2018年02月17日 10:02 弁護士ドットコム
政府が、小説や音楽の著作権を保護する期間を原則20年延長して、「作者の死後70年」とする方針だと報じられた。関係者によると、「調整中でまだ確定していない」が、3月8日のTPP署名式が終われば、早い段階での法案提出もありうるという。
【関連記事:「タダで食べ放題」相席居酒屋で、大食い女性に「退店して」――店の対応は許される?】
小説や音楽について、日本の保護期間は、現行の著作権法で「作者の死後50年」とされている。環太平洋連携協定(TPP)の話し合いで「作者の死後70年」とする方向で調整されていたが、アメリカが抜けたため凍結対象の項目となっていた。
この凍結によって、日本国内での延長は義務でなくなったが、欧米の標準である保護期間「70年」にそろえたいという方針は変わっていないということだ。だが、保護期間延長については反対意見も根強い。
といはいえ、一般の人にとっては、保護期間の20年延長がどんな影響があるのか、具体的なイメージがわきにくいところかもしれない。この問題について発信しつづけている福井健策弁護士にあらためて聞いた。
――保護期間の延長はどんな影響があるのか?
絶版になるなど、社会から姿を消す作品が増えるおそれがあります。
著作権は、作者の死後、相続されますが、死後50年を超えるとなると相続回数が増えますから、権利関係は複雑化します。第三者が利用許諾を得るのが難しくなります。
保護期間中の全作品の約半数が、探しても権利者が見つからない「オーファンワークス」(孤児作品)だというデータもあります。こうした作品は大半がすでに市場で売られていませんから、電子図書館などのデジタルアーカイブや非営利の普及活動が主な流通手段です。
しかし、権利処理コストの負担が重いと扱えません。その結果、作品は散逸し、忘れ去られやすくなります。こんなことから、国際的にも保護期間の延長には反対論が強いところです。
――著作権が切れた文学作品を無料配信している「青空文庫」はどんな影響を受ける?
青空文庫のような民間のデジタルアーカイブ活動は、当然停滞することになりますから、クリエイターにとっては、作品が忘却される可能性が高まる危険があります。なお、いったん保護期間が切れた作品の権利が復活することは通常ないため、すでに青空文庫で公開されている作品が消えることはありません。
――ビジネス面での悪影響はあるのか?
海外の権利者に支払う使用料の負担や、契約の拘束がこれまで以上に増すことが予想されます。
欧米は、ミッキーマウスのような古いコンテンツで巨額の著作権収入をあげていますから、他国にも保護期間を伸ばさせようとしています。しかし日本はその真逆で、コンテンツに関して輸入大国です。日銀によれば、著作権使用料の国際赤字は、2016年過去最大の8600億円以上に達しました。「赤字はビジネスソフトのような最近の著作物だ」という誤った情報も流されていますが、米国商務省によれば書籍・映画・音楽等だけで、日本は米国1国に対して1千億円近い赤字です。
保護期間を伸ばせば、本来は不要だった民間の負担が増えることになりますね。
――保護期間を伸ばせばクリエイターの創作意欲が増す、という意見もあるが、その点については?
おそらく、そんな遠い将来の権利を考えて創作活動をするクリエイターは少ないでしょう。よって創作意欲を刺激することは考えにくいですし、そもそも大半の作品は、死後50年を過ぎては売られていないので、遺族の収入すら増えません。
――それでは今考えるべき著作権に関する問題は?
コンテンツ産業にとって現在の圧倒的な脅威は、海賊版の蔓延に対してほぼ手詰まりになりつつあることです。この状況があと10年も続けば、保護期間の延長以前に著作権自体が制度としてほとんど意味をなさなくなる可能性すらあります。
その対策に国際協調を含めた大規模なリソースを注ぐべきときです。JASRACなど一部権利者団体だけが求めており、欧米のメリットしかない保護期間を延長する時期とは思えません。海賊版対策やプラットフォーム政策、デジタルアーカイブ振興など、本当に喫緊の政策に注力すべきでしょう。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
福井 健策(ふくい・けんさく)弁護士
弁護士・ニューヨーク州弁護士。日本大学芸術学部・神戸大学大学院 客員教授。内閣府知財本部委員ほか。「18歳の著作権入門」(ちくま新書)、「誰が『知』を独占するのか」(集英社新書)、「ネットの自由vs.著作権」(光文社新書)など知的財産権・コンテンツビジネスに関する著書多数。Twitter:@fukuikensaku
事務所名:骨董通り法律事務所
事務所URL:http://www.kottolaw.com