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岩里祐穂 × 森雪之丞が語り合う、作詞家の醍醐味「“自分が音楽をいかに理解できるか”から始まる」

2018年01月31日 08:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 作詞家・岩里祐穂によるトークライブ『Ms.リリシスト~トークセッション vol.4』が、昨年9月9日に開催された。このイベントは岩里の作家生活35周年記念アルバム『Ms.リリシスト』リリースを機に、あらゆる作詞家をゲストに招き、それぞれの手がけてきた作品にまつわるトークを展開するもの。リアルサウンドでは、そのトークライブの模様を対談形式で掲載している。


 第4回のゲストとして登場したのは、作詞家の森雪之丞。1976年に作詞&作曲家としてデビューして以来、ポップスやアニメソングで数々のヒットチューンを生みだし、90年代以降は布袋寅泰、hide、氷室京介など多くのロックアーティストの楽曲を中心に尖鋭的な歌詞の世界を築き上げた。近年では、詩人としての活動や劇団☆新感線『五右衛門ロック』シリーズの作詞、ブロードウェイ・ミュージカルの訳詞など、言葉と音楽を扱う活動は多岐にわたっている。70年代から現在まで第一線で活躍し続ける2人のトークからは、時に自身の表現にはない魅力に惹かれ、時に同じ思いで共感し合う、作詞家同士の関係性が見えてきた。(編集部)


(関連:岩里祐穂 × ヒャダインが明かす、名曲の作詞術「重要なのは“いかに言わずして言うか”ということ」


■布袋寅泰「バンビーナ」


岩里:トークライブ初の先輩ということでちょっと緊張気味ですけど、雪之丞さんからは数々の教えをいただけたらと思います。


雪之丞:反逆の教えをね(笑)。


岩里:まず1曲目に私が選んだのは、布袋寅泰さんの「バンビーナ」です。


雪之丞:1999年の曲、<世紀末だって 過ぎれば昨日さ>という言葉が入ってますね。


岩里:今回、ロックアーティスト、アイドル、アニメソングから1曲ずつ選ばせていただきました。特にロック編は布袋寅泰さん、氷室京介さん、hideさん……他にもたくさん好きなアーティストがいて、選曲は本当に悩みました。そこで最終的に選んだのが、布袋さんの「バンビーナ」。この曲はとにかくワードが強くて、エッジの効いた韻踏みがいっぱい出てくるんです。布袋さんが歌うメロディも強いギターのリズムと言葉がバトルしているような、アクションのような疾走感、爽快感があるんですよね。


雪之丞:僕が布袋くんと初めて出会ったのは1985~86年頃。でも一緒に作品を作ったのは『GUITARHYTHM II』(1991年)からなんです。『GUITARHYTHMⅠ』は全部英語だったんだけど、日本語詞になった『GUITARHYTHM II』のタイミングから一緒にやらせてもらっています。『GUITARHYTHM II』が91年で「バンビーナ」が99年だから、その間にも相当な曲数を一緒に作らせてもらいましたね。アーティストと一緒に作品を作るのは、旅に近いところがあって。出発だから書けた詞と、7~8年経って数十曲一緒に作ったからこそ作れた詞があると思う。お互いの良さもやり過ぎ感も理解して、まるで夫婦のように足りないところを補い合っていく。それこそ「バンビーナ」はお互いの良い関係ができた頃に生まれた曲でしたね。


岩里:「POISON」「スリル」「サーカス」の3部作から「バンビーナ」まで、実はリリースの時期が空いているんですよね。


雪之丞:そうなんです。僕が初めて書いたシングル曲が「POISON」で、その次が「スリル」「サーカス」。布袋くんは自分でも詞を書くので、布袋くんの作詞曲が間にありました。それから「バンビーナ」が出てくるんですけど。この曲では冒頭の「ターララ」をいかに歴史に残る面白い「ターララ」にしてやろうかと、韻を踏むことと「BAMBINA」という言葉をどんどん使っていく方法を考えました。「バンビーナ」というテーマ自体は初めからあって、<Don’t let me down My sweet baby BAMBINA>は仮歌で布袋くんが歌っていたフレーズを生かしました。


岩里:私は普段、曲を先にいただいて詞を乗せていくことが多いんですけど、曲先の仕事って、つまり“謎解き”なんだなあと最近つくづく思うんですね。「この曲がどういう曲なのか」という謎解きをする。例えば、サイケなのかオルタナなのか歌謡ロックなのかとか、その曲を自分なりに解釈・カテゴライズすることで、初めて言葉がそこから立ち上がってくる、そんな気がするんですけど。


