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「さよならの朝に約束の花をかざろう」岡田麿里監督インタビュー ファンタジーの世界で“親子”を描いた理由とは

2018年02月26日 22:23  アニメ!アニメ!

アニメ!アニメ!

『さよならの朝に約束の花をかざろう』(C)PROJECT MAQUIA
岡田麿里が監督を務める劇場アニメ『さよならの朝に約束の花をかざろう』が、2月24日より全国ロードショーを開始する。
岡田監督は『あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない。』や『心が叫びたがってるんだ。』をはじめとする作品で脚本を担当してきて、今回が初の監督作品となった。脚本も兼任した本作は、不老長寿の民の少女・マキアが故郷を追われ、外の世界で赤ん坊の男の子・エリアルを拾うところから始まる。両親のいなかったマキアは、エリアルを育てることを決心し、二人は葛藤しながらも親子の関係を築いていく。

緻密な心情描写でときに視聴者の心をえぐり、多くの共感を得てきた岡田麿里が描く“親子”とは。母親をどのように捉え、監督として映像に落とし込んだのか、話をうかがった。
【取材・構成=奥村ひとみ】

『さよならの朝に約束の花をかざろう』
2018年2月24日(土)ロードショー
sayoasa.jp/

■“親子”は絶対に逃れられない呪いのような関係でもある

――本作を作るにあたって、物語の起点となった要素を教えていただけますか?

岡田麿里監督(以下、岡田)
今回は「すごく求め合う人たちの話」を描きたかったんです。強く求めるがゆえに、身動きが取れなくなってしまう人たちのお話。
主人公のマキアには両親がおらず、ずっと自分はひとりぼっちだと思って生きてきました。そんな女の子が、親を亡くしてひとりぼっちになった赤ん坊のエリアルを拾います。一人になりたくないと願うマキアが求めている一番強い関係って、やっぱり“親子”だと思うんです。
子供を育てながらマキアは「エリアルの母親にならなきゃ」と、だんだん強迫観念のように自分に役割を課して、そのせいでエリアルの気持ちが分からなくなってしまうこともあったり。二人は本物の親子ではありませんが、だんだん勝手に湧き出してくる愛へ寄っていく様を描いています。


――これまで脚本家として活躍されてきた岡田さんが、本作では初めて監督のポジションに就かれました。監督のお仕事の率直なご感想や、監督と脚本家の違いを感じたポイントを教えてください。

岡田
脚本は作品のトップバッターであり、最初に制作から去ってしまうポジションなので、一度、皆と一緒に最後まで作品に付き合っていくことをやってみたかった。よく“制作現場”という言い方をしますが、現場の、たとえば作画のスタッフさんたちからすると、脚本家は現場の人ではないんですよね。
監督として入るようになってから、「現場はどうですか?」と聞かれることが増えました。また、脚本を書いているだけでは到達できない、表情やセリフ、仕草ひとつや景色の色といったところに参加できたのは、脚本家と監督の大きな違いでした。
想定はしていても、脚本のうえだけではどうしても限界があります。絵作りのディスカッションに参加することで、セリフで説明せずともなんとなく気持ちで伝わったり理解できたりする部分を共有できたので、挑戦させていただけてすごく良かったなと思っています。
メインスタッフには『凪のあすから』でご一緒した篠原俊哉副監督や、美術監督の東地和生さん、キャラクターデザイン・総作画監督の石井百合子さんらが入ってくださり、すごく心強かったです。休憩時間とかもなんだかんだと作品のことを話していて、モノを作っている喜びといいますか、青春感がありましたね(笑)。

――岡田麿里さんと聞くと、『あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない。』や『心が叫びたがってるんだ。』といった現代劇のイメージがありました。今回はなぜファンタジーの世界を舞台にしたのでしょうか?

岡田
描きたいものがけっこう生々しいというか、この作品には強い感情をいっぱい乗せたかったんですね。そうなると、現代劇だとリアルになり過ぎて乗りづらくなるんじゃないかな、と。
現代劇、じっとしていられない感覚と言うか、テンションが高まっていく感じと相性がいいような気がするんです。どちらかと言うと今回の『さよ朝』は、キャラクターが心の内側に入っていくお話なので、世界が伝えてくれる情報は鮮やかなほうがいいな、と考えました。あとは単純にファンタジーが好きということも大きかったです。


――強い感情というのは、やはり“親子”のことですよね。

岡田
「強い繋がり」という点から考え始めたのですが、それが結局、親子なんですよね。強度という意味では恋人や夫婦もそうなのかもしれませんが、恋人や夫婦は解消しようと思えばできます。でも親子は絶対に壊せない関係で、ある意味、呪いのようなものでもあります。けれど、マキアが望んでいたのはそういう関係なんです。
マキアは不器用な子なので、自分が抱いている理想の母親像に、押しつぶされそうになりながらも、エリアルの側にいられる方法が他に見つけられなかった。本作にはマキアの他にも「母親」が登場します。その中には、自分で産んだものの育てられなかった子もいて。マキアとの対というわけではないのですが、望まない出産だったはずなのに、いつしかその子に固執していくという。お互いがお互いのことを想っていても、大切がゆえに逆にすれ違ってしまうこともある。それでも諦められないのも、親子なのかなと。この作品の中でいろんな親子の気持ちを描いてみたかったです。

■石見舞菜香さんの声を聴いて「見つけた」と思った

――多彩なキャラクターたちはどのように生み出していったのですか?

