2018年01月19日 10:53 弁護士ドットコム
半年に1度、夏と冬に開催される世界最大規模の同人誌即売会、コミックマーケット(コミケ)。開催中に50万人が訪れるという会場の東京ビッグサイト(東京都江東区)は、慣れていない参加者にとって戸惑うことが多い。
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そこで、コミケのカタログでは、慣れていない参加者へのサポートとして、さまざまなアドバイスを行っている。その中に、「周囲のお店等で両替しない」というものがあった。「事前も含め、金融機関以外での両替は迷惑になりますので止めましょう。日頃から小銭の準備をしましょう」と解説されている。
コミケで同人誌を販売しているサークルは個人ばかり。お店と違い、十分にお釣り用の硬貨を用意できない場合がある。そのため、参加者の注意点として、事前に紙幣ではなく、硬貨を用意するよう呼びかけているのだ。
ところが、中には硬貨を切らしてしまったり、「ネタ」として今は発行されていない古い紙幣をあえて出したりする参加者も。昭和に刷られた紙幣を知らない若い世代のサークルだった場合、「偽札」と間違われるなど無用なトラブルも招きかねない。
コミケのようなイベントで、個人同士が売買する際、「お釣りがない」「見たことがない紙幣だから偽札かもしれない」という理由で、販売を拒否することはできるのだろうか。自身もコミケにサークル参加して『大嘘判例八百選』という同人誌を発行している弁護士の刑裁サイ太さんに聞いた。
紙幣や貨幣には「強制通用力」があるが、どのようなもので、コミケでも適用される?
「私もサークル参加していて、開始すぐに1万円札を出されたりすると面食らうことがあります(笑)。コミケでは暗黙のルールが多くありますが、それをこのように法的に分析するのは面白いですね。
『強制通用力がある』というのは、通貨が国から金銭債務の弁済手段(決済手段)として用いてよいというお墨付きが与えられていることをいいます。紙幣(日本銀行券)は日本銀行法46条2項により、貨幣は通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律7条(ただし、額面価格の20倍が限度とされます)により、それぞれ強制通用力が認められていて、特に『法貨』と呼ばれます。日本の国内のお店で紙幣や貨幣を受け取ってもらえるのは、まさにこの強制通用力があるからです」
「コミケにおいて、『一般参加者(来場者のことです)が金銭を出してサークル参加者から同人誌を手に入れる』という流れを契約として捉えると売買契約となります。これにより一般参加者は売買代金債務という債務を負うことになるわけですが、この債務の弁済手段として紙幣や貨幣を支払うことは、強制通用力がある以上、当然に認められるべきであるということになります。
なお、コミケでは、同人誌を販売することを、直裁に『販売』と呼ばず『頒布』と呼び換えるマナーが一部で存在するようです。しかし、金銭を出して同人誌を手に入れるという流れは、何と呼ぼうが法的には売買契約に他なりません」
通貨に「強制通用力」があった場合でも、「お釣りがない」として販売拒否できる?
「ただし、『強制通用力』があるといっても、契約当事者には『契約自由の原則』が認められており、弁済の方法の指定や契約をするかしないかに至るまで、基本的に自由に設定することができます。
コミケという即売会での単純な対面販売の場合、売買契約の成立時期がいつなのかは悩ましいところです。ただ、コミケの実情を考えると、一般参加者が提示する金銭をサークル参加者が釣り銭等を考慮して『受領してよい』と意思表示した時と解してよいと思われます。この意思表示をするまでは売買契約は成立しないということになります」
「したがって、私は、サークル参加者が『1万円ではお釣りが出せなくて受け取れないのでお渡しできません』と拒否することは法的には問題ないと考えます。一般の店舗ではこのような対応は許されない場合が多いでしょう。『コミケにはお客様はいません』と言われることがありますが、その精神がまさにここでも発揮されるわけです。
とはいえ、せっかく来てくれた一般参加者にこのようなことを言うのは辛いものがあります。コミケ実務的には、お釣りがないからといってむげに断るのではなく、『お釣りが用意できず申し訳ございません。取り置きしておきますので、大手さんにでも行って崩してきてください』とするのが穏当なところでしょうか。もちろん、このような対応をすることも自由です」
お釣りがあったのとしても、古い紙幣や貨幣に対する知識がなく「偽札かもしれない」と思った場合も販売拒否できる?
「古い紙幣であっても,日本銀行券である限りは強制通用力が存在します(額面が1円以上のものに限られます)。貨幣も通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律施行令に定められているものは強制通用力が存在します。
ただ、前記の議論と同様、強制通用力があっても、サークル参加者にはこれを拒む自由があります。 このような場合でも、お断りすることは法的には問題はないと考えます」
【取材協力弁護士】
刑裁サイ太(けいさい・さいた)弁護士
Twitter上で活動する匿名弁護士。判例検索がライフワーク。弁護士業務の傍ら,日夜マニアックな判例を検索しては同人誌「大嘘判例八百選」にその成果をまとめている。Twitterアカウントは @uwaaaa
URL:http://keisaisaita.hatenablog.jp/
(弁護士ドットコムニュース)