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松江哲明の『マンハント』評:『HiGH&LOW』に通じる、観客が“補完”する魅力

2018年02月27日 13:12  リアルサウンド

リアルサウンド

 ジョン・ウー監督の作品は、『男たちの挽歌』をテレビ放送で観たのが一番最初だったのですが、あまりに面白くてびっくりしたのを覚えています。チョウ・ユンファの2丁拳銃とスローモーションの格好良さに痺れましたね。すぐにレンタルビデオ店に行って、片っ端からジョン・ウー作品を借りていきました。ウー監督を制覇すると、さらに『男たち』『挽歌』『狼』『友』と付くものまで。当然、香港ノワールが流行であった以上、イマイチな作品も多々ありましたが、それ以上に「こんなジャンルがあったのか!」と驚かされました。


参考:『マンハント』はあらゆる面で怪作! ジョン・ウー、アクション映画への帰還を読む


 本作は、ジョン・ウー監督作品をずっと追いかけてきた方にとっては、どこか懐かしく、初めて観る方にとっては「なんじゃこりゃ」と面食らう可能性もありますが、過剰な映画であることは間違いありません。


 原作は、西村寿行さんの『君よ憤怒の河を渉れ』。日本では佐藤純彌監督、高倉健主演で映画化されていますが、この作品は「ハリウッドに負けないエンターテインメント大作を作るぞ!」という、当時の製作陣の熱い心意気を感じる作品でした。市街地に馬が出てくるなど、リアリティを逸脱した描写もありますが、圧倒的なスケール感が魅力的な1本でした。本作はリメイクではありませんが、“エンターテインメント魂”は見事に継承されていると思います。


 日本で撮影をしているはずなのに、そこが日本ではないような異国感。そして俳優たちの演技の統一性のなさ。選びに選び抜いて場所を見つけたんだろうなというロケ撮影がある一方で、壊されるのが前提となっているかのようなセット撮影。脚本の構成も粗いっちゃあ粗いんですが、それもアクションを最優先してるからだと思います。でも、欠点を指摘して悪口を言いたいわけではなく、そんなバラバラのものが不思議と噛み合い、エンターテインメント作品に昇華されている。そこにはジョン・ウー監督の「お客さんを楽しませたい」という“活劇魂”が芯として通っているからです。本作はアクションを重ねることで話が進んでいきます。だから、観客が置いていかれる感覚もあることは否定しません(笑)。だけど、ストーリーよりも優先されているものが”アクション”です。僕はレンタルビデオで借りたあの頃のパワフルな香港映画たちを思い出さずにいられませんでした。


 ジョン・ウー監督は日本映画への愛を公言していますが、かつての東映ヤクザ映画や、小林旭さんの日活アクション映画への影響が、初期作品にはありありとみることができます。『男たちの挽歌』は、日本映画で当時描かれにくくなっていた“仁義”や“男同士の友情”を浮かび上がらせたからこそ、日本のファンにも絶大な支持を受けました。香港ノワールと宣伝された一連の作品がレンタルビデオで人気だったのは、どこか「懐かしさ」があったからではないでしょうか。逆に僕は過去の日本映画を知るきっかけにもなりました。レンタルで一緒に借りたりもして。


 ジョン・ウー監督は『男たちの挽歌』から描いているものは大きくは変わらないのですが、時代の価値観は変わってきました。全世界に影響を与え、ハリウッドだけでなく日本でもリメイクされた2002年公開作『インファナル・アフェア』は、物語だけ抜き出せば、ジョン・ウー監督の『ハード・ボイルド 新・男たちの挽歌』とそっくりなんです。トニー・レオンが潜入しているという点でも。しかし、正義か悪かの世界ではなく、そのどちらにも振り切れない“グレー”な世界を描いていました。クリストファー・ノーラン監督作『ダークナイト』が象徴的でしたが、単なる勧善懲悪の物語はもう受け入れられなくなってしまったことが大きいと思います。もちろん、かつての日本映画や、ジョン・ウー監督作品が、“単純”なものだったとは言いません。でも、人々が求めるものは、現実に起こりうるような、より複雑化した世界観でした。


 その意味で、『マンハント』は時代錯誤と言ってもいいかもしれません。でも、後ろを振り返らず、設定の細かさに気を取られず、とにかく前へ前へと進んでいく。文字通り、“停滞”が本作にはありません。DVDに加え、配信サービスが定着した今の時代、見たい場面をすぐに見つけられる“スキップ”が当たり前の機能として付いていますが、そんな操作を許さないような、アクションが最初から最後まで続いていきます。映像が凄いという意味だけでなく、そこにテーマが含まされているのがジョン・ウーならではです。


 監督のアクションには一つひとつに意味が込められているんです。お決まりとなっている白い鳩も、男と男の感情が交錯する際や、戦いの最中、または始まるというときに飛び立ちます。手錠をした男同士が一つの銃を支え合いながら撃つというのも、単なるポーズではないです。そのルールが分かれば分かるほど面白くなるのがジョン・ウー作品です。その意味では、アクションが得意な監督というよりも、胸のうちにあるエモーショナルなものをひたすら描きたい監督なんだと思います。『フェイス・オフ』が分かりやすいのですが、ドラマのシーンもアクションと同じように演出されています。派手な銃撃戦にあえて「オーバー・ザ・レインボー」を流すシーンは自信の表れだったと思います。同じ香港映画で言えばジャッキー・チェンのようにワンショットで技術を見せるよりも、カットとカットの積み重ねで感情を伝えてくれます。そういう意味では”編集”の監督だと思います。


 今回、脚本クレジットには7人もの人物が名を連ねています。面白くしようといろいろな案を加えていった結果、まとまりがなくなってしまった印象は受けるのですが、そんな脚本を無理やり成立させているところにも、かつての香港映画の一端を見た気がします。昨年公開された『HiGH&LOW THE MOVIE2 / END OF SKY』で感じたことなのですが、キャラクター一人ひとりの面白さ、アクションの豊かさが物語の粗さを凌駕し、むしろ足りない部分を観客が補完することで熱狂を生み出していました。キャラクターのこんなところが見たい、こんな物語があってほしい、と思わずにはいられないそんな魅力。『マンハント』もまた、『HiGH&LOW』に通じる魅力があると思っています。それこそ、両作ともどこか『少年ジャンプ』の漫画のような展開なんですよね(笑)。『HiGH&LOW』がそうだったように、本作も応援上映が絶対に似合うはずです。


 僕は福山雅治さんがエンターテイメント作品に出る一方で『そして父になる』、『SCOOP!』、『三度目の殺人』と、作家性の高い映画に出演されているところが好きですね。そして初海外作品がジョン・ウーというところに、福山さんのアンテナの張り方の面白さを感じます。大根監督とも『モテキ』的なものをやるのではなく、原田眞人監督『盗写 1/250秒 OUT OF FOCUS』のリメイクを選ぶ。単純に“売れる物”ではなく、映画として残るもの、自分のやりたい物をしっかりと選び取って仕事をされている印象です。または自分が参加することで監督のやりたいことを後押しすような。福山さんをはじめ、國村隼さんや、斎藤工さん、竹中直人さん、矢島健一さんらが楽しんで演技をしているのが伝わってきます。ジョン・ウー映画をリアルタイムで観ていたキャスト・スタッフが、“この人のために”と仕事をしている感じ。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』もそうでしたが、一世を風靡した作品を作った監督が、新たなキャスト・スタッフとともに“いま”の映画を作る、その作品を観ることができるのはうれしいことですね。(松江哲明)