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目撃せよ、中国アニメ復活の瞬間! 『西遊記 ヒーロー・イズ・バック』の高揚

2018年01月22日 10:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 世界的に有名な伝奇小説『西遊記』を基にした中国のアニメーション映画『西遊記 ヒーロー・イズ・バック』。経済成長著しい中国国内で、192億円の興行収入を記録し、中国制作の劇場アニメとして歴代最高の大ヒットを果たした作品だ。


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 本作『西遊記 ヒーロー・イズ・バック』は、なぜ中国で、これほどまでに観客に受け入れられる作品になったのだろうか。ここでは、中国のアニメーションの歴史を紐解き、その疑問を解明しながら、本作が中国アニメの“復活”を遂げる象徴になったといえる理由について考えていきたい。


■世界に進出を始めた中国アニメ


 安価な労働力を求めて、様々な業種が中国に進出したように、アニメーションの業界においても、80年代頃から中国が日本の作品の下請けを行ってきた歴史がある。日本の作品では、中国の名前が出ることを嫌い、作業を行った会社やスタッフの名前がクレジットされないことも多かった。


 だが時間が経ち、中国の急激な経済成長を経て、状況は変わってきたようだ。下請けよりも国内でアニメ作品を制作する方が利益を生み出せるということで、自国の作品が急増し、必要となる作業量を埋めるために日本のスタッフが引き抜かれたり、日本の会社が下請けを任されるケースが出てきているという。


 この逆転現象は、むしろ必然的な流れだといえるかもしれない。日本のアニメーションのスタッフの困窮は、業界の外にも広く知れ渡った社会問題である。この海外への才能流出は、日本の業界が問題を放置し続けた結果でもあるはずだ。


 「アニメ作品のカンヌ映画祭」と呼ばれる、アヌシー国際アニメーション映画祭。2017年は、『夜明け告げるルーのうた』、『この世界の片隅に』が揃って長編部門で受賞を果たし、日本のアニメーション作品が底力を見せた。しかしそこで開かれた、世界中のバイヤーが集うマーケットでは、中国制作の作品を紹介・販売するブースが、日本のブースの数倍の規模で賑わっていたという。


 その作風は、下請けを行っていた日本からの影響が大きく、日本の手描きアニメと見分けがつきづらいものも多い。だが同時に、ディズニーやピクサーなどを中心に、世界的な潮流となりつつある3DCG作品に果敢に挑戦している作品も多く出てきている。それは、広く海外向けに売れるものを発信しようという試みでもある。本作『西遊記 ヒーロー・イズ・バック』もその一つなのだ。


■『西遊記 ヒーロー・イズ・バック』の高揚


 本作は『西遊記』を大胆に翻案し、新しい物語を作り上げている。石から生まれた猿・孫悟空が、天界で我が物顔に振舞い大暴れしたことから、お釈迦様によって五行山に500年の間、封じ込められたというところは、原作と同じだ。しかしその封印を解く三蔵法師は、偶然に五行山に迷い込んだ、仏僧として修業中の小さな少年という設定である。


 封印を抜け出した悟空は、昔はヤンチャに暴れまわった不良青年が、中年に差し掛かって疲れを見せたような、やさぐれた風貌だ。彼は片腕にはめられた環によって、本来の神通力が十分に発揮できないことで、常に苛立っている。悟空は強大な敵との戦いの中で、「少年のあこがれ」であった昔の自分を取り戻そうと奮闘するのだ。


 製作に8年かかったという本作のなかで強烈に印象付けられるのは、ビジュアルの作り込みだ。3DCG映像を20年以上にわたって手がけてきた田暁鵬(ティエン・シャオポン)監督だけあって、中国の険峻な山や、風情ある街並みなど、狂気すら感じさせる密度の濃い画面づくりには圧倒される。そして漫画『DRAGON BALL(ドラゴンボール)』を思わせる、カンフーやエネルギー波が飛び交う、ド派手なバトルシーンも痛快だ。


