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「可能性は無限大」キリン・鍛治美奈登弁護士がインハウスを選んだ理由

2018年01月27日 10:02  弁護士ドットコム

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弁護士数が増えたことで、競争が激化していると指摘する声もありますが、活躍の場はさまざま。インハウス・ロイヤー(企業内弁護士)として働く弁護士も今では珍しくありません。今回、弁護士ドットコムニュースのインタビューに応じたのは飲料メーカー大手のキリン法務部で働く鍛治美奈登弁護士。いきいきとした表情で、やりがいを語りました。


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ーーまず弁護士としてのキャリアを振り返ってもらえますか


「2008年に弁護士登録(新61期)をして、司法修習でお世話になった事務所に入所しました。その事務所には修習時に2か月間在籍させてもらっており、個人や企業、国など幅広いお客様の色々な仕事ができるということと、訴訟を多く扱っていたということが入所を希望した理由でした。所属弁護士が個人として仕事を受任することも自由でした。5年半、在籍しました」


ーー当時担当して印象に残っていることは何でしょうか


「医療過誤事件で、病院側の代理人を務めたことが印象的です。医師の正義というのは原則として『多少リスクを冒しても病気を治したい』というもの。他方、患者さんは『医師に依頼したのだから、リスクを冒さずに安全に完治させてほしい』と考えます。それぞれに正義があります。


医療過誤はギリギリのところで起きるものだと思っています。通常、人を殺したい医師などいません。治そうと思って医療行為をしても、結果的に想定外のことが起こり、患者が死んでしまうこともあります。患者は医師が最善を尽くしたことを、医師は患者がどこまでリスクを取って治療を望んでいたのかを、お互い、わかち合うべきものがあるんじゃないかと思います。それぞれの当事者に他方の立場を踏まえて説得し、紛争を解決していくという仕事にやりがいを感じました。


紛争といっても、どちらかだけが正しいというのは稀で、それぞれの言い分に合理性があることが通常です。例えば、医師を責める判決ばかりだと医師が萎縮して、リスクを冒した医療行為をしなくなってしまい、結果的に、患者のためになりません。必ずしも弱者の主張をするだけが世のため人のためになるわけではなく、力を持っている側のマインドを内部から正していく方が弱者にとって利益になることもあるということを学びました」


●弁護士になって5年半、転職を決意

ーーその後、なぜ企業の中に入って働くことを選んだのでしょうか


「弁護士登録からおよそ5年半の間に、独立することを考えたこともありましたが、それまでの知識と経験だけで独立した専門家としてやっていけるのだろうか、と不安を感じて踏み切れないでいました。


5年半の経験のなかで、紛争解決や交渉能力はかなり鍛えられていました。ただ、経営を理解したアドバイスや海外案件への対応力は不十分で、私が目指す弁護士には程遠い状況でした。


例えば、私の依頼者のある会社が『海外に進出したい』と言ったときに、当時の私は何もアドバイスができませんでした。多くの弁護士は国内で事件を解決することは得意なのですが、これからの時代はそれだけでは社会のニーズに対応できないのではないかと感じました」


ーーそれで転職をすることを考えたのですね


「はい。そもそもビジネスを知らないと経営者の目標実現を支援できませんし、英文等の国際法務知識が無いと、海外のお客様や海外でのビジネスに対するアドバイスもできません。転職を決心したのは、グローバルに仕事をしてみたいという気持ちと、もっと経営に近いところで経営者のお手伝いがしたいという気持ちが強くなったからです。


あくまでも弁護士という存在は外部の第三者で、基本的には困った時にしか呼ばれません。もっと経営者の近くで、いいときも悪いときもお手伝いがしたいと思いました。そのためには私自身がビジネスの経験を積みビジネスを理解する必要があると考え、企業の中に入ることにしました」


●メーカーのシンプルなビジネス構造に共感

ーー数ある企業のなかで、キリンを選んだのはなぜですか


「キリン(株)には2014年7月に入社しました。もともと転職先はメーカーに絞っていました。それまでにいろいろな業界を見させてもらいましたが、ゼロからイチを生み出して、その生み出した価値に対して対価をもらっているというシンプルなビジネス構造が、性に合っていると思ったからです。


そして、メーカーのなかでも自分が好きなものを作っている会社の方が、より当事者意識を持って経営支援ができると思いました。転職エージェントに相談に行くと、キリン(株)がたまたま中途人材を募集していたのです。これまで、営業や人脈拡大、リフレッシュなどお酒には本当に助けられてきたので、この会社はピッタリだと。競合他社は募集していませんでした。まさにご縁なんです。


その他、キリンビバレッジの商品では『午後の紅茶』が受験時代のパートナーで、愛着がありました。レモンティー派でした」


ーーキリン法務部の弁護士として、印象に残っている仕事は


「2015年、東南アジアの『ミャンマー・ブリューワリー』を買収するときに担当させてもらいました。実際にミャンマーに行ってデューデリ(対象会社に法務リスクがないかチェックすること)をして、買収当時はミャンマー・ブリューワリーには法務部がなかったので新たに設置することを提案させて頂きました。


キリンでの仕事は想像以上に面白く、ここでの経験を積みながら、もっと経営に近いところで法務の知識を使って経営アドバイスができるようになりたいと思っています」


ーー弁護士の観点からあえてキリンにアドバイスするとしたら何かありますか


「キリンはすごく誠実で、パートナーとして取引先を見ている会社なので、いいところはいっぱいあります。その反面、ビジネス条件の交渉において御人好しすぎると感じる時もあるので、足元を救われないように、冷静に戦略的に交渉した方がいいのにと思うときはあります」


