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殺処分のない「ペット天国」ドイツ、「犬税」にみる犬と社会のよりよい関係

2018年01月13日 10:23  弁護士ドットコム

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今年は戌年。日本列島でも、犬は縄文時代から良きパートナーとして、人間の暮らしの中にあった。しかし、社会が複雑化するにつれ、犬にまつわるトラブルや問題が発生。現代でも課題は少なくない。環境省によると、殺処分される犬や猫は年々減少してるが、2016年度には犬1万424頭、猫4万5574頭となっている。


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そうした中、犬とより良い共存が実現するには何が必要なのか。基本的に殺処分なく、「ペット天国」「犬天国」と言われる先進国、ドイツでの事例を紹介。『世界のアニマルシェルターは、犬や猫を生かす場所だった』(ダイヤモンド社)の著者で、動物に関する法制度の研究している本庄萌さんに聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)


●レストランや電車も犬と一緒に

——ドイツはなぜ「ペット天国」「犬天国」と呼ばれている?


犬が住みやすく、人々も犬のためになることを考える意識が比較的高いことが理由ではないかと思います。


住みやすさの例としては、移動の自由が広く認められている点が挙げられます。私が1年前フランクフルトに数か月滞在していた時も、レストランや電車の中などで、小型犬から大型犬まで様々な犬が飼い主の方と一緒にいるのをみました。


犬好きが多いドイツでは、周りの人も犬がいても嫌な顔をせず、むしろレストラン側が犬にお水を持ってきたり、電車の中では他の乗客の表情が柔らかくなったりします。もちろんそれは、犬がレストランや電車でもおとなしくいられるよう社会的順応性を身につけているからなのですが。


また、意識の高さについては、ペットショップに対する社会の受け止め方が良い例です。犬を店頭に展示する生体販売は、ドイツでは違法ではありません。ところが、あるペットショップが犬を店頭で販売しようとした時、そのショップでは動物の習性を考慮したケージが用いられ、運動の機会が確保されていたにもかかわらず、倫理的に許されないとして、市民によるデモが起こりました。


店頭に置かれる動物に負担がかかる可能性、ペットショップという業者が入ることで、違法に他国から入ってきた動物の販売の温床となる可能性などが考慮され、生体販売への批判へと繋がったのです。社会的に受け入れられないと人々が考え、それをしっかり伝えあうことで、そうした高い意識が広く共有されているのでしょう。


●人間が動物を管理してきた歴史を持つヨーロッパ

——ドイツだけが進んでいる?



このような意識はヨーロッパの多くの国で共有されており、ドイツだけがいわゆる「ペット天国」いうわけではありません。これまでメディアで取り上げられてきたことがそうした特別なイメージを作っているようにも思います。


たとえば、隣国のチェコ共和国でも、ペットショップで犬猫が販売されるのは一般的ではなく、ブリーダーと交渉して直接購入しますし、レストランやトラムなどの公共空間でも犬をよく見かけます。



また、動物保護法も、西欧の多くの国が制定し、EUレベルでも動物福祉に関する議論が盛んに行われています。そうした西欧の動物保護の背景としては、歴史的・宗教的な要素が挙げられます。西洋では、動物利用(時に搾取)と動物保護が振り子のように揺らいできました。


日本では、食べることを目的に飼育する食用畜産は近年まで発達しなかったのに対し、西洋は長い食用畜産の歴史を持ちます。その上、人間と動物を区別するキリスト教などの宗教の広がりも、動物利用を肯定することになりました。


その後、動物を残虐に扱うべきではないといった声が次第に大きくなりますが、その根底には、動物は人間が管理するものといった中世から続く動物への姿勢があるという指摘もあります。人間が動物を管理する、という意識と、法のもとに動物を置くことには、親和性があるのかもしれません。


●屋外での十分な運動や、飼育者との十分な接触が要求される法令

——ドイツでは、ペットや犬のためにどのような法令がある?


ドイツでは、19世紀にはすでに「公然と」動物を虐待することを禁止していましたが、この時は主に人間側の感情の保護が目的でした。しかし、ナチスの時代に、その「公然性」の要件は削除され、動物を「それ自体として保護する」法になっていきます。


動物保護規定が体系化された「動物保護法」は1933年に公布され、その内容をほぼ受け継いだ形で1972年に成立した「動物保護法」は、「動物の保有」「動物の飼育、保有、取引」などを規定しています。この法律の目的は、「同じ被造物としての動物に対する人の責任に基づいて、動物の生命及び健康を保護すること」であると第1条に示されています。



そして、この法律に基づいて制定された命令の中でも、特に犬に関係するものとして、「動物保護―犬に関する命令」(2001年公布)があります。同命令は、屋外での十分な運動や、犬の持つ共同生活への欲求を満たすよう飼育者との十分な接触を要求するなど(2条)、犬の習性を反映させています。


犬の飼育方法を定める同命令は、屋外飼育であれば、悪天候にも耐えうる犬小屋の確保を要求し、屋内飼育であれば、自然採光や新鮮な空気の確保を要求しています。檻の大きさも、犬の体長に応じて規定しており、たとえば床の各辺の長さは体長の2倍以上である必要があります(6条)。


外につなぐ場合も、この法律に違反していないか気をつけなくてはいけません。同命令7条は、生後12か月未満の犬や妊娠後期、授乳中の犬などの繋ぎ飼いを禁止し、それらに当てはまらない場合でも、繋がれた犬が少なくとも横に5m動けることなどを要求しています。


 また、犬を商業的に繁殖する場合は、10頭までの繁殖犬とその子犬ごとに、「必要とされる知識及び能力」を主務官庁に証明した飼育者を一人おく必要があります(3条)。このように、犬のための法律が比較的細かく設けられていると言えます。


●1810年までさかのぼるとされるドイツの犬税

——日本では、犬の「ふん放置対策」にあてるため、大阪府泉佐野市で法定外目的税として飼い主に「犬税」を課すことを検討したが、2014年に断念した。ドイツで「犬税」はどのように機能している?