雪之丞:すごい分かります。作詞家は言葉を扱っているから文芸的なスタンスだと思われがちなんですけど、自分が音楽をいかに理解できるか、自分なりにその音楽を紐解けるかというところから始まるんですよね。ある意味、作詞家はミュージシャン、音楽家の中のいちジャンルだと思っていて。今、岩里さんが言ったようにまったく知らないメロディが自分の前に現れた時に、パズルをどういうふうに解くかを考えるということなんです。


岩里:最初は誰も何も分からないゼロの状態だから、どこに何を置いても良い。


雪之丞:そう、それが作詞家の楽しみでもある。


岩里:でも、ゼロからイチを生むことって辛くないですか? 私は何も見えなくて死にそうになる時ばかりなので…(笑)。「バンビーナ」は、ストレイ・キャッツとかネオロカビリーという解釈からイメージを膨らませていったんですか?


雪之丞:ロカビリー・パンクですかね。布袋くんの曲にはパンクな気持ちがないと。


岩里:なるほど。


雪之丞:作詞では布袋くんより僕のほうがヤリすぎるんです。最初はもうちょっとヤバい言葉もいっぱい入れてたんですけど、布袋くんがダメだよって。「僕をそこまでのイメージにしないで。紳士なんだから」って。布袋くんはね、止めてくれるの(笑)。


岩里:<ロリータ・ウインクでキャンディーねだって 娼婦の唇(リップ)でしゃぶってみろよ>。際どいエロティックな表現、だけど出てくるのはキャンディーなんですよね。


雪之丞:これ、キャンディーじゃなかったら大変じゃないですか(笑)。


岩里:さらに、<ヌード>というエロティックなワードが来たと思えば、<ヌードになったら>と書いてある。ヌードになっているわけではなく、<ヌードになったら天使の羽根がバレるぜ>と。


雪之丞:一応、「ヌードになったら天使だったね」っていう設定なんですけどね(笑)。


岩里:ギリギリのエロティックなワードとキュートなワードのバランスが、絶妙だなぁと改めて思いました。エロティックな言葉が並んでいるけれど、品があるというか。


雪之丞:三島由紀夫さんは詞について「詞は諧謔とエロスである」と言っていて。諧謔は、洒落心や遊び心。エロスは、もちろんエロいエロスもあるけれど、人が生きてるエロス、「生」ですよね。エロティックなことも含めて、それをいかにお洒落に伝えるかということが詞だと。それはすごく一理あるなと思っていて。そういう考えの中から表現が生まれているんです。そういうのが、たぶん好きなんですよね。


岩里:さきほど“反逆の教え”とおっしゃっていたけど、本当にそう(笑)。


雪之丞:反逆なのは、詞の中身というよりは考え方ですね。さて、「バンビーナ」で僕が一番好きなフレーズはどれでしょう?


岩里:<退屈するとちゃんと浮気する>、ですか?


雪之丞:ピンポーン! さすがだね。


岩里:このフレーズ大好きです!


雪之丞:やっぱりすごいなぁ。作詞家同士分かるんだな。この部分はBAMBINAがどんな子か、主人公との関係性がどうなのかを表した部分で。


岩里:私は女性側から見て、すごく爽快な気分になりました(笑)。


雪之丞:ロリータってある種偶像化されているから、「ロリータだってやりまっせ」という感じを出したかったんですよね。


岩里:ロリータが出てくる歌詞って、普通は男の主人公が翻弄されるだけのものが多いけれど、この詞はBAMBINAがちゃんと意思を持ってイキイキしているように聞こえるんです。「退屈すると浮気する」だけじゃないんですよ、<ちゃんと浮気する>。


雪之丞:そう、<ちゃんと>が効いてるでしょ。読み取っていただいて、ありがとうございます。


■新垣結衣「うつし絵」


雪之丞:僕が選んだ岩里さんの1曲目は、2009年の新垣結衣さん「うつし絵」です。ガッキーがいかにもそこにいるような世界が表現されていて、素晴らしいなと思いました。僕が一番好きなところを言ってもいいですか? <明日と昨日 順番がかわり もしも今日の次が昨日なら 君にもういちど あえるかな>の部分。「夢が叶うなら」「時を戻せるなら」いろんな言い方ができる感情だけど、この言い方は岩里祐穂が世界で初めて発案した、素晴らしいものだと思う。


