1月スタートの今季のドラマも、3月の最終回に向けて物語が佳境に入ってきた。
松本潤主演の人気ドラマの続編『99.9-刑事専門弁護士- SEASON II』や、『カルテット』の坂元裕二脚本の『anone』、妊活に取り組む夫婦や事実婚のカップル、同性のカップルなど多様な家族やパートナーのあり方を描く『隣の家族は青く見える』、吉岡里帆がまっすぐで優しい編集者と冷酷な裏の顔を持つ大学時代の先輩の間で揺れる動く女性を演じる『きみが心に棲みついた』など様々な作品が話題を呼んでいるが、TBSの金曜ドラマ『アンナチュラル』もその1つだ。
『アンナチュラル』は、死因究明専門のスペシャリストが集まる架空の「不自然死究明研究所(UDIラボ)」を舞台にした1話完結のドラマ。毎回ラボに持ち込まれる遺体を巡る謎をラボのメンバーが解決していく謎解きの要素に加え、石原さとみ演じる法医解剖医の三澄ミコト、井浦新演じる法医解剖医・中堂系、窪田正孝演じる記録員・久部六郎、市川実日子演じる臨床検査技師・東海林夕子、松重豊演じるラボの所長・神倉保夫らの魅力的なキャラクターとコミカルなやりとりも視聴者の心を掴んでいる。
市川実日子といえば、『シン・ゴジラ』で演じた尾頭ヒロミが人気を博し、尾頭を描いたイラストがインターネットで次々に投稿されたが、『アンナチュラル』でも市川だけでなく、UDIラボのメンバーらのファンアートがTwitterを中心に多く描かれており、視聴者の熱量の高さが窺える。
■実際の事件を「予言」? 最新話では仮想通貨詐欺や集団強姦を扱う
『アンナチュラル』が今季のドラマにおいて抜きんでているのは、作品の随所に散りばめられた社会への鋭いまなざしだ。さらに特筆すべきは、脚本が昨年に執筆されていたというのに、最近世間を賑わせた事件を彷彿させる描写が登場している点である。
たとえば先週2月16日に放送された最新話の第6話。高級ジム主催の合コンパーティーに参加していた東海林(市川実日子)が、同じパーティーに参加していた男の殺人容疑をかけられるというあらすじだが、ミコト(石原さとみ)たちが遺体をもとに調べを進めるうちに、仮想通貨・ビットコインに関する嘘の情報を流して詐欺を働く4人組のうちの1人が分け前を独り占めしようと起こした事件だとわかる。
仮想通貨といえば連想されるのは、ビットコイン取引所の大手「コインチェック」が外部からの不正アクセスを受け、約580億円相当の仮想通貨が流出した事件だが、脚本の野木亜紀子は放送後に「書いたのは昨年9月でした。偶然of偶然」とツイートしている。
また作中で仮想通貨詐欺に関与した男たちは、大学のサークル仲間で、かつて集団強姦事件を起こした過去を持っている。これも有名大学でたびたび起こる男子学生による集団レイプ事件が思い起こされる。作中の男たちが、事件を起こしたにもかかわらずエリートとして社会でのうのうと生きているあたりもリアルな描写だ。
■座間9遺体事件との類似も
『アンナチュラル』の脚本が実際の事件を「予言」しているような展開は今回が初めてではない。
第2話では集団自殺を取り扱った。他人同士の4人の遺体が発見され、彼らが自殺サイトを通じて知り合ったことがわかるが、身元不明の少女の遺体に残された手がかりから、やがてサイト上で自殺仲間を募っていた若い女性に声をかけ、監禁して殺そうとしていた男に辿り着く。
これも神奈川・座間のアパートで9人の男女の遺体が発見された事件とよく似ている。この事件が発覚したのは昨年10月だが、脚本は7月に書かれたという。
脚本の野木亜紀子は放送後に「その後に類似事件が起こり、とても苦しい気持ちになりました。おごりかもしれないけれど、もしこのドラマがもっと前に放送されていたら防げていたのだろうかと考えもしました」と無念さをにじませたが、こうした偶然が重なるのも野木の社会に対する批評性と張り巡らしたアンテナの精度の高さゆえだろう。
■ブラック労働、ミソジニー...社会的弱者の声を代弁
世間を賑わせた実際の出来事を連想させる事件だけでなく、ブラック労働やパンデミック、ミソジニー(女性嫌悪、女性蔑視)といった現代社会が抱える問題を次々と扱う『アンナチュラル』。セリフの端々にも問題意識や社会的弱者への視点を見て取ることができる。
仮想通貨詐欺を扱った第6話では、合コンで昏睡状態に陥り、ホテルに連れ込まれた東海林に対し、「よく知らない男と酒を飲んで酔っ払う方にも問題あると思いますよ」「(東海林のドレスを見て)背中ばっくり開いちゃってますしね」と、問題の本質を見失っていながら、ここ日本ではセクハラ被害に遭った女性に言われがちな言葉を男性刑事が話すが、ミコトはこれに「女性がどんな服を着ていようが、お酒を飲んで酔っ払っていようが、好きにしていい理由にはなりません。合意のない性行為は犯罪です」と毅然と言い放つ。
■「お約束」はことごとく打ち砕かれる
こうしたセリフの応酬はこちらの言いたいことを代弁してくれているようで痛快だが、同時に痛快だけでは終わらせてくれないのも『アンナチュラル』である。
たとえば女性ブロガー殺人事件を題材にした3話で「女性は感情的」など、ミコトに対して女性を見下した態度をとり続ける男性検事を最終的に感情的にさせ、ぎゃふんと言わせたのはミコトの代わりに法廷に立った中堂(井浦新)だ。男尊女卑の検事が完膚なきまでに言い負かされる姿は胸がすくような思いがするが、結局女性の力では裁判に勝てなかったというもやもやが残る。
恋人を殺された男性が犯人の女性を刺してしまう第5話でも、視聴者は男性がナイフを振りかざしたところで中堂やミコトが止めてくれることを期待するが、その思いは裏切られる。
しかし現実はいつだって思い通りにいかないものだ。すっきりさせてくれないからこそ、「お約束」なんて存在しない現実に共感できるのだろう。
■問題提起と人々に寄り添う力強い言葉
それでも今のところ、どの事件も最後に小さな救いが残されている。最悪な事態は避けられるというところが、脚本家の野木の社会や人間に対する希望の表れなのかもしれない。
長時間のブラック労働を強いられた末にバイク事故で妻子のある男性が命を落とした事件を描いた4話では、大学を休学しアルバイト生活を送る六郎になぜ働くのかと尋ねられたミコトが「生きるため」と即答する場面があった。
これを聞いて「夢とか見つかってない」とこぼす六郎に対して、「そんな大げさものなくても良いんじゃない? 目標程度で」「給料が入ったらあれ買おうとか、休みができたらどこか行くとか。誰かのために働くとか」とミコトは話す。
社会への鋭い問題提起だけでなく、理不尽だらけの社会でもがきながら生きる人々に寄り添う、優しくて力強い言葉の数々もこの作品の魅力なのである。