2018年01月21日 10:23 弁護士ドットコム
頭のてっぺんからつま先まで、全身を覆うピッタリとしたコスチューム。バラエティー番組などで見かける「全身タイツ」(ゼンタイ)と呼ばれるもので、今じわじわと人気を集めている。20年以上の歴史を持つ愛好家による団体「TOKYO ZENTAI CLUB」は会員数400人近くに迫り、近年はワシントンポストなど海外のメディアでも「ZENTAI」として紹介され、世界にファンを増やしているという。
【関連記事:子連れ夫婦、2人分の料理を注文して「小学生の子ども」とシェア…そんなのアリ?】
しかし、 日常の服とは異なるコスチュームを楽しむ気持ちはわからなくはないが、数ある服の中から全身タイツをあえて選ぶ理由が、全く想像つかない。息苦しくなったり、締めつけられたりしないのだろうか。
そんな偏見や先入観が入り混じった疑問に答えてくれたのが、「TOKYO ZENTAI CLUB」メンバーでゼンタイ愛好家という20代女性、しこさん。明治大学中野キャンパス(東京都中野区)で昨年11月に開催された、マイノリティに対する理解を深めるイベント「ヒューマンライブラリー」に招待され、参加者にゼンタイの魅力を語った。
「人は、なぜゼンタイを着るのか?」。しこさんから返ってきたのは、意外な答えだった——。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
しこさんが招かれた「ヒューマンライブラリー」は、生きている人を「本」に見立て、訪れた人に貸し出し、自身の体験を語ってもらうというもので、「本」は社会でマイノリティと言われている人たちが招かれる。もともとは2000年にデンマークで始まり、現在では世界70カ国以上で開催。国内では、国際日本文化学部の横田雅弘学部長のゼミが主催するこのヒューマンライブラリーが日本最大規模で、今回で9回目になる。
この日、しこさんは「本」として、会場を訪れた「読者」に「ゼンタイと受容」について語っていた。しこさんは、2年前からゼンタイを愛用している。きっかけは、ゼンタイ愛好家の知人から「試しに着てみなよ」と勧められたことだった。
「最初は、『こんな窮屈そうなもの』って思っていたのですが、実際に着てみたら『あれ? なんだろう、この開放感……』ってなりました。初めは、これだけ体のラインを出すことに抵抗があると思うのですが、体験してもらうと恥ずかしいというより、『着られる? あれ? 不思議!』ってなるんです」と笑う。
ゼンタイを身につける前のしこさんは、大学でマイノリティの研究をしている20代の女性だ。しかし、ひとたびゼンタイを身にまとうと、謎の人物がそこに現れた。体のラインとゼンタイの花柄で、かろうじて「女性」であることがわかるだけで、髪型も年齢も表情も、普段はどのようなファッションなのかも、まったくうかがい知れない。
「ゼンタイは着ると皮一枚、身につけている感覚なのですが、意外に暖かくて落ち着きます。耳や目も覆われるので、周囲の状況がシャットダウンされ、周りの人たちからの視線も気にならなくなります。ゼンタイは一種のコスチュームとしてパフォーマンスやエンターテイメントで使ったり、色々な使い方がありますが、『私は別の形で使えるのでは?』と思いました。それが『自己受容』です」
指先までゼンタイに覆われたしこさんが、記者の手に触れてくれたが、確かにすべすべとした触感に人肌を感じ、暖かく気持ちが良い。これが素手だったら、もう少し生々しい感覚になるはずだ。ゼンタイに対するイメージが少しずつ崩れていく。
しこさんは、最近よく言われる「自己肯定感」を高めていこうという風潮に疑問を持っているという。
「自己肯定感を大事にしよう、自分のこと認めよう、といった時、それでも自己肯定できない人たちが落ち込む要因になってしまっているのではと思っています。ありのままの自分のことを大事にできていないと悩む人が、私の周囲には何人もいました。自己肯定感は果たして必要なのか、本当にその形で広めていいのか。実は『自分を肯定できてます』と他者にアピールする『他者肯定』になっていないのか。そこで、自己肯定よりも、自己受容なのかなと思いました」
では、ゼンタイを着ることが、なぜ「自己受容」につながるのだろうか。
「もしも、ゼンタイではなく、別の衣類で同じように体のラインを出したら、かなりセクシャルなものになると思います。でも、ゼンタイだと性的なものと見る人は少ない。不思議とハッピーな仕上がりになるんです。人の輪郭ってこういうものだったんだってわかる。その変化が面白いです。
ゼンタイを着て、似合わない人はいないと思います。太っている人が着たらお腹が出てかわいいフォルムになります。女性だと、『二の腕が太くなっちゃった』とか、まわりがまったく気にしないところを気に病む人がいますが、ゼンタイを着てしまえば、そんな部分も気にならず、完成です」
人は容姿や表情、服装など言語以外のさまざまな情報で相手を判断する。そうした情報をあえて削ぎ落とし、記号化してみせる。ゼンタイにはそんな作用があるのだという。
「社会で生きて行く上で、私たちは情報にとても左右されています。顔のパーツの位置で美人とそうでない人を分けて、決めつけられる。社会的な地位もそうです。色々なものに縛られて生きてるなあと。
でも、ゼンタイを着れば、体のラインの違いはわかるけど、職業を聞かれることはまずありません。自分という概念から逃れられます。実は、精神的な面での開放感がかなり強いです。例えば、恥ずかしくてなかなか女性が話せなかったのに、ゼンタイ着たら普通に話せるようになった男性もいます。
中には、マイノリティとして生きづらさを感じている人たちがゼンタイを着ることで肉体的、精神的に解放されることもありました。ゼンタイがきっかけとなり、自己肯定も難しい人たちにとっての自己受容が実現できるのではと思っています」
(弁護士ドットコムニュース)