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英美術館が裸婦の絵画を一時撤去、「賛否両論」も作品の一部だった?

2018年02月05日 21:21  CINRA.NET

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マンチェスター市立美術館のブログより ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス『ヒュラスとニンフたち』
イギリスのマンチェスター市立美術館による絵画の一時撤去を巡って賛否両論の議論が起こっている。

ラファエル前派のイギリスの画家ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスによる作品『ヒュラスとニンフたち』。ギリシャ神話を題材にした作品で、精霊・ニンフたちの美しさに魅了された国王ヒュラスが、池の中に引き込まれていく場面が表現されており、ニンフは胸を露出した裸の女性の姿で描かれている。

マンチェスター市立美術館はこの作品を1月26日に撤去。その模様を収めた動画を公式のTwitterで公開した。

普段は「美の追求」と題された展示室に展示されている同作。この部屋では19世紀後半の絵画が紹介されており、『ヒュラスとニンフたち』だけでなく、裸婦像を描いた作品が多く展示されているという。

■撤去は議論を喚起するため 「ヴィクトリア的な幻想に立ち向かおう!」

『ヒュラスとニンフたち』が展示されていた壁には貼り紙を掲出。そこでは「マンチェスターのパブリックコレクションにおけるアート作品の展示や解釈にまつわる議論を促進するため」作品を撤去したと説明され、「私たちは21世紀という現代の文脈に沿って、コレクションについてどのような議論を交わせるでしょうか?」と問いかけている。

さらに「これまでに私たちがしてきた議論」として「この美術館は女性の身体を『装飾された受動的な存在』もしくは『ファム・ファタール』として扱っている。このヴィクトリア的な幻想に立ち向かおう!」「美術館はジェンダーや人種、セクシャリティー、階級など私たちに関係する様々な問題が絡み合った社会の中に存在します。現代の文脈により即した形で作品が何かを物語るにはどうしたら良いのか?」「そういった作品やその作品の特徴はほかにどんなことを語ることができるのか。美術館でもっと追究すべきテーマがあるとしたらどのようなものなのか?」と綴り、来場者の意見を呼びかけている。

また張り紙には作品の撤去は3月23日から同館で始まるソニア・ボイス展の一環で撮影されたと記されており、「#MAGSoniaBoyce」のハッシュタグをつけて意見をツイートするよう呼びかけられている。

■検閲?行き過ぎたポリティカルコレクトネス?――賛否両論

来場者はポストイットに意見を書いて、作品のあった展示壁に貼るよう促され、美術館内とオンライン上では様々な意見が可視化された。

議論を促進する素晴らしい試みだとする声もある一方で、「作品の検閲」「美術館の売名行為」「行き過ぎたポリティカルコレクトネス」という非難や、「なぜこの作品だけなのか?」という疑問、さらにはフェミニズムや#MeToo運動への批判意見にも繋がっているようだ。

マンチェスター市立美術館の学芸員クレア・ガナウェイは、英BBCやガーディアンの取材に対して作品の検閲の意図を否定。「ジェンダーや人種、表出にまつわる難しい問題が美術館にもあり、それを人々と話し合いたい」と議論を呼ぶためのアクションであることを強調した。またハリウッド女優らが中心となっているTime's Upや#MeToo運動における議論も、作品撤去の決断に影響したと明かしている。

■美術館による作品撤去は、現代美術作家ソニア・ボイスの作品プロジェクトの一環だった

『ヒュラスとニンフたち』は2月3日にもとの位置に戻された。プレスリリースでマンチェスター市立美術館は作品の復帰について「一時撤去に対するギャラリー内やインターネット上での素晴らしい反応を受けて、『ヒュラスとニンフたち』は再び展示室に戻ります」と記していた。

さらに作品の撤去が、3月から同館で開催されるソニア・ボイスの展覧会に向けたプロジェクトの一環であったこと(これは撤去時の貼り紙にも記されている)や、ソニア・ボイスの作品は人々を様々な異なるシチュエーションのもとに集めて何が起こるかを検証するものであること、今回のアクションがその一環で1月26日にパフォーマンスアーティストらが美術館内の公共スペースで行なった「take-over(乗っ取り)」の結果だと説明している。

■美術館によるコミッションワーク、炎上は作家の目論み通り?

ソニア・ボイスはロンドンを拠点に活動するアフロカリビアン系のイギリス人アーティスト。彼女は初期から人種やジェンダーにまつわる問題を扱った作品を発表している。

マンチェスター市立美術館のオフィシャルサイトによれば、3月からの個展は黒人のイギリス人女性としての自身の立場を追求した初期のドローイングやコラージュから、より即興的で他者との共同作業を取り込んだ近作までの変遷を辿る回顧展になるという。

さらに美術館は新たに展覧会のための作品を依頼。この新たなコミッションワークについて、ボイスは美術館のスタッフやドラァグアーティストを含むコラボレーターたちと取り組んでおり、新作では美術館内での19世紀の絵画の展示やより広範な文化における「ジェンダートラブル」を追求するために、夜間に集団でのギャラリーの「のっとり」を行ない、映像インスタレーションとして展覧会で初公開するとしている。

これを読むと『ヒュラスとニンフたち』の撤去はこの新作プロジェクトの一環であったことがわかるが、作品撤去の際の貼り紙に記されていたとはいえ、賛否両論の意見を戦わせていた人々の中に、この行為が作品の一環であったことに気づいた上で発言していた人がどれだけかは不明だ。

ボイスは「人々が集まった時の反応」に関心を持っているという。今回の件では、議論を呼ぶため、という美術館の行為に賛同するにしろ、作品の検閲だと批判にするにしろ、撤去についてなんらかのリアクションをすることで人々は作品の一部に取り込まれているとも言える。

美術館はハッシュタグやブログを用いて作品をもとに戻した後も引き続き意見を募集しており、発言すればするほど、また炎上すればするほどアーティストの思うつぼ、といったところかもしれないが、一方で作品の検閲や女性の表象にまつわる有益な議論が展開されたのもまた事実だろう。

■過去にはバルテュス作品の撤去要請騒動も

なお美術作品の検閲というと、バルテュスの『夢見るテレーズ』の撤去要請騒動が記憶に新しい。
少女が煽情的なポーズで描かれているこの作品をニューヨーク在住の女性が問題視し、メトロポリタン美術館に対して撤去を要請する署名を募った。メトロポリタン美術館はこの際に、こういった出来事は良い議論の機会になるとして作品の撤去には応じていない。