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『ぼくの名前はズッキーニ』監督が語る、ストップモーションアニメの可能性 「実写映画にすごく近い」

2018年02月10日 10:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 アニメーション映画『ぼくの名前はズッキーニ』が本日2月10日より公開された。本作は、第89回アカデミー賞長編アニメーション賞にノミネートされ、2016年のアヌシー国際アニメーション映画祭では、最優秀作品賞と観客賞の2冠を受賞したスイス製のストップモーションアニメだ。心に様々な傷を負った子供たちが暮らす孤児院“フォンテーヌ園”を舞台に、母親の事故死に罪悪感を抱く9歳の少年・ズッキーニが、仲間と居場所を見つけ出していく模様を描く。


参考:個性溢れるキャラクターたちの姿が 『ぼくの名前はズッキーニ』新場面写真


 リアルサウンド映画部では、メガホンを取ったクロード・バラス監督にインタビュー。CGや手書きによるドローイングとはまた違う、ストップモーションアニメならではの可能性に迫った。


■「ストップモーションアニメは、一度撮ったら手直しができない」


――ズッキーニをはじめとするそれぞれのキャラクターには、声優を担当したキャストの性格や年齢などが活かされているとのことですが、どのように反映したのでしょうか?


クロード・バラス(以下、バラス):最初にシナリオを書いたとき、登場するキャラクターたちのパーソナリティーはもちろん明確に設定していました。それに合わせて役者の子どもたちを選んでいき、アフレコする際には声だけでなく、実際にアクションもしてもらいました。それからアニメーションの作業を始めたのですが、チーフアニメーターの女性が、子供たちの録音風景の映像も撮っていたので、そのときの動きや、表情をアニメーションに生かしたんです。


――それぞれのキャラクターはビジュアル面もまた個性的です。人形を作る上で意識したことや、どういう経緯で創造していったのかを教えてください。


バラス:原作に描かれているキャラクターたちを念頭に置きながらデッサンをしていったので、最初はキャラクターの候補がたくさんありました。まず様々なタイプを考え、それをある程度寝かせてから見直したり、メインとなる孤児院の子供たちは7人だったので、7人の集合体を作って何度か組み合わせを変更したり。そういった作業を繰り返して、これかなと思ったのが彼らだったんです。だから、最終的にはどうしてと言われても分からないのですが、彼らをテーブルの上にバーッと広げたときに、直感的に自分が一番登場人物に近いなと思ったデザインを選びました。


 あとキャラクターの比率、頭と胴体のバランスですが、これは直感的ではなく、とにかく大きな頭と大きな目、そして小さい身体にしようと最初から決めていました。ドールは目で感情を表現することが重要なので、大きな目がどうしても必要になります。そうすると、自ずと頭も大きくしなければいけません。また、アニメーターが少しずつ動かしながら表情を付けていくので、単純に小さいとやりにくく、時間がかかってしまいます。ほかにも細かいところで言うと、手の長さをどうするかで悩みました。手を下ろしたときに地面に着くようではみっともない。でも、手を上げたときに目を隠すくらいの長さは必要なので、プラクティカルな部分を重視しながら手の長さを調整していきました。


――人形自体はシンプルなのに、感情はとても豊かに表現されていますよね。制作していく中で最も苦労したことを教えてください。


バラス:アニメーションの作業において、難しいことは何一つありません。しかし、私たちの作品は低予算で作らなければならないため、時間との戦いでした。ドールの表情を素早く変えられるように、口やまぶたなど細かなパーツはすべて、簡単に取り外しができるマグネットでできています。また、ドールがシンプルであればあるほど伝わる感情も強く、表情も作りやすい。だから、マリオネットのように作りが複雑だと、逆に難しいんです。


――ストップモーションアニメと言えば、スタジオライカも有名ですよね。スタジオライカをはじめ他のアニメーションをから影響を受けたことや、意識することはありますか?


バラス:スタジオライカの『パラノーマン ブライス・ホローの謎』をはじめ、オーストラリアのクレイアニメ映画『メアリー&マックス』や、ティム・バートン原作の『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』、ウェス・アンダーソン監督の『ファンタスティック Mr.FOX』、アードマン・アニメーションズの『チキンラン』などから影響を受けています。また、電柱が電気屋さんに恋をするという、日本のストップモーションアニメ『電信柱エレミの恋』もとても好きですね。


――あなたが思う、ストップモーションアニメと一般的なアニメーションの違いを教えてください。


バラス:ストップモーションのカメラとキャラクターの関係性が私は好きです。ストップモーションアニメは一度撮ったら手直しができないため、決断することに狂いがあってはいけません。そのため、撮影する前に様々なことを想定します。ものすごく時間をかけて考え、準備することが大切です。そういう意味では融通の利かない分野でもあるのですが、そこが魅力的な部分でもあります。ストップモーションアニメは実際にドールを動かして撮っているため、作業そのものが実写映画にすごく近いんですよ。ですが、人間の役者さんではなく、ドールを使って人の感情を映し出すという面では、昔のシャーマン的な感情表現と似ているなと思い、そういうところも含めて他のアニメーションにはない魅力を感じています。


