1月29日、17年にわたって参戦したDTMドイツツーリングカー選手権のキャリアに終止符を打ったマティアス・エクストローム。DTMでは二度のチャンピオンに加え、アグレッシブな走りで数多くのファンを魅了し『エッキー』の愛称で親しまれ、特に男性ファンからの野太い声援が送られる程に長年に渡って根強いファンがいた。そのエクストロームのDTM引退会見の後、本人にいまの心情をじっくりと聞くことができた。
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──DTMをから引退されることはいつ頃から考えはじめていたのですか?
マティアス・エクストローム(以下ME):2017年、ホッケンハイムでの最終戦からひそかに胸の内で考えはじめてたんだ。しばらくの間はこのままDTMを続けるのか、引退するのか、という自問自答の繰り返しで葛藤を続けていたんだけど、最終的にはクリスマスの頃から、引退への方へ気持ちが傾いたね。
──39歳とはいえ、あなたのタフでアグレッシブなバトルはまだまだ十分に健在ですが、なぜ引退という決断に至ったのでしょうか?
ME:DTMのキャリアが始まったころには独身で、いくらレースやテストやトレーニングで長いあいだ家を留守にしていても、誰も僕を待っている人はいなかったし、僕自身もそんな多忙な毎日を堪能していたんだ。でも、17年もの時を経て家族を築き、息子を授かった。それによって、どんなに厳しいレースの後でも、家で僕を待っていてくれる家族がいるという存在が何よりも愛しく、一緒にいられる貴重な時間を大切にしたいと実感するようになったんだ。DTMとラリークロス、両トップカテゴリへのダブルエントリーは最高に素晴らしくエンジョイしていたけれど、大切な家族との時間、そして幼い息子の成長をこの目で見届けたいという思いが強くなり、ラリークロスの活動に集中することを選んだんだ。
──2017年、ホッケンハイムの最終戦まで持ち越した優勝タイトル争い。3度目のタイトルを狙っていたあなたでしたが、惜しくもそれを叶えることができませんでした。結果的にこの時の落胆も引退の要因のひとつになったのでしょうか?
ME:それは特にないよ。プロのレーシングドライバーなら、3度優勝しても5度優勝しても満足することはないだろうし、常に次の目標に向けて戦っているから、ホッケンハイムでの件は引退の直接の原因ではないんだ。日々を生きる上で、家族との時間、DTM、ラリークロス、この要素を天秤にかけた場合、どれにいちばん重きを置くべきなのか……と考える時期が訪れたということだ。
■辛口コメントも僕の個性のひとつ
──DTM引退の決断は潔く決められましたか?
ME:DTMのシートは簡単に手に入るものではないというのは十分に分かっているし、アウディや所属チームのアプトからクビを宣告されたわけではなく、自らそれを手放すという決断は容易ではなかった。結果的に絶大な信頼を寄せる、アウディスポーツ代表のディーター・ガスと何度も話し合いを重ねて、僕の考えに理解を示してくれた。今回の決断はモータースポーツを定年退職するという意味ではないよ。まだまだレースキャリアを終えるつもりはないからね(笑)! DTMと並行して、僕自身が経営し、ドライバーとして参戦するラリークロスのチーム『EKS』があるという、とても恵まれた、贅沢な環境下に身を置ける状況は、誰もが手に入れられるわけではないということも自負している。だからこそ、DTMかラリークロスかのどちらか一方に集中すべきだと考えたんだ。
──17年間のDTMのキャリアでは数々の名レースがありましたが、そのなかでもあなたがいちばん思い出に残ったレースは?
ME:やはり、初めてDTMで優勝をしたときが感慨深いね。アプトとともに歩んだ17年間、もっとタイトルを獲れれば良かった、もっと勝てたはずのレースも多々あった……。『タラレバ』も多いんだけど、良くも悪くも言葉では言い尽くせないほどに濃く、僕のキャリアを作り上げてくれたDTMに感謝しているし、すごく満たされた気持ちでいっぱいだ。レーシングドライバーの人生には『最悪な日』もつきものだし、今となってはいい思い出だ。DTMのキャリアを歩んでいるときはいつも前しか見てこなかったが、やっと過去の自分を少し振り返るときになったのかな、とこの引退でふと思ったんだ。
──DTMではインタビュー時には必ず各自動車メーカーの広報がつき、自由な発言がし難くなった昨今とはいえ、あなたの辛口で直球なコメントを、レース後に楽しみにするファンも多くいましたね。
ME:必ずしも僕の発言が世間一般的に望まれる“優等生的なもの”ではないと自覚しているし、発言によって“嫌われ者”になったのも知っているけど、それを気にしたことは一度もないんだ。ただ自分の気持ちに正直だった結果のことだよ。コメントも、ドライビングスタイルと同様に自分を表現する個性のひとつだと思っているんだ。
──あなたが17年参戦したDTMでは、さまざまな状況が変化したのではないかと思いますが、ドライバーとしての視線でどう時代の経過を感じますか?
