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仮想通貨のバブルと崩壊はなぜ生じるのか? 田中秀臣がアイドル市場と比較して解説

2018年02月10日 17:42  リアルサウンド

リアルサウンド

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 昨年からのビットコインの猛烈な価格上昇は、「仮想通貨バブル」と呼ぶべき投機を生み出した。しかし年明けから状況は一変し、ビットコインをはじめとした仮想通貨バブルは一気にしぼみ、事実上破裂したといっていい。そこに仮想通貨交換所「コインチェック」で約580億円になる仮想通貨NEM(ネム)が盗難されるというサイバー犯罪が起きた。この事件は国内外に大きく報じられた。筆者も昨年からこのビットコインや「仮想通貨バブル」について、出演しているラジオやネット番組などで解説を重ねてきたが、このコインチェック事件は別の意味でも驚きをもたらした。


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 コインチェックは取引を停止したままだが、その口座にアイドル達の給与や資産運用をしたものが含まれていたからだ。しかもそのアイドルたちは、それぞれが仮想通貨をテーマにした活動もしていた。つまり“仮想通貨アイドル”たちである。


 代表的には、仮想通貨少女と“ぷちぱすぽ☆”の八木ひなたである。仮想通貨少女は、最近、NHKの『クローズアップ現代+』の特集にも出演するなど注目を集めている。彼女たちは、もともとは星座百景というライブ・アイドルからの派生ユニットである。コインチェック事件の前から注目を集めていたが、はじめは仮面を被った外観からは、仮面少女が新しいユニットを作ったのかと間違えてしまった。もちろん仮面少女は別のアイドルユニットである。


 仮想通貨少女は、それぞれのメンバーが特定の仮想通貨の特性を与えられている。オリジナル曲もあって「月と仮想通貨と私」という題名で、歌詞には“ブロックチェーン”や“分散型”などの仮想通貨のキーワードがちりばめられている。個人的には<納税の分は忘れるな 忘れると税務署が来るぞ>というところがツボである。仮想通貨少女たちの給与の一部はコインチェックの口座で運用されていたようだ。


 もうひとりは、“仮想通貨女子高生”を標ぼうする、ぷちぱすほ☆の八木ひなた。彼女は、事務所が主導したキャラ設定というよりも、自発的な仮想通貨アイドルといっていい。きっかけは両親からのお年玉運用とのことである。仮想通貨にしたのは、無数にいるアイドルの中でキャラとして目立つためだという戦略眼もなんとなく投資家的だ。彼女のTwitterでは、同級生たちへの仮想通貨のイメージをアンケートしたものや、また仮想通貨のお勉強ノートなどが公開されているのが面白い。


 仮想通貨少女も八木ひなたも「仮想通貨バブル」といわれる現象をうまくとらえようとしたのだが、実際には国内外をみてもこの「仮想通貨バブル」の現象は急速にしぼんでいる。ビットコインは昨年の年末には200万円だったが、現在(2月10日)では89万円まで暴落している。また単純に暴落しているだけではなく、上昇しているときも含めて乱高下がこの「通貨」の特性である。仮想通貨については、日本は先進国の中で最も規制緩和がすすんでいる国だった。金融庁が主導して、仮想通貨業者の登録制を実施するなど法整備もすすんでいた。対して先進国の多くは仮想通貨については規制を強める方向である。新興国経済の代表である中国では仮想通貨は“禁止”の方向で規制が進んでいる。いわば日本は最も仮想通貨バブルの恩恵を受けやすく、また同時にそのバブル崩壊の損害もうけやすい国だ。コインチェック事件を契機にして、政府は法整備をさらにすすめ、規制強化の方向になると思われる。その意味でどこまで日本が仮想通貨の先進としていけるのか不安が高まっている状況かもしれない。


 ところで「仮想通貨バブル」はなぜ生じた、そして今破裂しようとしているのだろうか? この点を考える際にもアイドルは役立つ。


 ここでは代表的な仮想通貨であるビットコインを例にして考えてみよう。基本的に他の仮想通貨のメカニズムも同様である。ビットコインは、インターネット上で支払いなどの決済に利用できる通貨だ。インターネットの環境さえあれば、世界どこでもいままでの通常の金融機関などを経由した支払いに比べて、手数料が各段に割安で済む。円やドルなどの通貨は各国政府が発行し、その信頼性を裏付ける。もっとすすんでいえば、通常の政府通貨は、それが「貨幣ゆえに貨幣である」という形で信頼性を得ている。利用する人たちがこの紙切れは「円やドルという貨幣である」と信頼することが、そもそも貨幣が貨幣たるゆえんなのである。各国政府や各国の中央銀行(貨幣を唯一つ発行できる機関)はいわば単なる“きっかけ”程度の役割しか実は持っていない。貨幣を使う人たちがそれは貨幣であると信頼することができれば、実は貨幣は誕生する。


