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24年の月日を結ぶ架け橋とは? 『リバーズ・エッジ』が映し出す、ギリギリを生きる若者たちの姿

2018年02月25日 10:02  リアルサウンド

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 「新しい作品が描けない今、自分の作品に新たな命が吹き込まれる事に興味がある」――これは岡崎京子による漫画『ヘルタースケルター』(2003)が、蜷川実花によって映画化された際に寄せられた岡崎自身のコメントである。交通事故で重大な後遺症を負って以来、岡崎は新作を描いてはいない。1994年に刊行された『リバーズ・エッジ』が、日本を代表する映画作家である行定勲の手によって今回映画化されたように、絶えず岡崎の作品は語られ、そして連綿と受け継がれている。


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 本作は原作への敬意を込め、とことん忠実に描かれているが、24年の月日が経過した2018年現在を結ぶ架け橋となるものとして、行定勲監督は、ゲリラ的なインタビュー手法を取り入れている。主演の若草ハルナを演じた二階堂ふみが、「生きていきたいと思う」と涙ながらに語ったように、山田一郎を演じた吉沢亮が、インタビュー時の言葉について「それは山田を俯瞰で見ている吉沢亮の言葉だよな」(引用:cinemacafe|【インタビュー】二階堂ふみ×吉沢亮 繊細で鈍感でエネルギッシュな青春という化け物を語る)と語ったように、彼らはそのインタビューにおいて、あてがわれた「役」と、一人の役者である本当の「自分」をないまぜにしていたという。そうすることで、1994年に生まれた『リバーズ・エッジ』のキャラクターである彼らと、2018年に生きる一若者である彼らは互いに溶けあい、時代を超えた融合体としてカメラの前に存在し得たのである。


 本作はかつての映画の標準サイズであったスタンダードサイズが採用されており、確かにそこで繰り広げられる世界は奥行きが多少削がれていることもあって、「平坦な戦場」そのものに見えてくる。本作で引用されているウィリアム・ギブソンの詩の一節である「平坦な戦場で僕らが生き延びること」とは、一体どういうことなのかが、この画角によって語られる。


 そんな彼らの「平坦な戦場」で、ある意外なものが彼らの接合点となる。それが一体の「死体」である。山田はいじめから助けてくれたハルナに、宝物を見せると言って死体の場所へと連れて行く。彼はこの死体を見ると勇気が出るんだ、と話す。


 『リバーズ・エッジ』の直後、『ヤングロゼ』に掲載された『チワワちゃん』(1996)にも「死体」は再び姿を現わす。物語はバラバラ死体になってしまった友人チワワが誰であったかを、友人らの語りによって明らかにしようとするものであり、その死体の人間性そのものが疑問視されている。対して、『リバーズ・エッジ』の死体の正体はまったく問われることなく、何かが明らかになることを恐れるように、誰かに奪われてしまう前に、その死体は地下の奥深くへと彼らの手によって、埋葬されてしまう。


 かつて岡崎京子は「この物語は『愛と資本主義』の物語である」として『pink』(1989)を描いた。その中で主人公であるユミは、ペットとして可愛がっていたワニをカバンに変えられてしまってもなお、一緒に外出できるからと言ってそれを持ち歩く。ユミに所有されるワニの亡骸(死体)も、山田に所有される正体不明の死体も、ここでは等しく生のための消費物であろう。山田は見つけた時にはまだ肉がついていた、と言うが、その僅かな肉はきっと、時間の経過によって朽ち果てていったのではなく、彼によって消費されてしまったという見方をした方が、おそらくは正しいのである。


 同じようにモデルとして世間に消費される存在として描かれる吉川こずえ(SUMIRE)と、ハルナの間の少し変わった友情関係も映画では瑞々しく描かれている。2人が豪邸で一緒に食事をとる場面では、岡崎がバイブルと公言するチェコ映画『ひなぎく』(1966)を、一瞬彷彿とさせもする。しかし、『ひなぎく』のマリエたちのように、2人はいたずらに犯罪という犯罪を犯すこともない。多くの若者たちがきっとそうであるように、退屈をもて余し、河のほとりに立つように、ギリギリを生きている。


 岡崎は映画そのものについて、こう語っている。「単純な事ですけど全ての映画は始まり、そして終ります。そしてすべての人間は生きて、そして死にます」(『KAWADE夢ムック文藝別冊 岡崎京子』河出書房新社)。しかし、「僕らの短い永遠」は確かにこのフィルムの上に存在し、それはきっと終わることなく続いていくものである。


 1994年当時、多くの少年少女たちの心をとらえたこの物語が、携帯電話とインターネットを手に入れ、異なるコミュニケーションの世界を生きる今現在の若者たちの心に、何を投げかけるのだろうか。小沢健二は、「あとがき」でもある本作の主題歌「アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)」の中で、こう唄っている。祈りを込めるように、希望を託すように。「きっと魔法のトンネルの先 君と僕の言葉を愛す人がいる 本当の心へと 届く」と。(児玉美月)