 しかし、キャラクターの動作にぎこちない箇所があったり、作り込んだ部分と、そうでない部分に大きな差が生じていたりなど、アニメ製作の習熟度の面で不慣れなところが散見される。人物の掘り下げや、ユーモアのセンスも弱く、全体的に荒削りな印象を受けるのも否めない。それは田監督が、アニメーション映画監督として初の仕事ということもあるが、同時に中国アニメ自体の経験値の少なさをも示しているように感じられた。


 だがそれでも、ついに悟空が本来の力を取り戻し復活する場面では、しびれるほどに凄まじい量の熱気を感じ、それら欠点を些細なものだと思わせるほどの力が与えられているように思われた。このシーンは、なぜこんなにも胸を熱くさせるのだろうか。


■洗練を極めた「上海アニメーション」


 もともと、アジアで最初の長編アニメーション映画を作ったのは中国だ。その題材になったのは、やはり『西遊記』である。日本軍に上海(シャンハイ)が占領されていた時代、多くの映画会社が制作の中止を余儀なくされるなか、中国アニメーションの第一人者である、双子の万(ウォン)兄弟を中心に、ディズニーのアニメ作品と勝負できるものを作ろうと、力を合わせ取り組んだのが、名作として知られる『西遊記 鉄扇公主の巻』(1941)だった。


 「上海アニメーション」とも呼ばれる「上海美術映画製作所」の作品は、60年代に洗練の極みに達する。『牧笛』(1963)のような、中国の水墨画をそのままアニメーションにするという離れ業を成し遂げ、技術的にも芸術的にも、世界のトップで勝負できる圧倒的な作品を作り上げることになる。


 娯楽面では『大暴れ孫悟空』上巻(1961)、下巻(1964)が人気を博した。主人公・孫悟空の、顔が白く塗られた突飛なキャラクター・デザイン、そして優美かつ豪快な動きは、京劇のそれを思い起こさせる。このように「上海アニメーション」は、ディズニーの影響から脱却し、中国の歴史的な文化を活かした、東洋的な美学があふれる傑作を作るまでに至ったのである。この洗練されたデザインの孫悟空は、「サントリー烏龍茶」のCMにも起用されたことがあるので、記憶に残ってる人も多いはずだ。


 しかし1966年から1976年までの文化大革命の影響下の中国では、アニメーションは思想的に「反革命的」なものだとされたことで、世界的な存在へと登りつめたアニメ文化は衰退の一途を辿ることになる。その後、『ナーザの大暴れ』(1979)や『西遊記 孫悟空対白骨婦人』(1985)のような素晴らしい作品もあったものの、中国のアニメーションは、日本の後塵を拝するようになる。革命の爪痕による文化の断絶というのは、これほどまでに深刻だったのだ。


■目撃せよ、中国アニメ復活の瞬間


 『西遊記 ヒーロー・イズ・バック』が、センス、技術ともに洗練の極みにあった、黄金期の上海アニメーションの高みに、まだまだ追いついてないというのは確かである。だがその状況は、まさに天界から下界に落とされて、長年の間、岩の中に閉じ込められたことで、かつての力をうまく取り戻せないでいる孫悟空の姿そのものではないか。


 中国アニメが世界に打って出るのだとすれば、その狼煙(のろし)は、やはり『西遊記』でなくてはならなかった。ストーリーを大きく変更してまで本作が表現するのは、その“復活”という一点である。象徴的な存在である孫悟空の境遇に寄り添い、その輝かしさを取り戻すまでを描くことで、本作は、かつて世界の頂点へと登りつめようとしていた中国アニメーションが虐げられた歴史を背負う作品になった。


 その苦難の歴史が土台にあることで、本作の「孫悟空復活」は、表面的なストーリーを超えたところで感動を与えるものになっているのだ。そして、そこで3DCGという新しい表現が駆使されることによって、中国のアニメーションがふたたび世界のトップを目指す可能性を得たことを宣言するのである。


 世界の潮流、そして中国アニメーションの今後の躍進によって、日本のアニメーション制作もまた、技術面でも業界のシステムにおいても、様々な部分で変革を余儀なくされるように思われる。歴史を継承することは重要だが、時代に対応するために、古いものを壊していくことも必要なはずだ。本作の孫悟空のように、本来の力を発揮するためには、自分自身が常に変わり続けていかなければならないのだ。(小野寺系)