岩里:嬉しいですね。でも、こういった表現にたどり着くまで結構時間がかかりました。80年代にはキャッチーなものを求められ、私はその流れにうまくハマらなかった。それで自分が活躍できる場所はどこなのかをずっと探していた頃に、今井美樹さんと出会って。そして、今井さんの作詞をしている時に何を考えたかというと、キャッチーな強い言葉を書くことが苦手なら、それを裏返したらどうなるんだろうということでした。日常に転がっている説明がつかないような気持ち、うまく言えない気持ちのニュアンス、そういう日常の澱(おり)みたいなものをどれだけ普通の言葉で、誰でも分かる言葉で書けるかなと。実際にやってみると、そちらの表現が自分には合うんだなと思いましたね。


雪之丞:僕には書けないと思うような詞の世界観はたくさんありますけど、「この気持ちをこういうふうに言うのか」というものには惹かれますよね。「こんな言い方だったら伝わるのか。この感情」って。うずくんですよ。僕はこの詞にそういうことを感じました。


岩里:ありがとうございます。私が好きな部分も言っていいですか? 2番の<素直な気持ちを話せない不器用な誰かのために 涙や体温や笑顔はきっとこの世にあるのかもしれない>の部分です。


雪之丞:<しれない>となってるところが素敵ですね。


岩里:ストーリーとして成り立ってるわけではなく、ある日こんな気持ちも感じたし、この気持ちもある日感じたし……というように、気持ちをコラージュしていくというか。


雪之丞:1日で終わらない物語もたくさんあるからね。そういう意味でも、1~2年の感情のコラージュこそが、真実なのかもしれない。


岩里:この曲もいろんな気持ちのコラージュで出来上がっているんです。


雪之丞:なるほど、僕も今度コラージュやってみよう(笑)。


岩里:強烈なコラージュができそうですね(笑)。


雪之丞:数年がかりで一つの何かを感じる。とても素敵なことだと思います。


■BaBe「I Don’t Know!」


岩里:アイドル編は雪之丞さんの懐かしの1曲、BaBe「I Don’t Know!」を選びました。雪之丞さんといえば、浅香唯さんの「C-Girl」、斉藤由貴さんの「悲しみよこんにちは」やシブがき隊など、アイドル曲でもたくさんの名曲がありますが、これが特に好きで。


雪之丞:BaBeは「Give Me Up」がデビュー曲だけど、マイケル・フォーチュナティのカバー曲だったので、まったく歌詞は違うんですが訳詞扱いになっています。


岩里:あの頃は石井明美さんの「CHA-CHA-CHA」や森川由加里さんの「SHOW ME」、荻野目洋子さんの「ダンシング・ヒーロー」といった洋楽カバーが盛んな時代でしたよね。BaBeは作曲が中崎英也さん。洋楽カバーのデビュー曲がヒットして、次はそれを超える楽曲を作らないというプレッシャーもある中、見事な曲だなと当時から思ってました。


雪之丞:これは1987年、バブルの雰囲気が飛び交っていた時代の曲。僕自身バブルで良いことも別になかったし、反逆の詩人としては、それを強く裏返してやろうと思って(笑)。バブルにはあまり良いイメージがないけれど、当時はキラキラと街中がファッションページのような景色で溢れていました。確かに夢はあるんだけど、誰か裏返すやつがいた方が良いかなと思ったんです。BaBeの2人が決してバブルに浮かれて踊るタイプの子たちじゃなかったということもありましたね。


岩里:時代に対する、アンチテーゼとしてのメッセージだったんですね。<ショーウインドウ><バーゲン><キャッシュ><ファッションページ>という言葉が散らしてあるのも印象的でした。だから、バブリーな気分を楽しみたい人が楽しめる楽曲にもなっていて。でも、このままじゃいけないんじゃないかというメッセージも自然と伝わってくる。


雪之丞:やっぱり、みんなどこかに不安はあるものじゃないですか。踊り狂ってても、終電の時間を気にしなきゃいけないみたいな。正体の知れないオジサンがいつまで晩御飯を奢ってくれるんだろう、みたいな(笑)。


