MotoGPでも全日本ロードレースでも、何かと話題の2018年シーズン。今回はスペシャル企画として、2018年からMotoGPクラスにフル参戦する中上貴晶にロングインタビューを行った。前編では中上がホンダのMotoGPマシン、RC213Vの印象についてこと細かに語る。
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2018年シーズンのMotoGPが1月28~30日、マレーシア・セパンテストから始まる。このMotoGPクラスの公式テストに4年ぶりのフル参戦ライダーとして登場するのが、中上貴晶だ。
2018年、LCRホンダ・イデミツのライダーとしてMotoGPクラスに参戦する中上には、国内だけでなく海外からもたくさんの期待が集まっている。やることはたくさんあり、とんでもないプレッシャーがかかっているはずなのだが、中上はテストが「楽しみでしかない!」と言う。
「レギュラーメンバーとして初めて参加した2017年11月のバレンシアテストでは、確かに『自分は注目されているんだな』と実感しました。走り始める前から、たくさんのメディアさんがピット前で待ち構えているんです。これは今までにないことでしたね」
「(そのときは)さすがに少し緊張しましたけれど、プレッシャーよりもワクワク感、ドキドキ感の方が上回っていました。少年時代に戻ったときのような感覚です。『憧れていた世界で、自分は本当に戦うことになるのだ!』と実感できたんですから」
「期待されている、注目されているというプレッシャーよりも、最高峰クラスのライダーたちと同じ土俵で戦うことが実感できた。それがうれしかったです」
中上は2007年に世界選手権125ccクラスにワイルドカード参戦。翌2008年から125ccクラスにフル参戦を始め、途中2年間の全日本ロードレース選手権参戦を挟んで、2012年から2017年まではMoto2クラスで戦い続けた。
世界選手権でのフル参戦のキャリアは実に8年。MotoGPクラスは決して別世界ではなかった。やるべきことは承知している。それでもホンダのMotoGPマシン、RC213Vは中上に別次元のショックを与えた。
「想像していたつもりなのに、それでもRC213Vは驚異的でしたね。これまで乗っていたMoto2マシンは、マシンを扱いきれないと思ったことはありません。(Moto2マシンは)『これ以上攻めるとマシンの限界を超えて転んでしまう』と感じることができるんですね」
「ところがMotoGPマシンは、そんなことをいっさい感じさせないんですよ。マシンを構成するすべての性能が高いんですが、いちばんはそのパワーでした。シームレストランスミッションが組み合わされての加速は感動的と言えるものなのですが、実際に操ってみるとまったく違う次元に入ります」
600ccプロダクションマシン用ベースのエンジンを搭載するMoto2マシンに対し、MotoGPマシンは純粋なプロトタイプ。公称する最高出力は180Kw(245ps)以上、実際は220Kw(300ps)に達するといわれており、さらにシフトチェンジ時に発生する駆動力の途切れは“シームレスミッション”によって極限までゼロに抑えられている。
「本当にシフトアップしたときのショックがないんです。実際には完全なゼロではないのですが、感覚的にはギヤチェンジしたとき、マシンは1ミリも動きません。結果、加速時には猛烈なパワーが常に発揮され続けるわけです」
「それをわかっていたはずなのに、どうしても体が後ろに持ってかれてしまう。振り落とされないよう体を前に押しつけながら、ハンドルにしがみつく形になってしまいます。そんなこと、MotoGPマシンだけです」
■電子制御が介入する難しさ
当然プロのレーシングライダーとして鍛えているはずの中上ですら何とかしがみつかねばならないというから、MotoGPマシンは相当な暴れ馬なのだろう。
もちろん、MotoGPマシンは電子制御がライダーの走りをサポートする。しかし、それは同時にマシンの本来の力をセーブしているということでもある。制御をうまく使いながらもそれに頼りすぎずにMotoGPマシンを走らせるには、そのための技が必要だ。
「電子制御はライダーを助けてくれます。もっともわかりやすいのはウィリー制御ですね。スロットルを開けるとフロントが浮き上がっていきますが、そこで過度のウィリーを防ぐため、制御してくれます」
「でも、制御がかかっているということはパワーを落としている、ということです。マシンが発揮できる本当のエンジンパワーを落としてしまう。それでは速く走れません。いちばん効率がいいのは制御に頼らず、自分のスロットル操作でコントロールする走りです」
「制御そのものはライダーを守ってくれるものとして絶対に必要なのですが、利かせすぎてもタイムは伸びない。ギリギリのところまで自分でコントロールする走りが求められます。そのために、MotoGPライダーたちが他のクラスにはない、さまざまなテクニックを駆使していることも知りました」