「犬税」を設ける国や地域は実は少なくなく、初めて導入したとされるイギリスをはじめ、日本でも明治時代から戦後しばらくはありました。現在も、ドイツのほかにアメリカなどでも自治体によっては設置しています。そしてその目的や税の使い道も様々です。


では、ドイツにおける「犬税」について説明したいと思います。1810年にさかのぼるとされるドイツの犬税は、市町村雑税のひとつに分類されます。収入権限、行政権限を市町村が有し、立法権限は州が有するとされますが、税率設定権は基本的に市町村に認められています。犬税は、ドイツのほとんどの自治体で導入されており、犬の保有者は、犬が一定の年齢(3か月など)になると、地方自治体の税務当局に届けなければなりません。


一般的に、犬税は目的税ではなく、税収は一般財源となります。そのため、犬税として徴収された税金が犬のために使われるとは限りません。自治体によっては、公道、公園などの犬の糞による汚染対策に使われていますが、この除去にかかる経費は犬税収入を上回るとも言われます。ドイツの知人に犬税への印象を聞いても、「ドイツではあらゆるものに税金があるから、そのひとつという感覚」で、犬のための税金という印象は感じられませんでした。


●「犬税」は多頭飼いする人々の増加や安易に犬を飼うことの抑止力

——犬税はどうやって決まる?



税額は、市町村に依りますが、税率は、「市町村の大きさによる階級税」および「数による累進課税」などにより定まります。


この定め方には、犬税の目的および性質が深くかかわるようです。まず、犬税は古くから、衛生的警察的な意味合いで課税されてきました。「市町村の大きさに依る階級税」は、衛生警察上の考慮の重視が背景にあるようです。人口が集中する地域の方が、糞の放置などによる衛生面への影響や、狂犬病などの被害拡大の危険性が高まるという考えがありました。


そして、「数による累進課税」は、一人が保有する犬の数が多くなるに従って重い税額を課す税率の定め方ですが、これは奢侈税としての意味合いから正当化されてきました。「犬の飼養数が多ければ多いほど贅沢」だといえるし、税収技術上も累進課税は難しくないとされました。


こうした犬税の性質や歴史的文脈を見ると、「犬税は犬のために導入すべき」と一言でいうのが難しくなります。けれども、「犬の数の抑制」は人にも犬自身のためにも必要なことだという考えもあります。「犬の数の抑制」が重要である理由が、過去は衛生的治安的要請からであったのに対し(今も狂犬病予防や糞の回収をしない飼い主が多ければ当てはまりますが)、近年では、「犬の殺処分」との関連から重要だと言われます。犬の増えすぎは、「行き場のない犬の増加」につながるとされるのです。


私がドイツの小さな町であるアーヘンの公営動物保護施設を訪問した時、その施設では健康な犬猫の殺処分がされないということを知りました。その理由を聞いたところ、スタッフの方は「動物の数が少ないからよ」とシンプルな答えをくれました。犬税は、その目的や使い道が直接的に必ずしも犬のためではなくても、多頭飼いする人々の増加や安易に犬を飼うことの抑止力になり、犬の保護につながっていると言えるのです。


●犬好き、猫好きの枠を超えて社会的重要課題として見る

——日本の動物愛護にはどのような法整備が必要?


犬猫の保護に関しては、法改正への議論も意識も飛躍的に進んできていると思いますが、改善の余地は今後もあるかと思います。たとえば、虐待問題に関して、社会的注目度が上がる中、虐待が起こった際の捜査をする担い手確保や手続き面の綿密な検討が今後より必要になってくるかと考えます。私が民営の動物保護施設「ティアハイム」を訪問した際、常勤の獣医師や警察と連携を取り、虐待問題の予防や解決に取り組まれていると聞きました。様々な専門家のネットワークを構築することが重要だと思います。


また、犬をはじめとしたペットの保護をきっかけに、ペット以外の動物にも配慮していくことが今後求められるようになると思います。2017年8月29日の「中央環境審議会動物愛護部会」では、ペット動物だけでなく、展示動物や使役動物など、様々な動物との共生も視野に入れた法律について考える必要性が指摘されました。動物保護の質が、人との関わり方(ペット用か、食用か、など)にかかわらず、全体的に上がることは、ペットの保護に関しても、「情緒的・感情的」な問題、犬好き猫好きだけの問題、であることを超え、社会的な重要課題としてみていくことにつながるのではないでしょうか。


【本庄萌さんプロフィール】


1987年生まれ、京都大学法学部卒業後、アメリカのロースクールで動物法を学ぶ。15年間の海外生活の中、高校時代にイギリスのアニマルシェルターを訪ねたことで、動物保護の道に進むことを決意。その後、10年かけてドイツ、アメリカ、ロシア、ケニア、香港などのシェルターをまわった。現在は一橋大学大学院に在学しながら、動物に関する法制度の研究を続けている。


(弁護士ドットコムニュース)