岩里:「I Don’t Know!」の歌詞の登場人物の設定はどのようなものだったんですか? 私は彼でもありだし、女友達でもありだなと思っていたんですけど。


雪之丞:「Give Me Up」は彼だけど、これは性別は関係ないですね。女の子同士で当てはめていただいてもいいかと。


岩里:雪之丞さんは普通だったら「みんなに愛を配る天使がいるから大丈夫」と書くところを、<みんなに愛を配る 天使なんていないから>と書くんですよ。そこがやっぱりすごいなと。天使なんていないんだから自分で走り出しなさいという、そのメッセージが素晴らしいなと思いましたね。世に出回るほとんどの曲が「踊り明かそう」という内容で終始していた時代でしたから。


雪之丞:バブルは、いつかは崩壊する感じがありましたからね。この曲についてプロデューサー視点で言うと、アイドルが不遇な時代に入っていくちょっと前、BaBeという2人の女の子――身近にいるような女の子たちをどうキラキラさせるかについては考えましたね。僕もアイドル曲はこの後あまり書かなくなるから、最後に自分ができることは何かなと考えて書いた曲でもありました。


岩里:この曲は<I Don’t Know Lonliness 君の Lonliness>というサビの、<Lonliness>の繰り返しが気持ちいいんですけど、<I Don’t Know Lonliness>に当時は何となく違和感があったんです。「your」を<君の>にして日本語と英語を混ぜていたり。面白いサビですよね。日本純正の曲が洋楽の訳詞のように聴こえて。


雪之丞:「Give Me Up」からの流れで洋楽的なエッセンスを入れようと思っていたのと、僕自身も洋楽を聴いて生きてきたということがあって。そういったことを歌詞にも反映させた曲でしたね。


■中川勝彦「Skinny」


雪之丞:僕が岩里さんの2曲目に選んだのは、1985年の「Skinny」。しょこたん(中川翔子)のパパの曲ですね。中川勝彦さんはすごくかっこいいシンガーソングライターでもあり、ロックボーカリストですが、この曲は岩里さんが詞を書き始めて何年目くらいの時のものですか?


岩里:新人2年目でしたね。1985年の作品です。『Ms.リリシスト』はシンガーソングライターとしてのデビューから数えて35周年の作品だったのですが、作詞家としては私、堀ちえみさんの「さよならの物語」が本格的なデビューなんですよ。それが83年。


雪之丞:なるほど。実は、作詞家同士として、すごくよく分かる気持ちがあって。もちろん岩里さんは堀ちえみの作品で、堀ちえみの世界を作ったんだけれど、自分の中にはそれとは違う世界がある。でも作詞家はそれを描けるアーティストと出会えない限り、作品として発表することができない運命なんです。岩里さんが中川勝彦さんと出会った時に、2年目の岩里祐穂がアナザーサイドの自分で何を書こうとしたのかがこの曲から伝わってきました。岩里さんのすべての作品を知ってるわけではないので、セクシーなものを他にも書かれてるとは思うんだけどね。特に男からすると<Skinny>って言葉はあまり肉感的ではなくて。でもここに描かれている男と女のある夜の世界が、とても素敵なんです。


岩里:ありがとうございます。勝彦さんとの仕事は、深夜番組『オールナイトフジ』に出ている姿を見て「この人の曲が書きたい!」と思って、ディレクターのところに行ったのがきっかけでした。


雪之丞:そのディレクターのことは知っていたの?


岩里:知りませんでした。


雪之丞:書きたいと思って行動に移した。すごいね。


岩里:それから「何か書いておいで」とテストを受けて(笑)、アルバム用に数曲書かせてもらって。それは曲先だったんですけど、「祐穂ちゃん、次はシングル曲を詞先で書いておいで」と言われて、「え! 詞先ですか?! 私、詞先は……」みたいな感じで……。


雪之丞:これが生まれて初めての詞先だったの? 詞先、良いよ。


岩里:ありがとうございます。「Skinny」は、ディレクターからタイトルのお題をいただいて書いた曲でした。おそらく中川勝彦さんの透き通るようなビジュアルから出てきた言葉だと思うんですけど。


雪之丞:でも、<Skinny>を相手の女性を表現する言葉に使ったのはすごく良いよね。それによって、すごくセクシーさやピュアさを感じる。僕、昔、「アスピリン」って言葉を歌詞として発見したことがあって。その時とっても褒められたんだけど、この歌詞の中の<アスピリン>も褒められなかった?