――ストップモーションアニメである本作は、キャラクターなど色彩が非常にカラフルですよね。まるで、幼い頃に読んでいた絵本のようでした。重いテーマを扱っているため、内容自体は決して明るくないのですが、色合いによって子供たちの根底にある希望や好奇心が伝わってくるような印象を受けました。


バラス:原作であるジル・パリスの『Autobiographie d’une courgette(原題)』は、もっと重くて暗いお話です。人生の中では、辛くて苦しい時期というのが誰にでもあります。そんな中でも、孤児院に住む子供たちは、人一倍、光が見えない生活を送り、傷ついてきたのではないかと思います。でも、そういう子供たちにも必ず他者との出会いがあります。その出会いを通して、暗闇しか見えなかった彼らの目に、少しでも光が入る瞬間が訪れるはずです。同時に、これまで長い間失われていた“笑い”が、生活の中にまた芽生えます。そういったことが、原作ではより克明に描かれていてとても魅力的だったので、映画化したいと思いました。彼らが生きてきた過去に向けてではなく、これから歩んでいく明るい未来に向けての物語を作りたかったため、LEDを使い、たくさんの色を取り入れて、カラフルにする必要があったんです。


■「“愛は、無条件である”ということを伝えたい」


――物語の最後にある、新しい生命が誕生し、周りからたくさんの愛を注がれるというシーンは、明るい未来を予感させます。特に、生まれてきた赤ちゃんに対して、孤児院の子供たちが、母親ロージーに「(どんなことをしても)見捨てない?」と質問をしていたシーンが印象的でした。


バラス:あのシーンは、原作にはないオリジナルです。“愛は、無条件である”ということを伝えたいと思い、入れました。子どもと母親の間には、これがあるから嫌だとか、これがないから良いだとか、そういうことではない、無償の愛が存在しています。でも、孤児院の子供たちは家族とは別れて生活をしているため、母親の愛を知らない子も少なくない。子供たちがロージーに「見捨てない?」と聞くシーンでは、そんな彼らの母親と子供の関係性に対する好奇心が秘められています。同時に、本当に好きな人との関係は、ずっと変わらないというメッセージも込めました。


ーー母親からの愛を知らないシモンのセリフには、「誰にも愛されていない」という言葉がありました。そんなシモンですが、孤児院の仲間たちに誰よりも愛情を注いでいたように感じました。


バラス:私はこの物語の中で最も素敵なキャラクターはシモンだと思っています。人はたとえ難しい問題を抱えていても、仲間たちと交流し、助け合うことで、徐々に不安や苦悩が和らいでいきます。だけど、その仲間たちとの関係性が、永遠に続くとは限らない。映画の最後に、ある2人が孤児院を出て行ってしまいますが、残された彼らもまた、残された者同士で新しい生活を始めなければいけない。人生というのは、何があっても続いていきます。また、そういう一つの別れが、大きな成長に繋がっていきます。それを最初に理解したのが、シモンです。だから、お別れしたくないという気持ちがありつつも、彼らの背中を押し、見送った。自分たちの前からはいなくなってしまうけれど、育んできた友情がなくなるわけではない、気持ちでは繋がっているということを理解した上で、シモンはほかの友人たちに彼らとの別れを告げます。シモンはそこでグッと大人に成長したのです。


 ちなみに、最後に凧が空中をひらひら飛ぶシーンがありますが、あれは映画全体を象徴してもいます。私たちは、風に乗って自由に飛んでいけるということを表現している一方で、人間関係のメタファーにもなっているんです。“凧は空に舞い上がっているが、糸で地上と繋がっている”というこの構図は、別れた2人は目の前にはいないけれども、しっかりと繋がっているんだよということを示すために入れました。


ーー最後の凧のシーンは、ソフィー・ハンガーが歌うエンディングテーマも印象的でした。


バラス:ソフィー・ハンガーはもともと好きなミュージシャンで、今回は作品すべての音楽を担当していただきました。私と同じような感性を持っている方で、オファーをすぐに快諾してくれたのですが、まさか受けてくれるとは思っていなかったので、嬉しかったですね。彼女は、スイス人ですが、ドイツ語圏の方なんです。ドイツ語圏のエリアは、スイスのマーケット的にとても重要なので、彼女の起用はコマーシャル的な意味合いも少しありました。でもそれ以上に、彼女の優しくて柔らかい歌声がこの映画にマッチしているなと。彼女が歌っているエンディングテーマは、もともとこの映画のために作ったわけではなく、ノワール・デジールというフランスのロック・バンドの楽曲をカバーしたものです。ですが、詩の中には、「風が私たちを運んでくれる」という一節があり、その言葉には先ほど私が話したすべてが含まれています。そういう意味でも、本作に非常に適しているなと思いました。(取材・文・写真=戸塚安友奈)