岡田
物語の中にいくつものラインがあり、そのライン上にいるキャラクターが自由に動いていくことで、結果としてマキアとエリアルの物語に重なっていくような作りにしたいな、と。もともと、何気なく起こった些細な出来事が後々に影響を与えていくといったものが好きなんですが、TVシリーズはオリジナル作品であっても、その話数ごとにパッケージ感が必要になって来て。分かりやすさを求めると、どうしても一本筋になってしまう。
それに加えて群像劇になると、一人のキャラクターにどれくらい時間を割くかで随分と印象が変わってしまいます。監督をやらせていただけることで、今回は脚本家として参加する作品よりもキャラクターの動線を自分で管理できるなと思いました。

――特に思い入れのあるラインや、生み出すのが難しかったキャラクターは?

岡田
一番難しかったのはやっぱりマキアとエリアルです。本当の親子ではなく、見た目のバランスもどんどんいびつになっていく。葛藤もそのぶん特殊になっていくのですが、それでも普通の親子に起こる感情や、大切に思う誰かと触れあうことでうまれる感情と、自然にリンクできるところはないかと探しました。そのバランスはすごく難しかったですが、書いていてやりがいを感じるものでもありました。


――マキア役の石見舞菜香さんの演技はいかがでしたか?

岡田
最初にオーディションでお声を聴いたとき、オーディションシートに「見つけた」と書いたのを覚えています。すると、オーディションに参加したスタッフ皆が「見つけた」と思っていたみたいで、ちょっと盛り上がりましたね。
マキアは少女らしさを残しながらも、長寿ですから人生経験も重なっていき、大人の女性の感覚も付随してほしいキャラクターでした。純粋さと潔癖さだけでなく、芯の強さみたいなものが欲しくて、石見さんはそのバランス感が素晴らしかったです。
オーディションのセリフに、マキアが子どものエリアルに対して怒るシーンがあったのですが、それがとても良くて。その怒りは、エリアルに怒りたいというよりも、自分がいっぱいいっぱいになってしまう苛立ちなんですよね。オーディションに参加された他の声優さんは、セリフそのものがキツめだったので、キャラクターを救う意味でちょっと調整をして可愛く振ってくださったりしていたんです。でも石見さんは、「同じように怒られた経験があるんじゃないか」と思うくらい自然で。
制作現場にも一度、足を運んでくれて、キャラクターデザイン・総作画監督の石井百合子さんとも話してくれて。アニメは絵と声がひとつになって一人のキャラクターになるので、おかげですごく生きたキャラクターになりました。

――エリアル役の入野自由さんは、『あの花』では主役の宿海仁太(じんたん)役を担当されていました。今回のキャスティングはどういったお考えからだったのでしょうか?

岡田
本作はファンタジー世界なので、設定的にはありえないんですけど、気持ちは現実と地続きなものを描きたかったんですね。そういう意味でマキアは気をつける必要がありましたが、エリアルのほうは本当に普通の男の子であり、そこは絶対にズラしたくない点でした。
内に入っていきがちな、繊細さをもった普通の男の子の声って誰がいいんだろうと思うと、私の中では入野さんで。正直、書いているときからイメージはしていました。とはいえ、入野さんはじんたんのイメージもやっぱり強くて、「どうしよう……」と悩んだんです。でもオーディションで演技を聴いたら、「やっぱり入野さんだ」と思ってしまいました。入野さんの繊細さや、ちょっとやんちゃな感じが絶妙で、聴いた瞬間からエリアルがそこにいました。


――先ほど篠原副監督やキャラクターデザイン・総作画監督の石井百合子さんのお話が出ましたが、キャラクター原案の吉田明彦さん、コア・ディレクターの平松禎史さんらは初めて一緒にお仕事をされたとうかがいました。このお二人はどういった経緯で参加されることになったのですか?

岡田
吉田さんはもう、ホントにファンだったので(笑)。田中将賀さん(『あの花』『ここさけ』でキャラクターデザインを担当。本作にも参加している)もファンだと言っていましたが、私たちの世代は吉田さんのキャラクターにどうしても惹かれるものがあって。また今回は劇場アニメということで、キャラクターはシンプルに、時代に左右されないデザインを求めていたので、吉田さんはピッタリでした。そこに石井さんの優しさや繊細さが合わさり、お二人の男女差がうまく合致するんじゃないかと思い、原案をお願いしました。
平松さんはもともと、憧れのクリエイターでした。今回は、制作スタジオのP.A.WORKS代表でラインプロデューサーも務めてくださった堀川憲司さんがお声がけをしてくれて。堀川さんが現場プロデューサーをするのは本作が最後なので、今までご一緒されてきたクリエイターさんの中で思い出深い「この人は」という方を集めてくださいました。メインアニメーターの井上俊之さんも本当にたくさんのシーンを描いてくださって、本当に恵まれた作品だったと思います。皆さんの堀川さんへの信頼を感じました。