岩里:それは……褒められなかったです(笑)。ムーンライダースの白井良明さんが曲をつけてくださったんですけど。でも詞先は、自分の書いた詞がこんなふうな曲になるんだって、贈り物をもらったみたいな気持ちになりました。


雪之丞:そうだね。詞先、結構好きですか?


岩里:いや……苦手なんです。


雪之丞:良い詞を書くのに…。でも難しいよね、詞先って。


岩里:何の情報もないところから書くのは、面白くもあり、難しい。もちろんそんなことは言ってられないですけどね。詞先、自信持ってやってみようかな。


雪之丞:<唇のラインきつくなぞって 聞き分けのない肌で 砂浜のオペレッタ>この流れもすごい好きです。彼の声にも合っているし、良い作品だと思いました。


■影山ヒロノブ「CHA-LA HEAD-CHA-LA」


岩里:私が選んだ雪之丞さんのアニメソングは、みなさんご存知の「CHA-LA HEAD-CHA-LA」です。


雪之丞:この歌は1989年だったんで、なんともう28年前! 途中で途切れはしましたけど、今も『ドラゴンボール』のテーマ曲の詞を書かかせてもらっています。最新シリーズは『ドラゴンボール超(スーパー)』で、氷川きよしくんが「限界突破×サバイバー」という曲を歌っていて。子どもの頃から「CHA-LA HEAD-CHA-LA」を歌っていたそうで、今回の曲も嬉しそうに歌ってくれていましたね。ドラゴンボール愛に溢れた良いコラボができました。僕も「限界突破×サバイバー」の途中に<へのへのカッパ>を使っちゃったんだよね(笑)。


岩里:オマージュですね(笑)。


雪之丞:長く作品に携わっていると、自分で自分をオマージュができるからいいよね(笑)。これ、人がやったら怒るよ。もし<へのへのカッパ>を使われたら、眠れない夜が来るかも。まぁ自分で使っても、ワクワクしてまた眠れないんだけどね(笑)。番組がパワーを持って長く続いていることで、僕もこの世界を楽しませてもらっています。


岩里:私は子育て時代に息子と聴いていました。「CHA-LA HEAD-CHA-LA」は、<顔を 蹴られた地球が怒って 火山を爆発させる 溶けた北極(こおり)の中に 恐竜がいたら 玉乗り仕込みみたいね>の部分が好きで。すごいスケール感のある詞ですよね。


雪之丞:アニメのオープニングで火山が出て、恐竜が出てくるシーンがあるんだけど、この詞を書いた時、あのイメージはまだなかったんですよ。


岩里:あれって、雪之丞さんの詞から生まれた映像だったんですか?


雪之丞:そう、僕のイメージの中では、悟空が空を自由自在に飛び回りながら体中が景色になったり、パノラマになったり、あと悟空が火山にぶつかって爆発したりとか、そういうイメージが沸いてきたんです。まぁ、プログレ好きだからできた発想なのかもしれない(笑)。


岩里:プログレ!


雪之丞:その当時、70年代はPink Floyd、King Crimson、いろいろいましたけど。プログレッシブ・ロックはクラシック的要素やジャズ的要素、いろいろなものを取り入れた実験的なものだったじゃないですか。そう考えると、この曲はプログレじゃない?


岩里:なるほど(笑)。<景色 逆さになると 愉快さ 山さえ お尻に見える>の部分も好きですけど、これもプログレ?


雪之丞:まさにプログレですね(笑)。


岩里:そう言われると確かに! あと、私、この曲は子どもたちへのメッセージとしても素晴らしいと思っていて。「逆に見てごらん、逆さに見たらいろんなものがまた違って見えるよ」というメッセージが、ダイレクトに伝わってきますよね。


雪之丞:ありがとうございます。そもそも僕がアニメの主題歌をなぜ書けたかというと、自分の子どもの頃に『月光仮面』や『海底人8823』などの実写ヒーローものに夢中になって、その歌を覚えてきたということがあったからなんです。月光仮面が崖から突き落とされたら「大丈夫かな? 月光仮面」と思いながら1週間過ごしてましたし(笑)。そういった思い出や気持ちがあるので、自分が書いたものが子どもたちの心にストレートに届いてくれて、ふとした時、例えば<頭カラッポの方が 夢詰め込める>のフレーズを聞いて、「俺バカだけど、これからいろんなことをやってやるぜ!」という気持ちになってくれたりしたら良いなって。常にメッセージは何か入れたいなと思いながら書いていますね。


岩里:この曲はやはり<CHA-LA HEAD CHA-LA>の部分からできたんですか?


