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ベン・ウィショー、なぜパディントンの声にハマる? その意外な共通点を探る

2018年01月30日 12:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 マイケル・ボンド原作の大人気児童小説『くまのパディントン』を基にした映画『パディントン2』が公開中だ。秘境ペルーからロンドンへやってきたくまのパディントンと、彼を家族として受け入れたブラウン一家に巻き起こる事件を描いた物語。シリーズ2作目である今作は、ある出来事がきっかけで泥棒の疑いをかけられたパディントンが、牢獄へ入れられてしまう。無実を証明するため、パディントンとブラウン一家が奮闘する。


参考:ヒュー・グラント&ヒュー・ボネヴィルが語る、『パディントン2』に込められたメッセージ


 パディントンの声を演じるのは、イギリス人俳優のベン・ウィショー。柔らかく優しげなウィショーの声は、驚くほどパディントンにハマっている。なぜ、こんなにもウィショーの声がハマるのか。その理由は、彼の繊細な演技にあると考えている。


 まず『パディントン』とは一見結びつかないような出演作から考察していく。ウィショーの独特な存在感が発揮された映画と言えば『パフューム ある人殺しの物語』だ。“体臭が全くない”男が、調香師としての類い稀なる才能を開花させる。しかし美しい女性の香りに魅了され、香水の材料を手に入れるため次々と殺人を犯していく。ウィショーが演じるのはジャン=バティスト・グルヌイユという主人公。痩せすぎた体にぎょろぎょろとした目を光らせ、不気味な存在感を発揮する。しかしこの恐ろしい存在に観客は魅了されてしまう。観客は香りを嗅ぐことは不可能にも関わらず、ウィショーの演技を通して作品から匂いが放たれているような感覚にさせられるからだ。


 この彼の繊細な演技が、パディントンの息遣いに活かされているように思える。パディントンはCGとアニマトロニクス(生物を模したロボットを使って撮影する技術)を駆使して製作されていて、実際にウィショーがくまの着ぐるみをかぶって演技をしているわけではない。しかし彼は真摯にパディントンを演じているのだろう。パディントンが困惑した時、驚く時に、かすかに聞こえる息遣いがとにかくリアルなのだ。細かな息遣いさえも演じきる彼だからこそ、パディントンという存在がリアルに感じられる。声優による吹き替えという感覚を忘れさせてくれる演技力が彼にはある。劇中、パディントンが言葉を発さないシーンがいくつかある。しかし「吹き替えの台詞がない」というふうには感じないはずだ。ウィショーの繊細な演技により、その時にはすでにパディントンはCGではなく、リアルな存在に見えているからだ。


 映画『クラウド アトラス』でウィショーが演じた青年フロビシャーの繊細な演技も思い出した。6つのエピソードが複雑に交差する物語の中で、彼が演じたフロビシャーは1930年代に生きる青年だ。彼は偉大な作曲家になる夢を叶えるため、同性の恋人と離れ、ある音楽家の採譜係(演奏された音を楽譜に書きおろす仕事)として働く。その中で彼は「クラウドアトラス六重奏」という素晴らしい楽曲を作りだすが、音楽家に功績を奪われそうになり、相手を殺めてしまう。時代が時代のため、同性愛者だという事実も彼を生きにくくしていく。フロビシャーには恋人と音楽を心の底から愛しているという信念がある。それが揺らぐことは一度もない。しかし同性愛者だという事実をバラされたり、作曲の功績を奪われそうになった時の微妙な心情の揺れ動きは見事だった。


 この時の演技は、本作のパディントンにも通ずるものがある。ひょんなことから捕らえられたパディントンは無実を訴え続ける。その信念を一度も曲げないが、その上で牢獄にいるうちに家族から忘れられてしまうのではないかと不安に思う。その時のパディントンが浮かべる表情は、もはやCGキャラクターではない。ウィショーの演技そのものに思えるし、パディントン自身が演じたように見える。ここまで実写に溶け込んだCGキャラクターは今まで見たことがない。この違和感のなさは、技術チームの実力もさることながら、ウィショーによる繊細な演技の賜物とも言えるだろう。


 当初、パディントンはイギリス人俳優コリン・ファースが演じると言われていた。ファースも優しげで落ち着いた声の持ち主だ。彼もきっと繊細な演技をしていたと思うが、彼の声はあまりにも落ち着きすぎていた。ファースは自分の声がパディントンに適していないと感じ、自分から降板したと聞く。一方でウィショーは、礼儀を大切にする“紳士な”くまでありながら、若く楽天的なパディントンを演じた。不安を抱えながらも信念を貫くパディントンの奮闘を、私たちが違和感なく観ることができるのは、繊細な演技を得意とするベン・ウィショーのおかげだろう。(片山香帆)