トップへ

『anone』第3話はクライムサスペンスに “虚実の対比”描いた水田伸生の巧みな演出

2018年01月25日 14:32  リアルサウンド

リアルサウンド

写真

 林田亜乃音(田中裕子)が隠し持っている裏金を奪うために、亜乃音の娘と勘違いして辻沢ハリカ(広瀬すず)を誘拐した持本舵(阿部サダヲ)と青羽るい子(小林聡美)だったが、ハリカを監禁した持本のカレー屋には、なぜか西海(川瀬陽太)がモデルガンを改造した銃を持って隠れていた。西海に脅され、持本は拘束。青羽はハリカの親(だと思い込んでいる)亜乃音に、娘が誘拐されたので身代金を払って欲しいと伝えに亜乃音の元に向かう。


参考:広瀬すずは田中裕子の怪演とどう対峙する? ドミノ倒しのような『anone』第2話


 3話の物語は一言でいうと誘拐モノで、一種のクライムサスペンスだ。物語はカレーショップで監禁された西海と持本、印刷工場での亜乃音と青羽のやりとり、そしてついに正体が見え始めた瑛太が演じる謎の男・中瀬古理市の行動を追う3シーンを交互に見せていく。


 次々と状況が変わっていく中で翻弄される人間たちを描く坂元裕二の脚本だが、今回は水田伸生の巧みな演出がとても印象に残った。


 リアルな画作りに定評のある水田演出だが、今作の場合はテーマであるニセモノと本物、日常と非日常といった虚実の対比が映像レベルで描かれている。


 元々、寂れた印刷工場で偽札を印刷しているという状況自体が、日常のすぐ隣にある非日常という感じだが、逆にカレー屋で西海が監禁する持田に対して、丁寧な言葉で慣れない恫喝をしている最中に、LINEの着信音がチャカチャカ鳴っている時の何とも間抜けな感じは、犯罪という非日常の状況に放り込まれても、人間は簡単に変わるわけでなく、日常の延長でしか行動できないことを燻り出している。


 また、中世古が家で弁当屋のサービス券を作る場面。おそらく偽札を作ったのは彼なのだろうが、この場面の映像の暗さと散らかり具合は尋常じゃない。第1話でカレー屋の照明が明るすぎることを青羽が指摘するが、あれはテレビドラマの画面が異常に明るくてピカピカなことに対する皮肉に聞こえると同時に、これからこのドラマは、この暗い照明で物語を紡ぎますよという宣言にも思えた。


 さらに、ドラマに登場する家はモデルハウスをそのまま使ったような、綺麗すぎて生活感がないものになりがちなのだが、中世古の部屋の機材で散らかったテーブルでコンビニ弁当を食べてる画面の雑然とした感じは、逆説的に中世古が何らかの理由で家族と別れて、今の殺伐とした暮らしをしているという“生活感の無い生活感”がよく出ている。


 今回は足元の芝居も印象的だった。


 まず、印刷中に訪ねてきた花房万平(火野正平)を、亜乃音が迎え入れて世間話をしながら、足元にある偽札を隠そうとゴミといっしょに蹴る場面。日常の中にある非日常が強調されている。


 次に、一緒にタバコを吸った亜乃音と青羽が、足元に落ちたタバコを踏み潰して火を消す動作を一緒におこなう場面。これは通貨偽造という、偽札を刷った罪の共有を2人がしたことを印象付ける。


 そして身代金を払い、解放されたハリカに亜乃音が駆けつけるシーンで、亜乃音の靴が脱げる場面。ベタではあるが、亜乃音がどれだけハリカを心配していたのかがよくわかるシーンだ。


 亜乃音は定期預金の1000万円を解約してでも、赤の他人であるハリカを助けようとする。助けた理由を聞かれて「なんでだろうね」と、ふわっとした感じで答える田中裕子の表情が素晴らしい。


 一方、西海は偽物のモデルガンで相手を脅迫して現金を手に入れる。しかしそれは偽札で、最後には自分を(偽物)の銃で撃って命を落とす。


 足元が強調されるのは、本作が地を這うような暮らしをしている人しか登場しないドラマだからだろう。一方で印象に残るのは空の高さと、遠くに見える風力発電所の風車と、煙が黙々と出る煙突だ。それらはちっぽけな人間を見下ろす神の視線のようだ。(成馬零一)