――平松さんから岡田監督に贈られたアドバイスなどがあったら教えてください。

岡田
平松さんは作家性で現場を引っ張ってくださる方で、一緒に「これがいいね!」と盛り上がってくださる感じでした。平松さんは作品に対してとても真摯な方で、すごく勉強になりました。監督としてわからない点や実務的な面は、副監督の篠原さんに教えていただきました。制作の過程で、「こうしたい」というアイディアがスタッフからどんどん生まれてくるのですが、やはり現場に負担が掛かってしまって。そんな時も、篠原さんが支えてくださいました。

■初めての監督業は、現場の空気に支えられた

――本作で岡田監督は絵コンテにも挑戦されたんですね。どんなシーンを担当されて、作画にはどのような指示を出されましたか?

岡田
まとまったパートではなく、部分部分で描かせていただきました。たとえばタイトル前のマキアがエリアルを連れていくシーンとか、出産シーンとか。絵コンテ打ち合わせ、作画打ち合わせなどにはすべて立ち会って、自分なりにこの作品でやりたいことを直接話しました。ただ、本当に不慣れですから、話すにしても時間がかかりますし、どこをどれくらい省略していいのかも分からなくて。よく篠原さんに「そこまで細かく説明しても、今は意味がないよ」とか、逆に「それだとちょっと足りない」と言われたりして、どのくらい伝えたらいいのかはすごく難しかったです。
絵コンテを描くにしても、見ると描くとでは全然、勝手が違っていて。絵コンテでレイアウトをしっかり作らないとアニメーターさんに分かってもらえない。私は学生時代は美術部だったんですが、嘘だなって思いましたね……(笑)。

――絵作りの面で岡田監督がこだわったポイントは?

岡田
好きな映画や作品の傾向として、たとえば空の色を感情と重ねたりといった、キャラクターの感情と状況を一致させたいなという考えがありました。あとは劇場作品ということもあって、東地さんに黒を多めにしてもらいました。黒には温かさや重厚感がありますし、またアンダーが低ければその分、落差が快感になるのではないかと思ったんです。でも実際にやってみると、黒が難しい理由がちゃんとあるんだと分かり、素人考えだったと痛感して。それで皆さんにすごく迷惑をかけちゃって、一時は「これは素人考えかもしれないから言わないほうがいいのかな」と黙ってしまうこともあったんですけど、「やっぱりそれではダメだ!」と後から思い直したりして、毎日が反省の繰り返しでした。
でも、スタッフの皆さんがいろいろ質問してくださって。東地さんとかは「とりあえず描いたけど、どうせこれ監督の好みじゃないだろうし後で直します」とまで言ってくれるようになって(笑)。『さよ朝』を作るのに3年かかって、もちろんスタッフ全員が3年かかりっきりではなく、途中での参加や離脱もありましたが、共通の作品を介して月日を共にする密度を感じました。
そして、ラストの追い上げがすごかったです! 「本当に完成するのだろうか……?」と思うこともありましたが、ラスト2ヶ月でビックリするほどすごい映像になりました。2ヶ月前の時点でもすごかったのに、人の力ってすごい。「ゾーンに入った!」と東地さんが言っていたんですが、現場って本当に生き物なんですね。不安だった気持ちが「いけるぞ」になって、「だったらもっと良くできるんじゃないか」と変わっていくのがすごく気持ち良かったです。


――気の早い話ですが、今後も監督にチャレンジされたいというお気持ちはいかがでしょう?

岡田
そうですね……今は正直、考えられません(笑)。制作中、たまに「奇跡が起きた!」「風が吹いた!」とスタッフで言い合っていたんですよ。日々起こる問題に、みんなで悩んで。誰かのひらめきや、新しく入ってくれたスタッフの力によって、状況が日々改善されていく。本当に素晴らしいスタッフに恵まれた作品でしたし、計算してできるものではないバイオリズムというか、このスタッフだからこそ生まれる空気に支えられたなと感じています。

――最後に、岡田監督にとって“母親”とはどんな存在ですか?
岡田
良いにしろ悪いにしろ、自分というものの形成に大きく関わってくる存在だと思います。自分の中に母親が刻まれているからこそ、最後には自分で立たなくちゃいけない。この作品は出会いと別れの話です。物語の中でマキアは壊れない関係を求めましたが、永遠に壊れないものはない。マキアだけでなく、キャラクターひとりひとりがそこに向かいあっていく話を描きたいという思いがありました。
また、美しい伝説の世界で生きてきた人が、いろんな感情を経て汚れることで成長する感じも想定して作りました。綺麗なところから外へ出て汚いものに触れることで、失うものもあれば豊かになるものもある。親子は決して逃れられない関係であり、あたたかく居心地のいいものでもありますが、それでも怖がらずに循環していくってことが大事なんじゃないかなと思っています。

『さよならの朝に約束の花をかざろう』
2018年2月24日(土)ロードショー
配給:ショウゲート
(C)PROJECT MAQUIA