■地下アイドルの日常 解散、脱退、卒業、解雇、リフト禁止
新しいアイドルグループが誕生したかと思えば、(ときにはお披露目前に)解散し、新メンバーが加入したかと思えばある日突然「大切なお知らせ」として解雇、脱退、卒業、解散が通達され、そうかと思えばいつの間にか別のグループのメンバーとして「転生」していたり、という「劇的な」出来事は、それが毎日のように頻繁に起こることで、ファンを含む当事者以外の大多数にとっては「日常」と映り、日々目まぐるしく過ぎ去ってゆく日常は、「いつ会えなくなるかわからないから会えるうちにたくさん会いにきてね♡」と呼びかける彼女らの刹那性をまさしく体現していた、とこれを書いているときにもいくつかのアイドルグループの解散が発表され、大晦日の前日にでんぱ組.incに新メンバーとして根本凪(虹のコンキスタドールと兼任)と鹿目凛(ベボガ! (虹のコンキスタドール黄組)と兼任)の2人が加わり、大晦日にBELLRING少女ハートの後続グループThere There Theresの新メンバーとして朝倉みずほ(ex.BELLRING少女ハート、ex.THE 夏の魔物)が帰ってきた。
ここにより「2017年的な」出来事を加えるならば、(1人の足を左右のそれぞれが掴み高く持ち上げる)リフトをはじめ、サーフ、モッシュ、ダイブ、脱衣といったいわゆる「危険行為」に対する規制がよりいっそう強化されたことが挙げられる。規制の兆しは2016年2月に発表されたBiSHのリフト禁止に求めることができ、それに続くように2017年に入ると4月にヤなことそっとミュート、5月末にBiS、12月に天晴れ!原宿などが相次いで「リフト禁止令」を出していった。BiSH、BiSなどが所属するWACKグループではリフト即演奏中止となる。また完全に禁止というわけではないが、「2秒まで」や「上がったら(上げたら)すぐ下りる(下ろす)こと」といったルールが設けられる現場もあった。8月に行なわれた『TOKYO IDOL FESTIVAL』では、安全を守ることが第一の仕事であるはずのセキュリティーがリフトした人を無理やり引きずり下ろすといった「危険行為」も目立った。
いまやリフトは時代遅れのものとなり、人の上を歩いたり転がったり、それを支えたり、支えられたり、といったことを許容する「寛容さ」がその特徴のひとつであった「地下」アイドル現場は別の様相を呈しつつある。リフトが一度に何騎も上るような「暴動系」現場が斜陽にあることは、たとえば2016年末にBELLRING少女ハートが「崩壊」したことや、2017年8月に「世界一激しいiDOL」を標榜していた偶想Dropが解散したことなどが象徴している。
なおここで言う地下アイドルとは、ライブハウスを活動の拠点とし――そのことからライブアイドルと呼ばれることもある――、ライブの前後にはチェキ撮影などいわゆる「接触」を行なう特典会を設けているアイドルのことを指し、メジャーレーベルからデビューしているか否かは関係ない。
■楽曲派、あるいは恥じらう「音楽通」もしくは「ロリコン」
地下アイドルの線香花火のような移ろいの速度は、アイドルとオタクの疲弊と同時に、「アイドルを聴いていればたいていのジャンルは抑えられる」とも言われるように多様化、細分化が進むアイドルシーンの活発さを意味している。暴動系が陰りを見せるいま、薄暗いライブハウスのドアを開けてみると、そこでは夕暮れの空に星々が浮かびはじめるように様々な種類の楽曲が奏でられていた。
ここで言う楽曲派とは、ときに「アイドルらしからぬ」と形容される楽曲をレパートリーとするアイドルおよびそのファンのことを指すが、後者に関して付け加えるならば、「俺はアイドルが好きなんじゃなくて純粋に楽曲が好きなんだ」ということを顔を赤くしながらアピールしたがる「音楽通」、要するに「ロリコン」のことを指し、その際は自虐的、揶揄的に用いられる。