雪之丞:さっき話したようにまずは絵が見えたんですね。作り方としては曲先だったんですけど、「チャーチャータッタター」に日本語は普通に乗せられないですよ。「バーカ お前は」くらいしか思い浮かばない(笑)。でもそこに、いかに英語のようなノリで、そして悟空のヤンチャなキャラに合った言葉を乗せるかを考えた時、「ヘッチャラだい!」という言葉から「チャラ」が出てきたんです。気分をチャラにして「良いじゃん、もう1回やり直そう」というメッセージを込めました。


岩里:「HEAD-CHA-LA」は、頭をチャラにする……「ヘッチャラ」と「頭カラッポ」をかけている。


雪之丞:そうそう。


岩里:「チャラにしよう」とは、あえて書かなかったんですか?


雪之丞:書いてないですね。フレーズに全てを託しました。


岩里:こういったキャッチーなワードを思いつくのが本当にすごいです。私は<CHA-LA HEAD CHA-LA>という言葉自体が浮かばない人間なので。


雪之丞:そんなことはないと思うけど、たぶん僕の方が少しは得意かな(笑)。僕はロックっぽい曲が大好きなんだけど、日本語はロックに乗らない、ロックにならないと言われ続けてきた世代で。だから、そんなことないってことを示したかったんです。そのある種の大革命人が桑田佳祐さん。彼が「勝手にシンドバッド」というデタラメなタイトルで、<そうねだいたいね>と歌った瞬間、日本の音楽作詞界の扉が大きく開かれた。日本語でも強く、そしてロックなビートに乗せることができることを証明したんです。その流れでいうと、「CHA-LA HEAD CHA-LA」も日本語がロックのビートに乗るかを追求した結果、キャッチー、強いと言われるようになった曲ですね。シブがき隊の「NAI・NAI 16」や「ZOKKON 命」でやってきた基本的な言葉のインパクトもあるけれど、それよりは言葉の意味と濁音とオノマトペで空気をかき回す手法というか。「ダンダン」という音に「好き」を乗せる時、「スッキ」と譜割りで対応してきたのを「ゾッコン」のような言葉にしてはめるんです。


岩里:なるほど。そういう言葉の乗せ方、語感という観点もありますが、「キャッチーとは何か」を考えていくと、「テーマの本質を一言で言い当てること」だと思うんですね。一言で言い切って、たくさんの人の心を掴む。その言葉を見つけられることがすごいと思うんですよ。


雪之丞:みなさんが森雪之丞という作詞家をどういうふうに捉えてくださってるかはわからないんですけど、時代的に強力な松本隆さんという、ロックから出て、ご自身でドラムも叩けて、本当に素晴らしい詞をお書きになる先輩がいて。松本さんは詞で素晴らしい世界をお作りになったけれども、ご自分がはっぴいえんどというバンドを始めたところの環境にいた、細野晴臣さん、大瀧詠一さん、そういう人たちをポップスのフィールドに巻き込んで、自由な仕事をさせた人でもあると思います。そんな素晴らしい方が少し上にいたお蔭で(笑)、当時の僕はプログレとグラムに走るしかなかったんですね。


岩里:松井五郎さんがゲストの回にお話をうかがった時、氷室京介さんの楽曲をずっと手がけられていたんだけど、そこに雪之丞さんが登場されたと。雪之丞さんの詞には、自分とは違うゴージャスさがあって、雪之丞さんがオートクチュールな世界を書かれるんだったら、自分は裏原宿に行こうと思って違う道を歩んだと。


雪之丞:お互いに良い刺激を受けながら、“かっこよく避ける”ということですよね。


岩里:そう、それがとても大切だとおっしゃっていました。


雪之丞:特に僕が書き始めた時代は、本当に素晴らしい諸先輩方がいっぱいいらしたんです。阿久悠さん、なかにし礼さん、阿木耀子さん……その人にしか書けない世界をみなさんが持っていましたから。そういう中に入って行って、僕が何ができるかと言ったらデビューはドリフになってしまったっていう(笑)。「自分は何ができるのか」はとても大きなことでしたね。岩里さんも『Ms.リリシスト』のブックレットで今井美樹さんの「瞳がほほえむから」が書けた時に本当に自分がやるべきことが少し見えたとお書きになってましたよね。それってすごく大事なことだし、ある種、作詞家としての真のスタートなのかなと。だから僕は松本隆さんをかっこよく避けようとして、「CHA-LA HEAD CHA-LA」に辿り着いたのかなと思いますね(笑)。


