、相手に気づかれ難い機器を操作するなどして、何とか証拠を固めたいところだ。


●加害者は「自分は正しい」「相手を注意するため」と正当化

ところで、加害者は自分の行為が「暴力」に該当するという認識はあるのだろうか。


「いざ別居や離婚という段階になって、相手から『精神的DVがあった』と言われても、加害者はDVだとは認めようとしません。暴言の『事実』は認めても、最後まで『自分は正しい、相手を注意するためだった』として、正当化しようとするのです」


親しい間柄で起こることや、長期化することから、被害者は辛さを感じても感覚が鈍り、負のサイクルにはまりやすい。「もしかして」という思いがあったら、どうするのが良いのだろうか。


「第三者との話で気づくこともあるはずです。『もしかして』という思いがあれば、友人や知人でもいい。あるいは自治体の『配偶者暴力支援センター』など相談機関や弁護士、専門家に相談して欲しい」


●子どもたちへの教育を

しかし、長瀬弁護士は「長期化する中で自尊心を失い、行動を制限され、社会との接点が減ってしまう人もいる」とも指摘する。被害を未然に防ぐことが何より肝心だ。


そこで、東京弁護士会の「性の平等に関する委員会」では、「デートDVとは何か」をテーマに、弁護士が中高生の子どもたちへの出張授業を行ない、次世代に「パートナーと対等な関係を続く」ことの重要性を伝えている。


「パートナーとの関係において、我慢し続けるのは当たり前ではないこと。パートナーとは対等に話し合える関係を築いてよいのだと小さな時から知っておいて欲しいですね」


長瀬弁護士は「黙って我慢をし、相手に従うことは当たり前の関係ではないです。とにかく誰かと話をして欲しい」と言う。


●相談件数は13年連続の増加

「DV防止法」は2001年に施行された後、3回にわたり改正されている。暴力の定義は拡大し、身体的な暴力だけでなく、言葉や態度などによる精神的暴力も含まれることになった(2004年施行)。また結婚していなくても、事実婚の配偶者、元配偶者以外にも、同居する交際相手からの暴力にも拡大された(2014年施行)。


公的統計上も、DVの被害件数は増加している。2016年に警察に寄せられたDVの相談件数は6万9908件。DV防止法の施行以降最多で、13年連続の増加となる。この調査では、身体的暴行、心理的攻撃、経済的圧迫、性的強要などの暴力被害に女性の9.7%、男性の3.5%が「何度もあった」。女性の14%、男性の13.1%が「1、2度あった」と回答している。


なお、内閣府男女共同参画局のサイトによれば、心理的攻撃(精神的DV)の事例として、「人格を否定するような暴言や交友関係や行き先、電話・メールなどを細かく監視」「長期間無視するなどの精神的な嫌がらせ」「自分もしくは自分の家族に危害が加えられるのではないかと恐怖を感じるような脅迫」を事例にあげている。


(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
長瀬 恵利子(ながせ・えりこ)弁護士
東京弁護士会所属。得意分野は、離婚、遺言・相続、労働問題、その他一般民事。
事務所名:弁護士法人遠藤綜合法律事務所
事務所URL:https://www.endo-law.jp/