アメリカの大学院に進学するためには、勉強だけでなく高額の学費を工面したりと準備が大変なイメージがある。しかしマサチューセッツ工科大学(MIT)が新設した「Micro Masters(マイクロマスターズ)」という制度によって、敷居が下がりそうだ。
同制度では、オンラインで数か月間講義を受講してから、テストセンターで最終試験を受ける。センターは全世界にあるが、日本では東京、大阪と福岡の3か所にある。
試験を受けるときには世帯年収に応じて100ドル(約1万800円)から1000ドル(約10万8000円)が掛かる。専攻によっては5~8科目ほどのテストを受けなければならないため、必要な費用は500~8000ドルということだ。
「まさかMITに行けるとは思っていなかった人たちにも来てほしい」
試験の成績が良ければ、MITのキャンパスに通って、修士号取得を目指すことになる。この場合、どの程度の学費が掛かるのか未定だが、学生の経済状況に応じて一部免除されるという。成績が振るわずMITのキャンパスに通えなくても、他の大学院に応募することもできる。
通常、アメリカで修士号を取得するためには、最低でも1年で200万円は掛かると言われている。これだけの費用を工面できない人でも、米大学院に進学できる可能性が生まれたということだ。
また、これまで米国の大学院進学には、学位や推薦状、GREという基礎学力を測るテストのスコアが必要だったが、そのいずれも必要ない。高校や大学を卒業している必要すらないのだ。
同大の学長を務めるラファエル・リーフ氏は、公式サイトで、
「まさかMITに行けるとは思っていなかった人たちにも来てほしい。グローバルな競争の中で、自分には思ったよりも力があるんだと発見できると思う」
と呼び掛けている。同大でオープン・ラーニングの副責任者を務めるサンジェイ・サーマ氏も「この制度は、高等教育への伝統的なアクセスの方法を崩壊させる力を秘めている」と自信をのぞかせる。
「英語ができる人やネットができる人とそれ以外の人の格差が拡大する可能性がある」
留学エージェント「留学情報館」の大塚庸平代表は、「MITはマーケティングが上手いと思う」と話す。
「試験で優秀な成績を収め、現地の大学院に進学し、修士課程を修了するのはそれほど簡単なことではない。人数も限られてくると思う。しかしマイクロマスターズというコースを解放したことで、かなり多くの人がトライすることになる。多くの人にリーチするという点で上手いやり方だと思う。その中から優秀な人が出てくれればいいというのがMITの狙いだろう」
また無料でオンラインコースを提供したり、学費を軽減できたりすることの背景として、「アメリカの大学は、寄付金など複数の財源を持っており、そもそも収入を学費に依存していない」と指摘する。
この制度は、これまで学習する機会のなかった人にも門戸を開くものとなるが、大塚氏は、「オンラインにおける教育コンテンツが増加する中、インターネットに接続することができ、英語もできる人にとっては可能性が広がっている。しかしそうでない人との格差はさらに拡大する可能性がある」とも指摘していた。
韓国出身で米ジョージア工科大学に在籍するアン・サンミンさんは、日本で英語学習のプログラムを提供する「ちょいみらい」の社長も務めている。同制度については、
「これまではキャンパスに行かなければ受講できなかったハイレベルの講義を学生のところに直接届けている。貧しい国で教育の恩恵を受けられていない人や、何らかの理由で勉強ができなかった人に就学の機会を提供するものだ」
と評価している。ただ、日本からの挑戦が増えるかという点についてはやや懐疑的だ。
「MITはレベルが高く、大学院に行くという道筋が見えづらいと感じている人も多いのではないか。しかしこうした選択肢があるとわかれば、人生が変わる人もいるだろう」
サンミンさんは、MITに進学するイメージが持てるよう、自身がマイクロマスターズに挑戦し、その過程を公表するプロジェクトも立ち上げている。