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“その場所、その瞬間”でしか生まれない映像と音楽の融合 ヴィンセント・ムーン来日公演を見て

2018年01月12日 10:32  リアルサウンド

リアルサウンド

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 Arcade Fire、Phoenix、Battles、R.E.M.、Bon Iverなどが、地下鉄、路上、カフェ、エレベーターの中といった場所で即興アコースティック演奏を繰り広げる映像作品シリーズ「TAKE AWAY SHOWS」。アーティストの有機的なパフォーマンスを手持ちのカメラで撮影したドキュメンタリータッチの作品によって世界的な評価を得た映像作家、ヴィンセント・ムーンが2017年12月、京都と東京で日本人アーティストとの共演による公演を行った。12月22日の京都公演(会場:UrBANGUILD)には、YoshimiO collaBO、オオルタイチ+金氏徹平とザ・コンストラクションズ、12月27日の東京公演(会場:原宿VACANT)にはテニスコーツ、青葉市子、ASUNAが出演。モダンアート、先鋭的な音楽、宗教と神話の世界で生きる人々を映した映像による、きわめて有意義なコラボレ—ションが実現した。


 パリ出身の映像作家・ヴィンセント・ムーンは、撮影者と被写体の関わり自体を記録する“シネマ・ヴェリテ”という手法で知られている。前述した「TAKE AWAY SHOWS」は、その手法をアーティストに応用した作品と言えるだろう。ヴィンセント・ムーンはこの他にも『花々の過失』(フォークシンガーの友川カズキのドキュメンタリー映画)をはじめ、膨大な映像作品を残している。その多くは彼のホームページで視聴できるので、ぜひチェックにしてみてほしい。


 2008年からヴィンセント・ムーンは、カメラ、リュック、パソコンを持って世界を放浪する旅を続けている。アジア、中東、アフリカ、南米などを旅して、それぞれの土地の音楽を記録した映像作品を発表。フィールドワークによる本作は「ノマドフィルムメイキング」と呼ばれ、「TAKE AWAY SHOWS」に続く彼の代表作となっている。世界各国の土地で培われ、現地の人々のなかで伝承されている音楽表現を、彼は「ローカル・ミュージック」と位置づけ、収録された音源は、彼自身が立ち上げたレーベル<Collection Petites Planetes>からリリースされている。さらに現在は、日本の音楽の源泉を追い求める『響・HIBIKI』のプロジェクトが進行中。12月の来日公演も、その一環と言っていいだろう。


 原宿VACANTで開催された東京公演は、ASUNAのパフォーマンスからスタート。ミニオルガン、エレキギター、リズムボックス、アナログシンセ、さらに様々な種類の玩具(コマ、ねじ式のカエルなど)の音を交えながら、アンビエント、サイケデリック、ノイズミュージックを自在に行き来するアクトは、実験的にしてポップ。現代アートと音楽を結びつける刺激的なステージだった。


 続いては、青葉市子。クラシックギターの弾き語りで、神話的な世界観と祈りにも似た響きを持った歌詞、クラシック、賛美歌、フォークソングが溶け合うようなメロディを奏でる。特に<くらやみのなか/繋いだ手から/なくしてきたもの みえるよ>と歌う「神様のたくらみ」、<あなたに降り注ぐ/朝日になって/日の出とともに願う>というフレーズを持つ「路標」は強く心に残った。


 そして、さや(Vo)、植野隆司(Gt)によるユニット、テニスコーツが登場。さやの鍵盤ハーモニカ、植野のアコースティックギターが生み出すミニマムでオーガニックな音響、そして、言葉の響きを活かしながら、生きることの根源を射抜くような歌が広がり、凛とした緊張感へとつながる。途中、青葉市子が参加し、繊細なコーラスを乗せる場面も。さらに「ムーンさんも何かやって」(さや)という呼びかけにヴィンセント・ムーンが応え、サバンナの自然を映し出す映像を会場の壁に投影。日本語の美しさ、豊かなメッセージを豊潤に含んだ楽曲、大自然のロードムービーと呼ぶべき映像がひとつになった素晴らしいステージだった。


 その瞬間、その場所でしか起こりえない、一回性の芸術である音楽の本質を照らし出す3組のステージのあと、ヴィンセント・ムーンの映像をじっくり堪能する“LIVE CINEMA”(ヴィンセント自身の撮影した映像をその場で編集する表現手法)のセクションが始まる。


 海、砂浜のシーンから始まり、ジャングル、サバンナの映像へ移行、さらに世界各国の音楽、舞踏、宗教的な儀式(たとえばスーフィー教徒の儀式、北方ロシアの礼拝、コーカサス地方のフォークロア、山村で受け継がれるグルジアの合唱団)などの貴重な映像が次々と映される。太古から伝わるリズム、歌、ハーモニーが響き、生々しく、ビビッドな色合いの風景と融合するーー音楽という芸術の根幹につながる映像の迫力、美しさはまさに圧巻だった。


 さらにこの日の出演者がステージに登場。ヴィンセント・ムーンの映像に合わせて、アコギ、声、ノイズを奏でる。クライマックスはテニスコーツの代表曲「光輪」が演奏されたときに訪れた。宗教的な儀式でトランス状態になっている男性の姿と“世俗を離れ、帰るべきところに帰ろう”という思いを込めた「光輪」の歌詞が重なった瞬間は、この夜のイベントの意義をダイレクトに体現していたと言っていい。
 
 ヴィンセント・ムーンは、今年の6月に京都市立芸大のギャラリー@KCUAでインスタレーション作品を展示することが決まっており、5月に再来日する予定だ。そのツアーでの経験も、『響』プロジェクトの新しい流れを作っていくはず。“その場所、その瞬間”でしか生まれない映像、音楽を積み重ね続ける彼の表現がこの先、どこに向かっていくのか? こんなにも知的好奇心を刺激されるアーティストは本当に稀だと思う。(文=森朋之)