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ギャンブル依存症の家族からの申告で「馬券販売停止」、本人同意なしでもOKな理由

2018年01月12日 11:12  弁護士ドットコム

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日本中央競馬会(JRA)はギャンブル依存症対策として、依存症患者の家族からの申告があった場合、インターネットでの馬券を販売停止する制度を12月28日から導入した。複数メディアによると、依存症と診断を受けた人か疑いがある人が対象で、今年4月からはその他の公営ギャンブルに広がるという。


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政府は現在、カジノなどを含む統合型リゾート施設(IR)を導入する法案の成立を目指しており、ギャンブル依存症対策の措置も盛り込まれる。家族からの申告があれば、本人の承諾を得なくても、入場の制限をかけられることを検討している。


JRAの対策は、IRの整備に向けたものだ。しかし、本人の許諾なしで販売を停止することに対する疑問の声もネットで上がっていた。カジノを含む賭博法制(ゲーミング法制・統合型リゾート法制)にくわしい山脇康嗣弁護士に、今回の対策に法的問題はないのか聞いた。


●解説のポイント

・JRAがこの制度を導入した背景には、昨年8月に家族申告によるアクセス制限の仕組み構築が盛り込まれた関係閣僚会議決定がある。


・そもそも、JRAから馬券を購入する行為は「行政契約」であり、民間同士の売買とは異なる面がある。


・「行政契約」は、憲法の趣旨や法律に違反しない内容であること、平等原則や説明責任の原則(公正性、透明性など)に違反していないことなどが求められる。


・ギャンブルをする権利は憲法上保障されていないし、今回の制度は競馬法などの関連法律に違反するものでもない。また、恣意的な差別でもないので、法的に問題ない。



以下、詳しく解説する。


●JRAからの馬券購入は「行政契約」であり、一定の統制がなされる


今回の措置のポイントは?



「本人の許諾がなくても、同居している家族からの申告に基づいて、馬券の販売が停止されるという点です。政府が昨年8月29日に関係閣僚会議で決定した『ギャンブル等依存症対策の強化について』において、競技施行者・事業者の取組みとして、家族申告によるアクセス制限の仕組みを構築することが明記されたことを受けての措置です。



ちなみに、パチンコでも、昨年12月から、家族からの申告に基づいて入店制限を実施する『家族申告プログラム』の運用が開始されていますが、これは、あくまでも本人の同意があることが前提となっています」


そもそも、JRAから馬券を買う行為は、普通の売買とどう違う?


「JRAからの馬券の購入は、利用者本人とJRAとの間の契約に基づくものです。政府の関係閣僚会議は、『競技施行者・事業者において、契約自由の原則に基づき、利用させることが不適切と判断する者に対して、利用者本人の同意の有無に関わらず、サービス提供に係る契約を拒絶することは自由であり、家族から申告された情報を踏まえ、のめり込みによる被害から家族を守るためにサービスの提供を拒否することは社会的な要請に応えるものである』としています。


確かに、公的な枠組みの中で、ギャンブル依存症による被害から家族を守ること自体は、社会的な要請です。ギャンブル依存症の原因や実態に鑑みれば、家族だけでの解決は困難である上、放置した場合には社会にも影響があるからです。しかし、だからといって、JRAは、本人の許諾がないのに家族からの申告だけで馬券の販売をしないということを、『契約自由』の名のもとに決められるのでしょうか。


JRAは、競馬法という特別な法律に基づいて設立された行政主体(特殊法人)です。つまり、JRAは、行政上の権利義務を負い、自己の名と責任において行政活動を行う法人(実質的に政府の一部を構成するとみられる法人)なのです。このような行政主体(特殊法人)であるJRAが、公営賭博たる競馬の施行という行政目的を達成するために締結する馬券販売契約は、いわゆる行政契約の一種です。


従って、民間人同士の契約の自由の原則がそのまま妥当するものではありません。しかも、今回の措置を含め、JRAによる馬券販売については、JRAが一方的に事前に定める『約定』によっており、利用者が事実上それに従わざるを得ない契約の形態をとっていることからも、慎重さが求められます」


行政契約とはどういうもの?


