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悲劇と見せかけた喜劇のラスト 『RAW~少女のめざめ~』が描く強烈すぎる愛への渇望

2018年02月12日 12:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 これはとんでもないものを観てしまった。映画館の中央、一番観やすいと自認している席に座ってしばらく経った後、「しまった! 逃げ出せないじゃないか!」と慌ててしまったぐらいに、ホラー映画にあまり耐性がない人間にとっては衝撃の連続の映画だった。だが、その衝撃が今もゾクゾクと身体から消えない。それはきっとカニバリズムに魅せられるヒロイン・ジュスティーヌのなかなか共感し難い物語の根底にある、誰もが通り過ぎたことのある、「ある時期」の感覚が共鳴するからだろう。


参考:町山智浩がホラー映画『RAW~少女のめざめ~』を語る 失神者続出の真相も


 そもそもこれはホラー映画なのか。1人の純粋な少女がまるで獣の覚醒のように人肉に魅せられていく様は、ホラーというより強烈すぎる愛への渇望であり、思春期の少女が女へと変貌するためにくぐる通過儀礼である。そしてそれは時に恐怖を通り越してユーモラスでさえあった。


 女性監督ジュリア・デュクルノーが魅せる世界は、冒頭の不穏に木々がさんざめく路地のみを映す静謐なショットが示すように、肌理細やかで美しい。だが、その余計なものを省いた世界だからこそ、血や肉片、過剰な色彩、動物や人間が放つ生の気配が余計に目に焼きつく。


 ギャランス・マリリエ演じるジュスティーヌは登場してまもなく、口の中に意図せず混入させてしまった異物をそのまま皿に吐き出す。彼女はベジタリアンで、口にしたマッシュポテトの中に肉が混入していたことは耐え難いことだった。彼女のその様子を見て店員に猛然と抗議に走る母親からして、鳥籠の中で丁寧に育てられてきた美しい鳥、それが彼女の最初のイメージだ。


 彼女はそれから何度となく、あらゆる異物を口に含み、慌てて吐き出し、吐き出したにもかかわらず衝動的にそれを再び自ら求め、また吐き出すという行為を繰り返すことになる。異様に忘れられない場面がある。イライラと自分の髪の毛を常時噛んでいた彼女の現実なのか妄想なのか、トイレで吐き出す彼女の口から、まるで掃除していない排水溝のように、絡まった長い髪の毛が出てくる。どんなに吐き出し、口から引き抜いても、髪の毛はまだ彼女の口から連なっている。この非現実的でありながら、妙に日常との類似点を感じさせ、我々の五感を刺激する恐怖の技は複数の場面で見てとれる。それは時にコミカルに映る時もあるが、「失神者続出」とも言われるこの映画の、そこまで残虐な場面が多いわけではないのに目を背けたくなる理由の一つでもあるだろう。


 全寮制の獣医学校に進学したジュスティーヌは、新入生の通過儀礼としてうさぎの生の腎臓を食べることを強要されることで、何かが覚醒する。だがそれはあくまできっかけに過ぎない。通過儀礼を経て成長させられた彼女は、自分の身体に異物が混入したからというより、自分の内側から起こる変化に耐えられず、不安と湧き上がる欲望にもだえ、誰かに受け入れられることを求める。それは16歳という意図せずして成熟していく身体の変化を受け入れなければならない多感な時期を経験した女性なら、程度の差はあれ誰しも共感できることだろう。彼女はやがて、姉から借りた露出の多いドレスが全く似合わない、真面目で潔癖な女の子から、赤い口紅にドレスを着て踊り狂いながら鏡の自分に向かってキスをする「女」へと変貌していく。


 そしてその彼女の止まらない衝動を受け入れる役割として存在する人物が、エキセントリックな姉・アレックス(エラ・ルンプフ)と、ゲイのルームメイト・アドリアン(ラバ・ナイト・ウフェラ)だ。2人は、過激な出来事の多い寮生活においてジュスティーヌを導いたり相談相手になったりする存在だ。彼らは予測不能な行動をとるジュスティーヌの異変を戸惑いながらも受け入れ、彼女が社会に順応できる方法を見つけようとする。その度を越えた「受け止める」という愛は、姉妹愛とも恋愛とも形容することのできない、そもそも愛なのかもわからない何かだ。だが、大島渚監督の『愛のコリーダ』における、藤竜也演じる吉蔵が、次第に松田瑛子演じる阿部定の衝動を受け入れるだけの存在になっていくことを愛だと言うのなら、彼らもまた止められないジュスティーヌの衝動を受け入れることで愛を示しているのだと言えるだろう。


 それぞれ青色と黄色のペンキを全身にかけられた男女が絡み合う場面がある。青と黄が交われば緑になるという卑猥なゲームなのであるが、予想に反して違う色を纏い2人は外に出ることになる。この映画のラストもそうだ。全く予想しない終焉。それはある意味全てが繋がる感動と衝撃のラストでもあるが、悲劇と見せかけた喜劇のラストのようにも思える。あなたはこの映画を何色だと思うのか。


 怖いもの見たさでもいい。観たら必ず誰かとこの映画を共有したくてたまらなくなるに違いない。(藤原奈緒)