2018年01月27日 10:02 弁護士ドットコム
「バス運転手の過重労働は、乗客のみなさんの命の安全を脅かすことに繋がりかねない」。181時間もの時間外労働を行い精神疾患を発症し、2017年11月に労災認定された観光バス運転手の男性。2017年11月に行った記者会見でそう訴えた。
【関連記事:ビジネスホテルの「1人部屋」を「ラブホ」代わりに――カップルが使うのは違法?】
国は悲惨なバス事故が起こるたび、再発防止に向けて法律や通達を改正するなどの取り組みを行っている。しかし、未だバス運転手の過重労働は深刻だ。
ネットでバスツアーを検索すると、「格安」「激安」といった言葉が踊っているが、その価格を実現するために、過重労働が生まれている面もある。一体、どのような構造問題があるのだろうか。
バス業界はこの20年で、大きな変化があった。それは2000年前後にバス事業の規制緩和が行われたことだ。事業の参入にあたっては路線ごとの「免許制」が廃止され、事業者ごとに要件を審査する「認可制」へと代わったほか、事業者自ら運賃を設定できるようになった。
その結果、バス事業は競争が激化していく。貸切バスの事業者数を見てみると、2000年に2864事業者だった事業者数は、2015年に4508事業者まで膨らんでいる。
前述のバス運転手の代理人で、これまで20年間バス運転手の労働問題を担当してきたという尾林芳匡弁護士はこう振り返る。
「人件費を抑えようとしても、元からいる労働者の賃金を下げることは法的に難しい。そこで、新しく安い賃金体系での子会社を作り、労働者を安く雇い入れる『分社化』が2000年前後から進んでいきました。
さらに、いまの労働基準法には時間外労働時間数の上限は定められていませんし、働き方改革の議論でも、1か月100時間『未満』までが議論されています。しかもバス運転手を含む自動車運転者は、この規制を先送りしようとしています。
拘束時間については、厚生労働省の告示で運転者の1日の拘束時間は16時間を限度とすることが決められていますが、長時間運転の規制としては長すぎます。2017年11月に記者会見した観光バスの運転手の事例では、月の時間外労働時間数が181時間でした。これほどの時間でも、珍しい数字ではありません」
こうして不規則な労働と低賃金化が進んでいった。
規制緩和後、悲惨なバス事故も相次いだ。
2012年に群馬県で7人の死者を出した「関越道高速ツアーバス事故」。この事故を受け、国土交通省は、旅行業者が客を募集して貸切バス会社に運行を委託する「高速ツアーバス」を廃止した。
こうして2013年8月に始まった「新高速乗合バス」制度により、乗合バス(路線バス、高速乗合バス)と貸切バス(高速ツアーバス、観光バス)に分類されていたバス事業は、高速ツアーバスが高速乗合バスに一本化された。
その中、今度は貸切バス事業者による事故が発生。2016年1月、長野県軽井沢町の国道でスキーバスが転落し、大学生ら15人が亡くなった。
この事故を受け、2016年12月に施行された改正道路運送法では、無期限だった貸切バスの事業許可を5年の更新制とするなど貸切バスについても厳罰化した。さらに悪質な法令違反をすれば1回でも事業許可が取り消しされるなど、行政処分の基準も厳しくなった。
法律や通達の改正がなされ、実効性はあったのだろうか。
2017年7月に総務省は独自に運転者と全貸切バス事業者にアンケート調査をした上で、国土交通省に5つの事項について勧告を行っている。これは2010年9月に引き続いて2度目だ。
勧告された1つに、貸切バスの運賃・料金制度がある。国土交通省は2014年4月に、貸切バスの運賃・料金制度を改正した。しかし、総務省のアンケートに回答した69事業者のうち、66.7%(46事業者)の事業者が運賃制度の下限を割って運行をしていたことが分かった。
その背景について交通労連・軌道バス部会の鎌田佳伸事務局長は、こうみている。
「貸切バスの事業者数(2013年度)は4512事業者なのに対し、車両が10両以下の事業者が3164事業者と全体の7割を占めています。その結果、運転手が足りなくても大手より安い値段を提示して仕事を引き受ける他、旅行会社から提示された金額を拒めないといった問題が起きている」
また、「旅行業者への手数料」についても問題視され、勧告が出た。鎌田事務局長によれば、バス業界の景気が良かった昭和40年代ごろから、旅行会社から仕事をもらったら20~30%をキックバックするという「業界ルール」があった。それが現在も慣習として残っており、結果的に手数料を差し引くと運賃が下限額を下回るケースが続出。貸切バス事業者を苦しめていた。
「国土交通省との検討会では、人の命が死なないと何もしないのかと何度も訴えてきました。悲しいかな、事故が起きないと話が進まないのです。でも、こうした動きでようやくまだ残っている悪質なバス会社は次第に減っていくのではないか」
こうした再発防止の取り組みに対して、尾林弁護士はこう話す。
「自由競争を野放しにせず、バス運転手が生活できるための賃金水準と労働時間数の規制を設け、それを守る実績のある事業者だけが営業できるようにするなど、認可制度を含め事業参入への規制も必要でしょう。
訪日外国人(インバウンド)観光を増やして日本経済の柱にしようとするのであれば、国は公共交通への助成やツアーの高速料金等の値下げなど、行政支援が必要なのではないでしょうか。バス労働者の過労を防ぐために、さまざまな工夫が必要です」
この1~2年、国土交通省は運行管理に関する義務をさらに増やした。2017年12月1日からは、営業所ごとに運行管理者を最低2人置くことが必須となり、違反すれば行政処分の対象となる。
鎌田佳伸事務局長は「これは悪質な事業者にとってハードルが高く、効き目があると思う」とみる。そして、何より大事なのはバスを乗る私たちの意識だとも強調した。
「なんでこんなに安いのだろうと思ったら、利用しないでほしい。設備投資を怠っていたり、運転手を過重労働させたり、何かが削られているから料金が安い。そして、事故が起きるのです」
(弁護士ドットコムニュース)