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【特集】史上最も醜いF1マシン10選(2)超一流デザイナー、ロリー・バーンの処女作

2018年02月15日 13:12  AUTOSPORT web

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トールマンTG181(1981~1982年)
『速いマシンは美しい』のか、あるいは『速いから美しく見える』のか。F1ファンにとっては、永遠に答えの出ない命題であろう。その伝でいけば、『遅いマシンは醜い』という言い方もできるかもしれない。

 フォーミュラワン世界選手権が始まってから、もうすぐ70年。これまで数え切れないほどのF1マシンが登場し、消えていった。『F1i』のジャーナリスト、ミカエル・ドゥラネイが今回紹介する『史上最も醜いF1マシン10選』を眺めるだけでも、マシンデザイナーたちがいかに知恵を絞って、ユニークなマシンを作り上げようとし、そして失敗を繰り返したかを実感していただけると思う。

 ここに登場する10台のマシンのほとんどは、期待された速さを発揮することはなかった。まさに『遅いマシンは醜い』ということなのかもしれない。 

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(4)トールマンTG181(1981~1982年)
 ベネトン、フェラーリで数々の傑作マシンを創造したロリー・バーンも、最初から超一流デザイナーだったわけではないことを示す顕著な例が、このマシンである。

 トールマンが念願のF1デビューを果たしたのが、1981年。そしてバーンにとっても、F1マシン処女作であった。バーンはこの年のTG181に続いて、翌年には発展型のB、Cを発表。

 空力デザインの洗練ぶりには才能の閃きが感じられるが、いかんせん車体が重過ぎ、ハートエンジンは非力過ぎた。そのため81年のトールマンは、出場した全12戦中11戦で予選落ちという結果に終わっている。


(5)コンノートBs(1955年)

 メルセデスがW196sで勝ちまくっていたシーズン。ジャガーやアストンマーチンなど、他のイギリスのメーカー同様、コンノートも不振にあえいでいた。

 ロドリー・クラークとマイク・オリバー共同設計のタイプBはまったく戦闘力を発揮できず。3台がイギリスGPに参戦したものの、予選最後尾。レースは全車リタイアに終わっている(それでも翌56年のモンツァでは、ロン・フロックハートが表彰台に上がっているが)。

 デザイン的にも、まるでボロ車の上にゴムボートが載っているかのような外観であった。


(6)ケーターハムCT05(2014年)

 わずか3シーズンでF1から姿を消したチームの、最後のモデルである。初年度のマシンから魅力に乏しいデザインだったが、このCT05は技術レギュレーション上の制約もあって、特に醜かった。

 ノーズ先端の高さが大幅に引き下げられたこの年は、各チームがまともなデザインの構築に苦労していたが、それにしてもケーターハムの仕事はやっつけ感が強かった。

 シーズン終盤にはある程度のモディファイが施されたものの、タイム更新には繋がらず。チームは消滅し、小林可夢偉のF1キャリアも終了した。


(7)フェラーリF14T(2014年)

 この年のF1がいかに醜かったか。それはフェラーリのこのマシンを見ても、十分に理解できる(ロータス E22も負けずにひどいシロモノだった)。

 イタリアンデザインの象徴のようなフェラーリだが、実は醜い作品も少なくない。たとえば1979年にデビューした312 T4、その後継モデルであるT5などは、優雅さのかけらもない。

 しかしこの掃除機のようなノーズを持つマシンに比べれば、はるかにマシというものだ。戦闘力も外観を反映したもので、この年のフェラーリは無勝利。ウイリアムズにもかなわず、選手権4位に終わっている。