■シェリル・ノーム starring May’n「ノーザンクロス」


雪之丞:岩里さんの3曲目は「ノーザンクロス」を選びました。この曲大好きです。<空虚の輪郭をそっと撫でてくれないか>、素晴らしいじゃないですか。目には見えないものにさわれって言ってる部分、<胸の鼓動にけとばされて転がり出た愛のことば><君をかきむしって濁らせた>、こういうフレーズを書けるということは……僕はあんまりこういう言い方をしたくないんだけど、プロなんですね。プロたる由縁だと思う。


岩里:これは『マクロスF』 のエンディングテーマですね。菅野よう子さんという作曲・編曲家と一緒に作ったんですけど、それまでは2人で坂本真綾さんなどの“文芸路線”という感じの楽曲を手がけていたんです。でも『マクロスF』 が求める楽曲がそうだったということもあるんですが、違った方向にいきなり舵をきった。


雪之丞:文芸路線というのは、リリカルということ?


岩里:そう。リリカルな繊細な表現としての坂本真綾さんがいたとしたら、『創聖のアクエリオン』という楽曲もそうなんですけど、一気にケレン味を入れるようになったんです。


雪之丞:まさにグラムじゃないですか。


岩里:そうか、ケレン味ってグラムなんですね。とにかく、その方向性にグッと舵を切った。そうすると、なぜか歌詞に漢字が多くなりますね(笑)。あと、<かきむしって濁らせた>のような、生理的にちょっと気持ちわるい表現が合うんです。


雪之丞:<もがくように夢見た><戦うように愛した ぐしゃぐしゃに夢を蹴った><その星に果てたかった>、破壊的な表現ですね。<宿命にはりつけられた北極星が燃えている>も好きですよ。


岩里:とにかくちょっと生理的に違和感のある、引っかかる表現が多いんです。


雪之丞:そういう気持ちになったらそれで作れるのがすごい。僕がこの曲で一番好きだったのは<たぶん失うのだ><そして始まるのだ>。この<たぶん>と<そして>がめちゃくちゃ良いですよね。ふっと本音というか、感情が見える感じがして。曲全体としては、これもコラージュの手法と言っていいのでしょうか?


岩里:この場合は、コラージュというよりはもっとぐしゃぐしゃに、熊手で集めて投げつけたような、そんな衝動的な表現かもしれないですね(笑)。


■斉藤和義(早川義夫)「天使の遺言」


岩里:最後に「天使の遺言」という曲をどうしてもご紹介させてください。オリジナルは早川義夫さん、『Words of 雪之丞』というオムニバスアルバムでは斉藤和義さんがカバーされました。


雪之丞:早川さんは、ジャックスというグループサウンズのグループでボーカルを務めていました。僕とジャックスとの出会いは中学の時。友達がジャックスのファンクラブの申込書を持っていて、そこに写っていた髪の毛を振り乱した早川さんの姿や「薔薇卍結社」というファンクラブ名に「こんな世界があるのか」と、心ときめかせました(笑)。それ以来、ジャックスは史上最大アートな日本語のバンドだと思っていて、僕もかなり影響を受けましたね。当時は好きなロックをやって生きていくことがとても難しい時代だったので、早川さんもしばらく引退して本屋さんになった時代もありましたが、また歌い始めるようになって。それから早川さんのライブによく通っていたんですけど、ある時「森くんの詞を歌ってみたいな」と言ってもらって「天使の遺言」を書きました。勝手に憧れて、師匠だと思って生きてきた人間にとって、その人から頼まれた時の喜びとプレッシャー……自分にとってはとても大きな1ページでした。この詞を見る度に、アーティストに憧れて今があるということを忘れないようにしようと思うんです。この頃は、必ず<天使>というワードを詞に入れていましたね。


岩里:雪之丞さんにとっての「天使」とは?


雪之丞:僕にとっての天使は、“人を映す鏡”なんです。人が天使を頼りにしたり、天使がいたらと思う気持ちになった瞬間、天使にその人が映る。こういうふうに言ったら、天使に怒られるかもしれないけれど、天使は僕の大事なキャストの一人。天使が出てくることで、より人の何かが表現できるのかなと思っています。