MotoGPでも全日本ロードレースでも、何かと話題の2018年シーズン。今回はスペシャル企画として、中上貴晶にロングインタビューを行った。インタビュー後編では、中上がMotoGPライダーたちの印象と所属チームのLCRホンダ、チームメイトのカル・クラッチローについて語る。
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前編で語ったとおり、中上貴晶は2017年に行われたテストを通じてMotoGPでクリアしなければならない、さまざまなハードルを承知していた。そのテストでともに走ったMotoGPクラスのトップライダーたちとの差について、中上は冷静に分析する。
「僕はゼロからスタートしたばかりなので、レプソル・ホンダ・チームのマルク・マルケス選手やダニ・ペドロサ選手、あるいはモビスター・ヤマハMotoGPのバレンティーノ・ロッシ選手など、MotoGPライダーたちの本当のスゴさはわかっていません」
「もちろん彼らと一緒に戦うことを目標にしてMotoGPを観ていましたから彼らのスゴさは感じていますし、リスペクトもしています。ただ、彼らに自分がどこまで近づくことができるかどうかは、正直言ってまだ未知数です」
「例えば2018年シーズンを戦い、ランキングやポイント差、タイム差という具体的な数字が出てきたところで、彼らの本当のスゴさがわかるのではないかと思っています」
今はまだ、MotoGPクラスのトップライダーとの距離を正確に測ることはできない。中上がMotoGPクラス初年度の2018年シーズン、ターゲットとするのはMoto2時代に後塵を拝したライダーたちだ。
「2017年のMoto2チャンピオン、フランコ・モルビデリ選手とランキング2位のトーマス・ルティ選手が、僕と同じホンダのマシンでMotoGPクラスにフル参戦を開始します。Moto2でふたりに負けた僕はまず、彼らに勝たなければいけません」
「LRCホンダのチーム監督を務めるルーチョ・チェッキネッロさんにも、『(ふたりには)絶対に負けるな!』と言われています。彼らを上回る成績を残し、ルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得することが、MotoGPクラスにおける第一の目標です。MotoGPクラスでふたりに勝つことができれば、自分に対する周囲の評価も変わります。今年は将来にかかわる一年だと思うんです」
モルビデリ、ルティを上回る成績が必須だと考えている中上。中上はその結果を手に入れる「チャンスがある」と感じている。
「すべてをポジティブにとらえると、自分がアドバンテージを得られる可能性のある選択肢が多い、ということでしょうか。レギュラーメンバーとしてMotoGPクラスのテストに参加してあらためて思ったのは、全員がプロフェッショナルだということです」
「タイヤやサスペンションはもちろん、走行データの解析、マッピングの製作などなど、各部門の専門家が、僕を速く走らせるために全力を尽くしてくれます。もちろん2017年末のテストでは戸惑うこともありましたけどね」
「Moto2時代は走行が終わった後、チーフエンジニアと1対1で話をして方向性を決め、メカニックに作業内容を伝えていました。それがMotoGPではピットに戻ってきた僕を10人近くのスタッフが迎えて、僕のコメントを聞く。その後でさらに、各担当者が細かな質問をしてきます」
「でも基本的にはマシンをセッティングするのは僕ではなく、細かな項目ごとに分かれているスタッフたちがやってくれます。僕は、ライダーとしてやるべきことに集中すればいい。タイムを出しつつ、走行中に自分が感じたことを適切にスタッフに伝えるだけでいいわけです。解決策はそれぞれの専門スタッフが考えてくれて、最終的なマシンのセッティングは、チーフエンジニアがまとめてくれます」
ひとりのライダーにつくスタッフの数がMoto2時代とは違う。そしてそのひとりひとりがプロフェッショナルだ。そこでは、中上はライダーというプロフェッショナルに徹することができる。
「当然、そこに応えるべき精密なコメントを残すことができるかどうか、という僕自身の課題もあります。『さらに繊細に(RC213Vを)走らせなければならない』と痛感もしています」
「一方で、プロフェッショナルライダーとしてやるべき仕事をまっとうすることができれば、各分野に特化したプロが自分を支えてくれるのがMotoGPクラスなんです。そこでライダーとして自分が正しくフィードバックできれば、アドバンテージを確実に得ることができます」
中上が正確にRC213Vを把握し適切なコメントをすれば、チームはそれに応えてくれる。それが中上自身にとってライバルに勝つための要素になるというのだ。中上の話から、彼がすでにチームに信頼を寄せていることがわかる。
■理解ある監督と驚くほど助けてくれる先輩
所属チーム、LCRホンダについて中上は「僕がルーキーであることを理解して、全員が気にかけてくれるアットホームなチームです」と語る。
「僕が余計なストレスを感じることなく、走ることに集中することができるような環境づくりを優先してくれるんです。いいチームに入ることができてよかったと思っています。自分は、本当に恵まれていると思いますね」
