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『anone』瑛太はなぜ不気味なのか? 坂元裕二ドラマにおける“ヤバい他者”の役割

2018年02月15日 18:22  リアルサウンド

リアルサウンド

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 林田家を訪れた中世古理市(瑛太)は、偽札の作り方を訥々と説明し、林田亜乃音(田中裕子)たちに偽札製造に協力してくれと言う。亜乃音は偽札作りを拒む。しかし中世古は、亜乃音の娘・玲(江口のりこ)の息子・青島陽人(守永伊吹)が起こした火災事故をネタに亜乃音を脅迫する。


参考:小林聡美と阿部サダヲの“職人芸”が光る 広瀬すず主演ドラマ『anone』で見せた“叫び”の名演


 今まで、社会から阻害された人々が疑似家族となっていく姿を優しく描いてきた『anone』だったが、中世古が登場したことで、物語のトーンは大きく切り替わったように感じた。


 中世古はかつて年収400億円を稼ぐIT企業の社長だったが、何らかの理由で社長を解任されたらしい。彼が偽札作りに入れ上げる理由はいまだ不明だが、単純な金目的とは違うように見える。


 中世古を演じる瑛太は、坂元裕二のドラマでは、『それでも、生きてゆく』と『最高の離婚』(ともにフジテレビ系)に出演している。どちらも主人公で、周囲の人々に振り回される普通の青年の役だ。そのため、感情を露わにする人間らしい場面が多かった。


 対して今回の中世古は、何を考えているのかわからない存在だ。そう見えるのは彼が偽札の作り方に関する具体的なことしか言わないからだろう。亜乃音たちに偽札作りを協力させるための駆け引きの際にも感情をこめずに事実だけを相手に伝える。しかし、絶対に断ることのできないように逃げ道を塞ぐ周到さはある。


 辻沢ハリカ(広瀬すず)たちの会話は、無意味でとりとめのないものだが、だからこそ豊かで温かいものなのに対して、中世古の言葉は徹底して合理的で、情緒が欠落している。そのことによって、今まで坂元裕二が描いてきた温かい世界の外側からやってきた他者であることが、より極まっている。


 面白いのは玲の息子・陽人と中世古の対比だ。


 幼稚園をクビになった陽人は、おそらくADHD(発達障害)なのだろう。自分の思っていることをひたすら喋り空気が読めない陽人もまた、本作では異質な存在だが、彼が優しい子だと言うのは見ていて伝わってくる。


 一方、中世古の言っていることはすべて明確で具体的だが、そうでありながら彼が何を考えているのかわからないという不気味さがある。


 中世古を見ていると、『それでも、生きてゆく』で風間俊介が演じた三崎文哉を思い出す。文哉は瑛太が演じる深見洋貴の妹を中学生の時に殺して少年院に入っていた殺人犯だ。院を出た文哉が再び罪を犯すのかと、そんな文哉を深見たちが理解して受け入れることができるのかというのが、物語の肝だったのだが、深見の言葉は文哉には届かず、苦い断絶が待ち受けている。それは物語という観点で見ると破綻したとも言える。


 坂元裕二自身も、物語上で文哉を説得することができずに「テレビ屋としては敗北感でいっぱい」と『ユリイカ テレビドラマの脚本家たち』(青土社)のインタビュー(聞き手・岡室美奈子)で答えている。しかし、この苦い断絶を描き切ったが故に本作は、坂元裕二作品の中でも突出した傑作となっている。


 『それでも、生きてゆく』以降も坂元は、理解できない怪物のような他者を描き、劇中で生まれた擬似家族にぶつけてきた。近作では『カルテット』で吉岡里帆が演じた来杉有朱がそうだったのだが、三崎文哉ほど徹底した存在として描けずにいた。その意味で『anone』の中世古は久しぶりに登場したヤバい他者である。


 言葉巧みに持本舵(阿部サダヲ)を取り込み、淡々と亜乃音を脅迫する手口は悪魔的とすら言える。だが、陽人に「悪い人間なんていないよ。そう決める人がいるだけだよ」と言う姿を見ていると、単純な悪役には見えない。亜乃音は陽人のために偽札作りを手伝うことになる。ハリカもまた彦星を助けるために協力する。


 今までにくらべると物語の進展こそ少なかったが、クライマックスへと向かう第一歩がはじまったようにみえる第6話だった。(成馬零一)