2018年02月05日 10:22 弁護士ドットコム
コンビニの店員に土下座させ、その動画をネットにアップしたとか、「雑炊の盛りつけが汚い」と飲食店の主を暴行して死なせたとか、悪質なクレーマーの恐るべきニュースが後を絶たない。そこまで酷い例はマレとしても、産業別労働組合「UAゼンゼン」の流通部門が昨年、組合員に行ったアンケートでは、回答者の実に73.9%が「業務中に客の迷惑行為に遭遇した経験がある」と答えたという。
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こんな時代、クレーマーにどう対応すればいいのか。大阪府警の元刑事で、クレーム対応のコンサルティングを手がける「エンゴシステム」の代表取締役・援川聡氏に聞いた。(ルポライター・片岡健)
――クレーマー問題は年々深刻化する印象です。
「2000年頃に始まった〈第1次クレーマーブーム〉には、2つの事情がありました。1つは、企業のお客様第一主義や顧客主義が始まり、お客様を満足させるハードルが上がったこと。もう1つは、消費期限や産地の偽装など、消費者の不安をあおる企業の不祥事が相次いだことです。この2つにより、お客様が怒りを爆発させる〈沸点〉が大きく下がったのです。
そして2015年頃、食品や飲食の業界で新しい食材偽装や異物混入の問題が相次ぎ、消費者不安が高まってクレーマーもまた増えてきた。2000年頃に比べると、現在のクレーマーはクロともシロとも言えないグレーな方が多いのが特徴です」
――グレーなクレーマーとは、どんな人たちですか。
「以前は悪質なクレーマーといえば、入れ墨があり、飲食店で『髪の毛が入っとったで。どないすんじゃ!』とテーブルを叩くような方でした。
しかし今の悪質なクレーマーは、寿司屋できゅうり巻き以外のお寿司はすべて食べ、『最後のきゅうり巻きに異物が入っていました』という感じで攻めてきます。どう見てもクロだが、クロとは立証できない隙間をついてくるのです。
一方、そういう悪質なクレーマーとは別に、現在は難渋なクレームをつける人たちが増えていて、この〈難渋クレーマー〉が企業を悩ませています」
――難渋クレーマーとは、どんな人たちですか。
「金ではなく、答えを欲しがるのです。たとえば、購入した食品に異物が入っていれば、『原因を追究し、報告書をあげてくれ』などと言ってくる。しかし、異物混入の原因など調べてもわからないものです。
案の定、企業は調べても製造工程に異常が見つからず、その通りに報告書をまとめますが、難渋クレーマーの方には納得してもらえません。そして何度もご自宅に通う羽目になるのです」
――クレーマーの性質も変わってきたのですね。
「もう1つ、近年増えたのが、高齢の〈シルバーモンスター〉です。クレーム対応の世界では、団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)になる2025年問題が前倒しで到来しているのです。
シルバーモンスターの方々は現役の頃に高い役職だった方が多いので、おっしゃることは正論だったりします。しかし、ひまを持て余しているので、孫の学校の校長室に長時間居座ったりする。校長先生が『そろそろ会議なので・・・』と言っても、『そんなことだからダメなんだ!』とおっしゃるのです」
――クレーマーと直接向き合う現場の人たちは大変そうですね。
「現場の人たちがクレーマーに疲弊して辞めていき、人手不足になったケースは多いです。病院でマジメな看護師さんが、モンスターペイシェントの対応でノイローゼになって自ら生命を絶った例もあります。病院も以前は『診てあげる』『治してあげる』という意識でしたが、それでは通用しなくなっています」
――クレーマーにはどう対処すればいいのでしょうか。
「大事なのは、クレーマーを十把ひとからげにせず、相手に合わせた姿勢で臨むことです。顧客主義を意識し過ぎ、悪質なクレーマーに一般のお客様と同じ態度で接していては出口が見えません。逆に怖く見えても、良いお客さんはいます。クレーム対応はそれを見極めつつ、3段階で行います。スキーのジャンプ競技にたとえて説明するとわかりやすいです。
