要町駅から少し歩いた住宅街の中にあるバー「エデン」(東京都豊島区)。といっても"普通のバー"ではない。日替わりで実施されるイベントのラインナップには、「死にたいバー」「発達障害バー」「創価学会バー」など一癖あるものばかり並んでいる。
さらに「エデン」界隈からは、「エデンハウス」や「ベーシックインカムハウス」といったシェアハウスが誕生。就職活動に嫌気がさした大学生による「しょぼい喫茶店」も3月1日に開店する予定だ。
こうした一連の動きの"台風の目"となっているのは、「エデン」店長のえらいてんちょうさん(えらてんさん)だ。昨年、ブロガーとしても話題になったえらてんさんに、「エデン」設立の背景や今後の展望を聞いた。
キー局社員や医師も来店 「現状に疑問を抱き、何かを求めて来ているのでは」
エデンでは、口コミや人づてで集まってきた人気ツイッターユーザーや元々お客さんだった人たちが日替わりでバーテンを務めている。オーナーのえらてんさんが求人を出して、雇用しているわけではないのだ。こうしたスタイルの背景には、「雇用というもの自体が時代に馴染まなくなっている」という考えがある。
「皆、雇われたくないと思っています。会社に骨を埋めてもいいことがないからです。先行きが不透明で、定年まで雇ってくれる保証もない。それなのに月20~30万円で長時間拘束されたり、転勤させられたりするなんてできません。"雇用"そのものが世の風潮にそぐわなくなる中、エデンでも特定の人を雇うということはしていません。それでも誰かしらバーテンをやりたいと言ってくれるので、全く困っていません」
バーテンがバラエティ豊かなら、客層も同じくらいバラエティ豊かだ。筆者は何度か足を運ぶ中で、キー局の社員や元公安調査官、発達障害や精神疾患を抱える人たちに出会ってきた。そうした多種多様な人を受け入れる度量がエデンにはあるのだ。特に最近では、社会的地位の高い人が目立つようになってきているという。
「初めは貧しい人も多かったのですが、最近は社会的地位の高い人も増えてきました。30~40代男性が多く、大企業の社員や公務員、医者、弁護士もいます。そうした人たちはどこかで『今のままではマズい』と感じているようです。以前、医師の方は膨らみ続ける医療費の大きさに危機感を感じているようでした。現状に疑問を抱き、何かを求めてここに来るのではないでしょうか」
シェアハウス「りべるたん」や生活支援の「もやい」を経てエデン誕生
「エデン」は単なる"変わったバー"ではない。様々な社会運動に関わってきたえらてんさんが、それまでの反省点を生かして作った"オルタナティブ・スペース"でもある。
現在、東池袋にあるシェアハウスの「りべるたん」。えらてんさんは創設に携わったものの、シェアハウスならではの"障壁"を感じていたという。
「皆で集まってわけのわからないことをしたい、雑多な人が無意味に集まれる場所があったらいいなという思いがあり、『りべるたん』を始めました。ただ、シェアハウスだと、アポイントメントを取らないと行けないといった障壁があります。一方、バーの場合はどんな人でも営業時間に行って、お金を払えば、お客さんとしてその場にいていいわけです。"どうすればその場にいていいのか"が曖昧じゃないんですね」
生活支援で知られる「もやい」にも関わっていたが、お金がないゆえの限界があるのではないかと感じていた。
「『もやい』ではお金がなかったようで、事務員が雇えず、週に1~2回しか事務所を空けていませんでした。『もやい』に限らず、社会運動には、お金儲けはしない、手弁当でやるという風潮が強くあります。でも貧困支援で儲けてもいいと思うんです。儲かる方が運営する方もやる気が出ますし、事業として継続しやすいんです」
「エデン」は、バーとして経営し、収益を上げているからこそ、事業の継続や拡大ができる。実際、すでに「エデンハウス」(東京都豊島区)というシェアハウス兼ゲストハウスという派生事業が生まれ、そこに出資しているという。
「国家や企業が計画を立てるというのはもう古い。個々人が好き勝手にやればいい」
えらてんさんは、エデンの他にも、リサイクルショップや学習塾など複数の店舗を経営しており、1つの企業が複数の事業を展開する「コングロマリット」とも呼べる状態だった。しかし手を広げた結果、1人ではとても回せなくなってしまったという。
「そこで私が資金やノウハウを提供して、他の人に独立してもらおうと思い始めたんです。それが『コンツェルン構想』です」
コンツェルンとは持ち株会社の下、独立した複数の企業がグループ展開することを指す。この構想を実現すべく、今年1月には、大阪・京都・福岡などで「エデン」を出店できるフランチャイズ・オーナーを募集していた。しかしすぐにコンツェルン構想は不要だと感じたという。
「あくまでも私が資金提供をするつもりだったのですが、それすらする必要がなくなったんです。私のフォロワーが別のフォロワーに出資して、喫茶店を開業するという話が持ち上がったからです。もはやコンツェルンですらなく、『ショボい起業』が網の目のように広がっていくイメージです。ネットワークでありさえすればよく、トルコのギュレン運動に似ているとも言えます」
喫茶店の話は今年1月、えらてんさんのフォロワーで、大学生のえもいてんちょうさんが「100万くらい僕にください。しょぼい喫茶店やります」とツイートしたことが発端になった。同じくえらてんさんのフォロワーだったカイリュー木村さんは、100万円の投資を快諾。3月1日には新井薬師周辺で開店する予定だ。
そもそも就職活動に倦んだえもいてんちょうさんが開業を決意したのは、えらてんさんのが提唱する「ショボい起業」という考えに触発されたからだった。えらてんさんの思想や人脈がこうした新しい動きを次から次へと生み出している。
「個々人がやりたいことを勝手にやってマネタイズしていけばいいと思っています。人が集まったり離れたりして、好き勝手やって、何かが生まれたり生まれなかったりする。これはエデン周辺に限った話ではありません。国家による計画経済が難しいのと同様に、会社組織が労働力を適切に配置するのも難しくなっていると思うんです」
えらてんさんの周辺では、約30人の有志が集まって、本を作る計画が始動しているという。家賃無料で入居者に毎月1万5000円を支給する「ベーシックインカムハウス」(神奈川県厚木市)もカイリュー木村さんの手で始まった。今後もえらてんさんの周辺では様々な動きが生まれそうだ。
えらいてんちょう:1990年生まれ、慶應義塾大学卒業。
twitter:@eraitencho ブログ:「えらいてんちょうの雑記」