ME:具体的な内容は自粛するけど、正直に言うといまのDTMの方向性は、自分が希望していたものとは違った方に変化した。もちろん時代とともに変化するのは当たり前のことで、それをとやかく言うつもりはないけどね。ただ、それらに身を任す、了解するということができるようになったことに、『自分が年を取ったのだ』と感じた。今も昔も、DTMはフォーミュラからステップアップしてくるドライバーが大半だ。特に今のF1ドライバーへの道は、親が大富豪かメーカーの育成ドライバーに選抜されない限り、可能性は限りなく低い。DTMのサポートレースとして開催されているFIAヨーロピアンF3に参戦するにも、一般家庭ではとてもじゃないけど支払い不可能な金額を持ち込むことが必要になってくるので、“庶民”ドライバーは皆無だ。今のレース界では、良い家庭でしつけよく育った『おぼっちゃまドライバー』があふれている。良い意味で、もっとやんちゃで面白いドライバーが出てこられる土壌があるべきだと考えるし、DTMに必要なのは、そんな個性が際立つドライバーの存在だと思う。
■ドライビングにファンが熱狂できるDTMを作って欲しい
──あなたもいつの間にかベテランドライバーとなり、10代の若手と戦う立場になっていますが、その状況を楽しむ事ができていましたか?
ME:実は若手を相手に戦うことは大好きなんだ(笑)。フォーミュラから来たばかりのドライバーに、DTMマシンを操ることが決して容易ではないことはベテランたちも良く知っている。でも手加減は一切しないよ。勝負の世界ではベテランもルーキーもまったく関係ないからね。どんな時も自分流を貫くだけ。若手は貪欲に食らいつくが良い。もがき苦しんで強くなっていくのだから。僕はそんな若いドライバーの姿をみて強く刺激を受けるし、『若造に負けてたまるか!』と高いモチベーションにもなってたからね。
──今後のDTMに望むことは?
ME:僕が参戦していた17年間の間に、DTMマシンは良くも悪くも大きく発展した。今のマシンはエアロが強化され、まるで線路の上を走っているかのような走りをする。ラリーやMotoGPは、たとえ厳格なレギュレーション下であっても各ドライバーのドライビングスタイルや個性が顕著に表れるように工夫されているし、その個性あふれるドライビングスタイルにファンが熱狂できるようなレースや、マシンの存在が本来あるべき姿の真のレースだと思っているよ。ITR代表のゲルハルト・ベルガーには、新しいDTMの時代を築いてくれることを大いに期待している。
──EKSチームのラリークロスの2018年の活動について教えてください。
ME:まずはチームオーナーである自分の進退を決めてから、ラリークロスのチームのことに着手しようと思っていたから、ドライバー選考はこれからだ。でも優秀な5~6名の候補者がリストに並んでいる。実力あるドライバーがそろうと思うので、ドライバーラインアップが発表になるまで楽しみにしていてほしいね。昨年まで使っていたマシンはすべて売却し、新車のアウディS1をすでに手に入れているが、現在ベンチマークテストを重ねている状態なので、実際のポテンシャルが分かるまではまだもう少し時間が必要だ。
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「DTMを去るという決断に今は満足をしているし、後悔はないよ。しかしこの決断が間違っていたのか、正解なのかは今の段階では誰も分からない。それが実際に分かるのは、ずいぶんとまだ先のことだろうね」とインタビューの最後に語ったエクストローム。
エクストローム自身もスーパーGTとDTMの交流戦を誰よりも楽しみにしていただけに、それを叶える前にDTMを去ってしまったことが非常に残念でならない。今後エクストロームが挑む世界ラリークロスは、昨年はケン・ブロックやセバスチャン・ローブ、ペター・ソルベルクらトップドライバーが激しいアクションとバトルを繰り広げた人気のイベントだ。今季は再びチャンピオン奪回を狙うエクストロームとチームEKSの新たな躍進に期待したい。