ジャンプ競技では、スタートの際は前かがみで、風の抵抗を受けないようにします。クレーム対応でも第1段階は、目線を低くして、お客様の言い分を拝聴し、誠心誠意お詫びします。多くはこれで収束に向かいます。
解決しなければ、第2段階はジャンプ台を踏み切って風に乗ります。お客様とのやりとりを通じ、動機や目的を見極めるのですが、ここでお客様と着地点を見いだせれば、一件落着です。そうならず、危険ラインを示すK点を超えたら、お客様扱いをやめ、悪質クレーマーとして接するのです」
――K点を超えたと判断するポイントは何でしょうか。
「誠心誠意お詫びしても納得しないばかりか、主張の背後に金銭や特別待遇などの要求が見て取れる場合です。ここからは担当者だけではなく、企業としてクレーマーに対応する組織戦に持ち込みます。警察や弁護士に相談し、法的措置をとることも考えます」
――そういうことが毅然とできないと、土下座させられたりするのでしょうか。
「現場の人が土下座してしまうのは仕方がないです。慌ててパニックになりますし、早くこの場を終わらせたいと思いますから。それが現場です。ただ、断ったのに土下座をさせられたら強要罪にあたるので、警察や弁護士に相談すれば、2回目以降の被害は防げます」
――コンビニで土下座を強要したクレーマーはスマホでその様子を動画撮影し、インターネットに公開していました。
「あのクレーマーは動画が炎上し、逮捕されました。しかし、一方で、今のクレーマーの多くはスマホやインターネットを武器にしていて、『録音しています。インターネットで公開するので、責任を持って答えてください』などと言ってきます。
現場の人はそう言われると、かつてクロの方にドスの効いた声で怒鳴られ、テーブルを叩かれた時と同じように平常心を失いがちです。
ただ、今は企業側もお客様からの電話は録音していますし、コンビニなどの店内は24時間録画されています。完全レコーダー社会はもはや当たり前なので、クレーマーへの法的措置をとるときなどに立証に役立てることを考えるべきです」
――クロとは言えない難渋クレーマーには、どう対応すればよいでしょうか。
「100%の顧客満足はありえないので、納得して頂けないお客様がいるのは仕方がないと諦めることも大切です。いつまでも電話を切ってくれない“難渋クレーマー”の方には、『残念ですが、今すぐは無理ですので、ご理解ください』と電話を切るしかないのです。電話は、こちらから切らないといつまでも切れないですから」
――お客様第一主義の会社では、現場の人がそうするのは難しそうです。
「行き過ぎたお客様第一主義は、社内をブラック化させ、生身の人間である現場の人たちを疲弊させます。納得してくれないお客様の対応に時間をかければ、当然です。実際、以前は『お客様第一主義の凄い会社』と言われた会社が今はブラック企業の代表のように言われています。これからの会社は理想ばかり追い求めるのではなく、現場の人がクレーマーに対し、心の折れないうちに上手にギブアップできるようにすべきなのです」
【取材協力】
援川聡(えんかわ・さとる)氏
1956年、広島県生まれ。1979年に大阪府警の警察官に。1995年に大手流通企業に転じて渉外担当者となり、元刑事の経験を生かしてトラブルや悪質なクレームの対応にあたる。2002年に株式会社エンゴシステムを設立し、クレーム対応のコンサルタントとして研修や執筆、テレビ出演など多方面で活躍。近著「現場の悩みを知り尽くしたプロが教える クレーム対応の教科書」(ダイヤモンド社)では、20年を超すクレーム対応の現場経験に基づき、事例別の実践的なテクニックを解説している。
【ライタープロフィール】
片岡健(かたおか・けん)
1971年生まれ。全国各地で新旧様々な事件を取材している。編著に「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(鹿砦社)。広島市在住。
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