「行政契約は、行政法の一般原則によって統制されます。具体的には、憲法の趣旨や法律に違反しない内容であること、平等原則や説明責任の原則(公正性、透明性など)に違反していないことなどです。


これらについて検討してみると、まず、賭博をする権利が憲法上保障されているわけではありません。また、競馬法などの関連法律に違反する内容でもありません。



平等原則により、契約相手を恣意的に選択することは許されません。JRAは、『医師からギャンブル障害の診断を受けている会員』のほか、『医師の診断は受けていないが、外形的にギャンブル障害の状況にあるおそれがあると認められるものとして、ネット投票での勝馬投票券の購入金額が、家計の経済状況等に照らして、本人と家族の生活維持に重要な影響を及ぼしている蓋然性が高いと判断される会員等』を販売停止措置の対象としています。


これらに当てはまる者に対しては馬券を販売しないとすることは、ギャンブル依存症による被害が本人のみならず、同居している家族にも及ぶことからすれば、合理的な区別であり、平等原則には違反しません。


また、家族から申告がなされた本人は、JRAに対し、停止措置前に『異議申立て』が、停止措置後には『解除申請』が、それぞれ一定の要件のもとで認められています。よって、それらの手続が確実に機能する限りは、合理性を担保できるといえるでしょう。


説明責任の原則についても、JRAが定めた『約定』(本件の措置の内容)が事前にサイトで公開されていること、本人は『異議申立て』等の場面でJRAに説明を求めることができることから、特に問題があるとはいえません。


以上の検討からすれば、政府のように「契約自由の原則に基づき、利用者本人の同意の有無に関わらず、サービス提供に係る契約を拒絶することは自由である」と簡単に言い切れるものではありませんが、結論としては、法的に問題ない措置といえます」


●カジノ解禁議論とは別に、実現されるべきギャンブル依存症対策

他にもギャンブル依存症対策として、どのような取り組みが必要?


「ギャンブル依存症対策としては、本件のようなアクセス制限のほかにも、以下のような取組みが必要であり、現に政府において対応が検討されています。これらは、カジノを解禁するかどうかにかかわらず、実現されるべきものです。


(1) 競技施行者・事業者の取組み


相談対応体制の強化、ネット投票における取組みの強化(サイト上の注意喚起・相談窓口案内の掲載、購入限度額設定のシステム構築)、パチンコの射幸性の抑制(出玉規制の基準の見直し、出玉情報などを容易に監視できるパチンコ台の開発)、競走場や場外券売場のATMのキャッシング機能の廃止、依存防止対策の義務付け


(2)医療・回復支援


実態把握のための全国調査、専門医療機関・治療拠点・相談拠点の整備、専門知識を持つ医師等の人材育成、民間団体支援事業の創設(自助グループなどの活動の支援)


(3) 学校教育、消費者行政


ギャンブル依存症の高校の学習指導要領解説への記載、消費生活センターや多重債務相談窓口などにおける相談体制の強化、貸金業や銀行業における貸付自粛制度の整備


(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
山脇 康嗣(やまわき・こうじ)弁護士
慶應義塾大学大学院法務研究科修了。入管法・外国人技能実習法・国家戦略特区法・国籍法・関税法・検疫法などの出入国関連法制のほか、カジノを含む賭博法制(ゲーミング法制・統合型リゾート法制)や風営法に詳しい。第二東京弁護士会国際委員会副委員長、日本弁護士連合会人権擁護委員会特別委嘱委員(法務省入国管理局との定期協議担当)。主著として『〔新版〕詳説 入管法の実務』(新日本法規)、『入管法判例分析』(日本加除出版)、『技能実習法の実務』(日本加除出版)、『Q&A外国人をめぐる法律相談』(新日本法規)、『外国人及び外国企業の税務の基礎』(日本加除出版)がある。「闇金ウシジマくん」「新ナニワ金融道」「極悪がんぼ」「銀と金」「鉄道捜査官シリーズ」「びったれ!!!」「ゆとりですがなにか」など、映画やドラマの法律監修も多く手掛ける。

事務所名:さくら共同法律事務所
事務所URL:http://www.sakuralaw.gr.jp/profile/yamawaki/