 これを「貨幣の自己循環論法」といい、かなり正しい経済学の考え方だ。なので政府も中央銀行も貨幣の誕生について本質的なものではないならば、取引する人みんながみんな貨幣(通貨)だと思う仕組みをつくればいいことになる。ビットコインなど仮想通貨の貨幣としての信頼性を生み出す仕組みが、ブロックチェーンとよばれる機構である。簡単にいうとネット上でその電子情報がちゃんとした“通貨”として取引されてきた、という裏書がされているものだ。そしてこの裏書がされているかどうかは、市場に参加している不特定多数の人が立証することができる。立証することができれば利益もでる。そのためビットコインの運用は市場参加者が自発的な形で運用でき、しかも信頼性の高いものとなっている。これが「分散型」といわれるものだ。より詳細な解説は専門書にまかせるが、ここまででビットコインも通常の貨幣も、アイドルに似ていることがわかるだろう。


 いまのアイドルも「アイドルゆえにアイドル」だからである。アイドル自身とそのファンが「アイドルである」と信認するだけでアイドルが誕生する。アイドルとは何か、筆者も一時期一生懸命定義しようとしたが諦めた。アイドルは多様性をもち、いや持ちすぎていて、単純な定義としては「アイドルゆえにアイドルである」という「アイドルの自己循環論法」しか成り立たない。まさに貨幣もアイドルも「偶像」なのだ。ちなみに仮想通貨の数は1000ほどあるといわれ、まさに仮想通貨戦国時代でもある。もっとも乱立しすぎて長期的には政府通貨の前に全滅しそうであるが。


 しかも類似しているのはこれだけではない。いまの仮想通貨バブルとその崩壊も、アイドルとの類比で解釈することが可能だ。そのキーワードは「薄商い市場」だ。薄商い市場とは、取引する人たちが極端に少なく、その人たちが市場に参入・退出(つまり売り買いをするかやめるか)するだけで、大きくその取引される財やサービスの価格を変動させてしまうことを意味する。例えば多くのライブ系のアイドル(いわゆる地下アイドル)は、ごく少数のファン(オタク)によって営業が成立している。一けた程度のコアなファンしかいないアイドルも多いだろう。例えば、いまそのコアなファンがひとり増えたり、あるいは一人減るだけでも、そのアイドルの営業には大きな影響を及ぼすだろう。アイドルの価値はごく少数のファンたちの行動によって大きく上下動してしまう。


 これと基本的に同じことがビットコインのバブル発生から崩壊までの過程で起きているビットコインや他の仮想通貨でも無数の取引者(オタク)がいるように見えて、実は大部分が単一のオタクと同じである。つまり取引する動機がどれも投機目的だけの、しかも短期的な利益を得ることに傾斜した仮想通貨オタクが大半なのである。通貨は単に投機目的だけではなく、支払いやまた価値の保蔵としても利用される。しかしビットコインなどは投機目的でしか需要されていない。ビットコインの好みが似ている人が大部分なので、その人たちは同じように一方向に行動しやすい。つまり無数にいるようにみえても本当は一けた程度しかファンのいない地下アイドルと同じなのだ。もちろん大挙して市場に参加すれば、一気に通貨=アイドルの価値は上昇する。投機は投機を招いていく。バブルの発生だ。だが、何かをきっかけに(アイドルであればスキャンダル、ビットコインであれば規制強化のニュースなど)一気に市場からごっそり去っていく。それはバブルの崩壊をもたらす。


 このような価格の乱高下をもたらすようでは、通貨として利用することはとてもできない。一晩で価格が2割程度上下動することも珍しくはない。それだと安心して決済に使うことができないために、ますますビットコインは投機目的にしか利用されなくなってしまう。オタクが運営に口を出したり、アイドルと個人的に繋がるとあまりいい結果をもたらさないのにこれも似ている。とても閉じた世界になってしまうのである。これを「市場の失敗」の一種といえるだろう。ただし違いもある。「市場の失敗」には政府の介入が求められるケースが多い。仮想通貨市場にはその必要があるかもしれないが、アイドル市場にはその必要は基本的に必要ないということだ。(田中秀臣)