実際、楽曲派に分類されるグループの年齢層は低めであることが少なくなく、たとえば照井順政(ハイスイノナサ、siraph)によるポストロックとエレクトロニカを基調とするsora tob sakanaや、「都会的な」sora tob sakanaに対して、「牧歌的な」amiinA、スティーヴ・ライヒの“Clapping Music”など現代音楽的な要素を散りばめたmaison book girlのプロデューサー・サクライケンタが手掛けるクマリデパート、『アイドル横丁夏まつり!!~2017~』で発見されたTask have Funなどいずれも中学生から高校生のメンバーで構成される。
平均年齢はやや上がるが、「オルタナおじさん」を虜にするヤなことそっとミュートや、ヤなことそっとミュートの運営タニヤマヒロアキがサウンドプロデュースを務めるサイケデリックトランスなMIGMA SHELTER、シューゲイザーやノイズの要素を取り入れた楽曲と、メンバーの名前がみな「・」で(ニックネームはあるが定期的に更新される)、サングラスのようなもので目を覆っていることが特徴的な・・・・・・・・・・・・、加茂啓太郎がプロデュースするファンクなフィロソフィーのダンスなどもアイドルの奏でる音楽の多彩さを示した。「アイドル」はジャズ、クラシック、ロック……といった音楽のジャンルのことではないが、楽曲派の台頭は「アイドル」があらゆるジャンルを受け入れる「寛容さ」を備えたものであることを物語っている。
■欅坂46の「連続優勝」、そして『紅白』における人間宣言
星空に浮かぶ月のように孤高に佇む欅坂46が2017年も「優勝」したことは、たとえば2年連続で『Yahoo!検索大賞』アイドル部門賞を受賞したことや、各誌がこぞって「欅」特集を組んだことからもわかる。大森靖子が矢川葵(Maison book girl)、茅ヶ崎りこ、新谷姫加(ex.Party Rockets GT)らミスiD系を中心に従えた“サイレントマジョリティー”のカバーPVを発表し、内村光良が自身の舞台で“不協和音”のダンスを披露したことも話題となった。
内村と欅坂46とのコラボレーションは『NHK紅白歌合戦』で実現したが、コラボ終盤に、震える平手友梨奈の姿、倒れ掛かる鈴本美愉を渡辺梨加が支える様子が画面に映し出され、後に志田愛佳も2人と同様に過呼吸の症状を訴えていたことが報告された。この出来事は、アイドルはアイドルである前に人間であるのでもなければ、人間である前にアイドルであるのでもなく、アイドルであるのと同時に人間でもあるということをいま一度思い起こさせた。
■「笑わないアイドル」の喜怒哀楽、そして「狂気」
『紅白』でのパフォーマンス終了後には「ちゃんと休ませてあげて」「センターの子、大丈夫かな?」とったメンバーを心配する声と、メンバーや運営に対する否定的な見解が混ざり合いタイムラインは地獄と化し、このほか欅坂46については「ロックだ」「アイドルを超えた」「アーティストだ」「いやアイドルだ」「平手友梨奈は山口百恵の再来」「圧倒的センター」など様々な言葉が飛び交う。
「アイドルを超えた」云々については、CDショップにアイドルのコーナーが設置され、そこに欅坂46のCDが置かれている以上、彼女らはアイドルであると言うほかなく、「アーティスト」云々については、彼女らのパフォーマンスが「技」ないし「能力」の表出であるならば、アーティストであるとも言え、その限りにおいてアイドルとアーティストは相容れないものではない。
欅坂46に対する言説の数々は、総合プロデューサーの秋元康が「センターの平手が注目を集めていますが、確かに彼女はすごいと思います。この40数年間スターと呼ばれる人たちを見ていると、結局深読みされるのがスターなんですね」(参考:秋元康が明かす 欅坂46と乃木坂46が向かう先|エンタメ!|NIKKEI STYLE)と述べるように、彼女らが言語化=物語化を誘発する存在であることを物語っている。そして欅坂46は様々な人々によって物語られた肯定的な物語も否定的な物語も自らのうちに飲み込み、新たな物語を紡いでゆく。