●中高ではジャーナリストや外交官に関心

ーーそもそも鍛治さんは小さい頃から弁護士を目指していたのですか


「大学に入ってからです。中学・高校の時はジャーナリストや外交官に興味がありました。世の中を見る尺度として法律というものを身に付けたいという思いで法学部に入ったくらいで、弁護士という仕事は全く意識していませんでした」


ーーどんな学生時代を過ごされたのですか


「中学・高校とバレーボール部だったこともあり、大学ではバレーボールサークルに入りました。アルバイトは塾の講師をして高校生に教えていました。バンドが好きで、時々友達とドラムを叩いたりもしていました」


ーー弁護士を意識したきっかけは何でしょうか


「大学2年生の時、大学OBがやっている法律事務所でアルバイトをするという経験をさせてもらいました。相談者のみなさんが帰られる時に『先生、ありがとうございます』と言われていたのを見て、『感謝される仕事っていいな』と思ったのがきっかけです。


自由で自立していて困っている人を助けられて、かつ、ありがとうと言われる仕事はやりがいがあるんじゃないかと思いました。大学2年生の秋に周りの友だちと一緒に司法試験の予備校に入りました」


●試験勉強中の自分は「修行僧」。飲みながらも法律話

ーー司法試験の勉強はやはり大変でしたか


「最初の頃は民法が一番つらかったです。覚えないといけない科目よりも、考える科目の方が得意でした。例えば当時の刑法の問題は、条文を細かく知らなかったとしても論理的に考えやすい科目でした。一方、条文の数が1000以上もある民法は、そもそも知識がないと話になりません。そこで、ひたすら条文の素読をしました。


初挑戦の試験は大学3年生の5月にあった択一式(旧試験)。勉強を始めてから半年くらいでの受験でした。やはり現実は甘くなく、落ちてしまいました。運試しという気持ちもありましたが、やはり落ちると悔しい。そこからギアが変わって、約1年間は本当に勉強しました。


ちょうど同級生は就活を始めていて、世の中が広がって楽しそうだなぁと思い、なるべく近づかないようにしていました。自分は修行僧のようなイメージで。お酒を飲むのも受験仲間と、飲みながらも法律の話をしているような状況でした。


大学4年生の5月、択一試験(旧試験)には受かりました。ただ論文には太刀打ちできませんでした。その年にロースクールの入試があって中央と慶応に受かり、学費が全額免除だった中央を選びました。親に迷惑をかけたくないという思いが強かったです」


ーー合格できるかどうか、焦りはありましたか


「ものすごい焦りがありました。社会に出られていない、出遅れているという感じです。実は新試験(司法試験)は1回しか受けないと決めていました。それだけやりきって1回目の試験を受けようと思っていて、仮に落ちたら就活をして企業の法務部に行く道を探そうと考えていました」


ーーそれでも見事に新試験の1回目に合格されました。司法修習はどちらで


「修習は東京(本庁)でした。検察官と裁判官の両方とも魅力的で迷ったのですが、自分の親も公務員なので良さも窮屈さもわかっていて。特殊な組織だと、不条理も沢山あると思うんです。


基本的に不条理に流されないよう、自分が思う正義を貫きたくて法律を学んだというところがあるので、『原理・原則から考えたらこうでしょ。それおかしくないですか』と言える人間になりたかったんです。なので、せっかく司法試験に合格したのだから、自由で自立した弁護士の経験を積もうと思い、弁護士を選びました」


●愚直にコツコツ、弁護士の活躍の幅は広い

ーー弁護士を目指している人にメッセージをお願いします


「弁護士数が増えたことで、競争が激化していると指摘する声もありますが、仕事が全くないということはまずないです。可能性は無限だということを日々感じています。私自身、このままインハウスを続けてもいいし、外部の法律事務所に戻ることもできるでしょうし。こういう選択肢の広がりは、弁護士資格を持っているからこそだと思います。


『弁護士でも楽に食べられなくなった』という指摘もありますが、正直な感想としては、今までは合格者が少なかったので、弁護士間の競争が甘かったのだと思っています。世の中の他業種の皆さんは当たり前に自由競争をしているわけで、それらの他業種と同じになっただけだと思います。


愚直にコツコツ頑張っていけば普通に食べていける仕事だと思います。ズルして大儲けしようなどと卑怯なことを考えたり不正をすると厳しいでしょうが、コツコツ専門知識と経験を身に着け、お客様の信頼を得てやっていけば、まだまだ稼げる仕事だと思っています」


【プロフィール】鍛治 美奈登(かじ・みなと)弁護士。1982年生まれ、富山県高岡市出身。中央大法学部卒、中央大法科大学院卒。趣味は旅行、ドライブ、音楽鑑賞。父親が転勤が多かった影響で、新しい環境に慣れるのが得意。幼少期は世話焼きの女の子。


(取材:弁護士ドットコムニュース記者 下山祐治)早稲田大卒。国家公務員1種試験合格(法律職)。2007年、農林水産省入省。2010年に朝日新聞社に移り、記者として経済部や富山総局、高松総局で勤務。2017年12月、弁護士ドットコム株式会社に入社。twitter : @Yuji_Shimoyama


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