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『ロング,ロングバケーション』は最高にゴキゲンな作品だーー老夫婦のユーモアに満ちた愛の煌めき

2018年01月30日 10:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 どんな時でもユーモアを。こんなときこそユーモアを。どんなに悲嘆的になりそうな状況でさえ、ユーモアを忘れない。イタリアの名匠パオロ・ヴィルズィの最新作『ロング,ロングバケーション』は、そんな旅の映画である。


 重度のアルツハイマーの夫・ジョン(ドナルド・サザーランド)と、全身に広がったガンにより余命が限られた妻・エラ(ヘレン・ミレン)。彼らは思い出の愛車であるキャンピングカーで、ジョンの敬愛するヘミングウェイの家を目指して、最後の旅に出るーー。


 こうして簡単なあらすじを眺めてみれば、いわゆる“終活”を描いた映画だといえるだろう。それも、コメディやロードムービーといったさまざまな映画のスタイルをとりながら、ユーモアを忘れずに夫婦の愛を描ききった、最高にゴキゲンな作品なのである。


 “終活”、それも“老夫婦の”とくれば、その背景には介護問題など、目の前に立ち塞がる現実をたしかに感じてしまう。実際、この夫婦の娘であるジェーン(ジャネル・モロニー)と息子・ウィル(クリスチャン・マッケイ)、この姉弟の両親に対する困惑の大部分は、その点に端を発しているだろう。ところがこの夫婦は、それすら笑い飛ばして疾走(失踪)していく。


 軽快な音楽とともにスピーディーな幕開けをする本作には、この自由奔放な両親の失踪(疾走)に頭を悩ませる姉弟同様、冒頭からうっかり置いて行かれそうになる。子供らが両親の不在にあたふたしているうちに、すでに彼らは自宅のあるボストンを出発し、原題ともなっている“レジャー・シーカー”を走らせているのだ。つまり、わたしたちが初めて2人を目にするとき、旅はもうすでに始まっているのである。


 ジャニス・ジョプリンや、キャロル・キングなど、彼らが突き進む珍道中のお供である愉快な音楽。立ち寄ったハンバーガーショップで流れる店内BGMや、キャンプ場での小鳥のさえずりといった、旅先で耳にするその土地の音。それら映画を彩るいくつもの音たちによって、その鮮やかな旅の情景が耳に染み入り、私たちを一緒に連れ立ってくれる。


 彼ら夫婦が情熱的にあこがれの地を目指す姿は生涯現役であり続ける“青春モノ”のようだし、小気味よい2人のやり取りはまさに軽妙洒脱な“コメディ”である。そして美しい風景を捉えつつシチュエーションが変化していく“ロードムービー”に、絶え間なく尊い男女の“ラブストーリー”が重なる。本作を「ユーモアを忘れずに夫婦の愛を描ききった」と冒頭で評したものの、この夫婦には“愛”という言葉よりも“ラブ”の方が観ていてしっくりくる。それほどまでに“イケている”カップルなのだ。


 アルツハイマーにより現在と過去の意識が混濁する夫と、それについ根負けしてしまう妻のやりとりは、可愛らしくて可笑しくて、気がつけば2人のとりこになってしまう。時おり“過去”を生きる夫。しかしその夫に手を焼く妻は確実に“現在”を生き、終わりに向かっている。夫が今(この時)を忘れ、あの頃を生きることで、妻もまたほんのひととき若き日の自分を生きることができる。あの頃の熱い想いが蘇ってきたり、はたまた、知らぬ方がよかった秘密があらわになったり。


 この夫婦の姿を見ていて、ひとつの映画を思い出した。ミヒャエル・ハネケの『愛、アムール』だ。もちろん、あちらの2人は旅に出たわけではなかったが、本作と、ある種同じように老夫婦の“終活”を見つめた作品である。エマニュエル・リヴァ演じる妻・アンヌは、ジャン=ルイ・トランティニャン演じる夫・ジョルジュに、「イメージを損なう昔話はしないでね」と言っていたが、本作のジョンは意識混濁によりついついイメージを損なうような墓穴を掘ってしまう。


 『ロング,ロングバケーション』が終始“陽”な明るい雰囲気につつまれた作品であるならば、さしずめ『愛、アムール』は“陰”に位置づけられる作品だといえる。しかしあのラストの選択は、必ずしも悲嘆的なものだったといえるだろうか。本作でも、旅の終わりを目前にした夫婦の“ある選択”が行われるが、『愛、アムール』でのあの唯一開け放たれた窓のように、本作では澄み渡る青空がどこまでも広がっているのだ。


 この夫婦は最後の最後まで清々しい。「悲しい?」と問う姉に、何も言わずに首だけを振る弟。センチメンタルからはほど遠いラストシーン。そして夫婦のもとに集った人々の軽やかな足取りが示す通りである。


 互いに向け合う微笑みや、些細な諍い(とはいえ、あくまではたから見た他愛のなさだ)、静かに身を寄せ合う2人を見るにつけ、田舎にいる祖父母のことを思い出さだろう。この夫婦のユーモアに満ちた愛の煌めきは、2人と重なるようなすべての恋人たちに、きっと光を与える。


参考:“人肉食”は物語にとって味付け? 『RAW~少女のめざめ~』は誰もが共感できる青春映画だ


(折田侑駿)