ここでの言及もまた無数に発信され続ける欅言説のほんの一粒にすぎないが、彼女らについて言葉を発せずにはいられなかった人が多く存在したことの結果は、たとえば2016年3月に公開されたデビュー曲“サイレントマジョリティー”のPVの視聴回数が8800万を超えたことなどにもあらわれ、この数字は確認するたびに増え続けている。
“サイレントマジョリティー”からもうじき2年を迎えようとしている欅坂46は、いまなお「笑わないアイドル」ということにされているが、彼女らが笑いもすることは、ときおり笑顔を見せながら踊ることから『輝く!日本レコード大賞』で「笑わないアイドルが初めて笑顔を見せるパフォーマンス」と紹介された5thシングルのタイトル曲“風に吹かれても”を待つまでもなく、“サイレントマジョリティー”のPVを最後まで見ればわかる。3rdシングルのタイトル曲“二人セゾン”のPVではいたるところに笑顔が溢れているし、バラエティー番組では笑ったり泣いたりもする。
こうしたことからもわかるように彼女らが笑ったり笑わなかったりするのは、徹頭徹尾楽曲に要請されてのことであり、仮に“サイレントマジョリティー”で「大人たちに支配されるな」と笑顔を振り撒きながら歌っていたら、“不協和音”で「意志を貫け! ここで主張を曲げたら生きてる価値ない 欺きたいなら 僕を抹殺してから行け!」と歌いながら笑っていたら、それは「気が触れている」と言えるだろうし、欅坂46はいまとは異なる姿を見せていただろう。
しかし同時に、マスゲームを思わせる一糸乱れぬ彼女らのパフォーマンスは、どこか「気が触れて」いて、“サイレントマジョリティー”のPVを再生したのべ8800万人は、そこに「触れた」ことになる。そしてその「狂気」は“不協和音”での笑わないどころか「先ほど人1人殺してきたと言われたら信じてしまいそうな」鋭い眼光によりいっそう宿る。欅坂46を「月」にたとえたのは、月を意味するラテン語のlunaを語源とする英語のlunaticに「狂気の」といった意味があるように、月の光には「狂気」が含まれているからである。だから(?)月は太陽を必要とした。
■「太陽」になったけやき坂46が、誰よりも高く跳ぶ日
欅坂46の妹分的なグループとして、当初長濱ねる1人のみで結成されたけやき坂46(ひらがなけやき)は、オリジナル楽曲“太陽は見上げる人を選ばない”で「太陽はただ輝き 眩しく見上げる人に微笑んでる」と歌う。現状、平手友梨奈をピラミッドの頂点とする欅坂46に対して、明確なセンター的な存在がいないけやき坂46の雰囲気は、まさしくここで歌われているようなもので、それは長濱ねるの「ほわん♡」とした雰囲気と重なる。欅坂46運営委員会委員長の今野義雄は『Quick Japan vol.135 特集 欅坂46』で「当初は漢字(欅)が太陽で、ひらがながけやきが月だったはずが、逆になってきました」と語る。
2017年9月までけやき坂46と欅坂46を兼任していた長濱ねるは、けやき坂46の全国ツアー『ひらがな全国ツアー2017』の途中で欅坂46の専任となり、けやき坂46を離れることになったが、けやき坂46は「長濱ねる」を継承しながら、12月に2日間にわたって行なわれたツアーファイナル公演『ひらがな全国ツアー2017 FINAL!』で平日の幕張メッセ イベントホールを埋め、そこで2期生が加わったパフォーマンスも披露した。
現時点において欅坂46のメンバーと入れ代わるような下克上制度はないこともあって、もはやほとんど独立したグループとしてあるけやき坂46は、欅坂46の楽曲をセットリストに入れることができるという「強み」も持つ。さらに欅坂46に先立って初の単独日本武道館公演3DAYSも控えている。「誰よりも高く跳べ!」(“誰よりも高く跳べ!”)と歌うけやき坂46が、誰よりも高く跳びながら「誰よりも高く跳べ!」と歌う日の訪れを思うと2018年もオタクはやめられない。