「例えば、リヤブレーキ。MotoGPクラスでは加速時にも使っています。スピードを落としてしまうことになってしまうのでMoto2時代に加速で(リヤブレーキを)使ったことはありませんが、MotoGPクラスでは制御を利かせずにマシンをコントロールするアイテムのひとつとして使います」
「スロットルを開けて加速しながら、リヤブレーキペダルを踏んでウィリーを抑える。バレンシアテストのデータでは、チームメイトのカル・クラッチロー選手が1周する間に90%以上リアブレーキを操作しているのに対し、自分は20%ぐらいしか踏んでいませんでした」
中上が身につけるべきことは他にもたくさんある。シフトダウン時においても機能するシームレスミッションはクラッチレバーを使うことなく滑らかな減速をもたらしてくれるが、MotoGPクラスでしか使用が許されていないカーボン製のフロントブレーキディスクは、独特のクセを発揮したうえで、強烈な減速性能を発揮する。
「Moto2やMoto3で使っているフロントブレーキディスクはステンレススチール製なので、気温や天候に関係なくブレーキレバーを握れば普通のバイクと同じように効力が立ち上がってきます。ところがMotoGPマシンに装着されているカーボンディスクは、熱が入らないとほとんど利かないんです。コースに出た当初は、ビックリするほど利きません」
「ところがレバーを握って1~2秒すると、急激に効力が立ち上がり始めて猛烈に利く。『ウワッ! 利かない!』と思って強く握ると、急に“ガコーンッ!”という具合にね。ビックリブレーキみたいになってしまうんです……」
MotoGPライダーたちはディスク温度を適切な状態に維持したうえで、止まるためではなく限りなく速く走るためのコントロールを行う。シームレスミッションによる猛烈な加速にブレーキングによる強烈な減速など、技術面でも身体面でもライダーにかかる負担は計り知れない。「(走行中は)体を休ませられる瞬間がないですよ」と中上は笑う。
「コーナーを立ち上がっていきますよね。シームレスミッションはシフトチェンジしたときのショックが感じられないどころか、ペダルを踏むというのではなく触れるだけでシフトアップしてくれるようなすばらしいものなのですが、MotoGPマシンはフルパワーを発揮しながら、ほとんど回転を落とさずに加速していきます」
「その加速力に置いていかれないようマシンにしがみついていると、すぐに次のコーナーがやってきます。カーボンブレーキの猛烈な減速力に対応するため全力を使って体の姿勢を整えつつ車体を寝かせて旋回し、スロットルを開けていく」
「するとRC213Vは再び猛然と加速を始め……でもそこでリヤタイアを滑らせたり、フロントを浮かせたりすると制御が利いてしまうので、冷静にスロットルを開けながらリヤブレーキも操作して……。指先までの全神経を常に使って、マシンをコントロールする必要があります」
常に全身でコントロールしなければMotoGPマシンを操ることはできない。唯一、シームレスミッションによりクラッチレバーを操作する必要がない左手が少し楽だというが、そのかわり左手には別のやることがある。
「制御モードを走りながら変更する作業をするのは左手です。レース中の状況に合わせてボタンを押してマップを変えていく。これも覚えなければいけません。そういう意味では、(シームレスミッションによって)やることは少なくなっているけど、覚えることが多いんですよ」
RC213Vの走らせ方や操作に加えて、MotoGPクラスではタイヤ選択が重要な要素だ。2016年からワンメイクタイヤを供給しているミシュランは各ラウンドでソフト、ミディアム、ハードという、基本的に3種類の選択肢を用意する。もちろん、各ラウンドのコースレイアウトや想定される気温、路面温度に合わせたものだ。
「Moto2でも前後2種類からタイヤを選ぶことができましたが、非常にシンプルでほとんどのライダーが同じものを選びます。(Moto2タイヤサプライヤーの)ダンロップも『レースで使うのはこっちです』と想定して用意しているんです。もちろんフリー走行で2種類とも確認しますが、その確認作業はすぐに終わってあとはバイクのセッティングに集中できます」
「ところが、MotoGPクラスはまったく違うんですよ。各ライダーがどのタイヤを選んだのかはテレビ放送でも表示されるのでみなさんご存知かもしれませんが、ライダーの走らせ方やマシンの違い、セッティングの違いによってチョイスは様々になります」
「ハードを選ぶ人もいれば、前後ともソフト、というライダーもいる。ソフトだからグリップが高いけどタイヤライフは短い。ハードは温まるまでに時間がかかるけれどライフは長い、という単純な考え方は通用しません」
「僕はまだミシュランタイヤの特性を理解しきれていない段階で、2017年末のテストでは2018年用タイヤのテストを行っていません。開幕戦までにさらに理解を進め、マシンと自分の走りに合わせたタイヤを選ぶことができるような状況まで持っていかなければいけません」
■後編へ続く。チームメイトのカル・クラッチローは熱血アドバイスをくれるよき先輩