とはいえ、チーム監督のチェッキネロにはときに、厳しいことを言われることもあるという。チェッキネロは1993年から2003年まで世界選手権125ccクラスに参戦したが、通算7勝を挙げながらもチャンピオンまで到達することができなかった。だからこそ、頂点に立つためには何が必要なのかを、リアルに知っている人物でもある。
「ルーチョさんには『オマエにとって本当に大事なシーズンなんだから、100%以上の実力を発揮するつもりで取り組んでほしい』と、言われました。でも一方で、『これ以上いけない、と自分で壁をつくってほしくない。タカには、絶対に持っているものがある』と」
チームに居心地のよさを感じているとともに、チームメイトのクラッチローとの関係性も良好だという。ワイルドな風貌と愛嬌あるキャラクターで、日本人MotoGPファンの間で親しまれているクラッチローは、中上にとってよき先輩MotoGPライダーという存在になっているようだ。
「チームメイトのクラッチロー選手の存在は、僕にとって非常に大きな助けになっています。常に笑いをとりたい、という方なので、ピットでは僕がイジられる対象になることもありますが……テストでは、ビックリするほど助けてくれたんですよ」
「カル選手は本来、自分のパフォーマンスを上げるだけでよくて僕の成長などまったく考える必要はないのですが、テストでタイミングが合ったときには『後ろについてこい!』と指示してくれたり、逆に僕の後ろについて走りを観察してくれました。そのうえで、本気でアドバイスを言ってくれるんです」
「2017年11月はバレンシアテストの後に同じスペインのヘレスでプライベートテストを行っていますが、そのときもカル選手は『バレンシアのときよりも全然いい。でもここは直したほうがいい』と心からのアドバイスをくれました。LCRホンダというチーム全体はもちろん、自分はチームメイトにも恵まれていると、改めて感じました」
■超えるべき“壁”はタイム差だけではない
その2017年11月14~15日に行われたバレンシアテストでの中上の成績は、2日間総合で18位。11月22~24日のヘレステストでは、1日目に11位、2日目に12位にとどまった。しかし、トップとのタイム差でみるとバレンシアテストでは約1.8秒差、ヘレステストでは約1.3秒差。ルーキーとしては、充分に期待できる僅差で2017年のテストを終えている。
「その1秒ちょっとに、自分が乗り越えなければならないものが凝縮されているのは、充分承知しています。ひょっとしたら、今はわかっていないとてつもなく大きな壁があるのかもしれません」
“壁”はタイム差だけではない。レースウィークをどう進めるのかという点でも、MotoGPクラスなりの考え方が必要だ。
「MotoGPクラスでは金曜日から始まるセッションの進め方においても、勉強することはたくさんあると感じています。Moto2ではフリー走行でタイムを出すことができなくても、予選でタイムを出せば何とかなる、という考え方が成立しました」
「でもMotoGPクラスの予選はMoto2、3とはまったく異なり、土曜日午前中のFP3までに出したベストタイムによって、最終グリッドを決める予選2回目に進出できるライダー10名が絞られます。そこに進出するため、ルーキーの僕はFP1からタイムアタックするつもりで走らなければならない、と思っています」
FPでは決勝用のタイヤを選択し、そのタイヤに合わせたセッティングを詰めていく作業もある。予選を有利に進めるためのベストタイムを出す走りは、その作業とはまったく異なる場合もある。
「それも含めてのMotoGPクラスの戦いを短期間で理解し、結果を出すことが僕たちルーキーに求められていることだと思っています。ケガなく、常に最高のパフォーマンスを発揮することはもちろん、『コイツはやっぱりMotoGPに上がってくるだけあるな』と思われるようなパフォーマンスを、僕を選んでくれたホンダやチームはもちろん、ファンのみなさんにも見せなければいけません」
「そういうプレッシャーはもちろん、感じています。でも重荷だとは思っていません。MotoGPって、すごく厳しい世界ですよね。トップライダーたちは勝てなくなると、それだけで叩かれてしまいます。それだけ世界中のみなさんが注目し、評価してくださる世界なのです」
中上がやるべきこと、学ぶべきことは多い。当然ながら注目度もMoto2時代とは段違いだろう。求められる成績も承知している。それでも中上の心は一途にMotoGP最高峰クラスの頂点に向かっている。
「僕は小さいころからMotoGPクラスに参戦することを夢見て、挑戦を続けてきました。挫折したこともたくさんあります。でもそこでどんなに辛いことがあっても、MotoGPを走りたい、そこで頂点を極めたい、という目標があったからここまで到達することができました」
「その夢の舞台に立つことができたのですから、迷うことはありません。いや、細かな部分で言うと迷うことは、これから先もたくさんあると思います。でも、そこで自分の気持ちがブレることはありません」
そうきっぱりと言い切った中上の目に“迷い”は見当たらない。常にポジティブな姿勢でありながら冷静に状況を把握している中上。『彼は本当に、MotoGPの頂点を極めるのではないか』……そう思わされるに充分だ。
2018年、中上貴晶はMotoGPライダーとして走り出す。