2018年01月07日 09:33 弁護士ドットコム
生還困窮者の支援には、住まいの確保を最優先で行う「ハウジングファースト」でーー。一般社団法人「つくろい東京ファンド」はそんな理念のもとに活動している。代表理事の稲葉剛さんは次なるアプローチとして「住まいの次は、仕事と居場所」をスローガンに2017年4月、東京中野区に「カフェ潮(しお)の路(みち)」を作った。
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そこで働くのはホームレスを経験した20~60代の男性6人。カフェによって、かれらはどう変わったのかを見ていきたい。(ルポライター・樋田敦子)
大阪出身のEさん(53歳)は、4年間のホームレス生活を送ったことがある。大学卒業後、13年間自衛隊で勤務し、40代の後半になって群馬にある自動車工場の派遣社員となった。3か月ごとの更新は、1年以上順調に続いた。ところが円高の影響を受けて「次回の更新はない。期日までに出ていってほしい」と一方的に告げられた。
住まいは会社の寮だったので、仕事と住まいを同時に失い、「自分の人生、運が悪いんだ」と思わざるを得なかった。仕事を求めて上京したが、50歳を目前にしていたため、年齢がネックになって仕事はみつからなかった。やむなく新宿で路上生活に入る。中央公園で炊き出しに並び、そこで寝泊まりした。
「まさかこんな生活が待っているとは」。若い頃には予測できなかった。
やがてEさんは「ビッグイシュー日本版」(定価350円)の販売者の仕事を見つけた。350円で雑誌を1冊売れば、180円が収入となった。雑誌を仕入れ、西口で売ると、多いときは1日、20冊以上が売れた。
「この仕事を3年間続けました。ご飯も食べて、お酒も飲めるしタバコも吸える。スマホもあり、生活していくだけの収入はありました。しかしお金が貯まらないので、初期費用はなくアパートには移れません。ネットカフェで生活し、いつまでたっても、その生活からは抜け出せなかった…」
3年前、自立生活サポートセンター・もやいで、生活相談を受け稲葉さんにつながった。生活保護の申請を受け、2014年にシェルター「つくろいハウス」に入居し、生活保護を申請した。しかし、それだけでは社会や地域とつながったわけではなかった。
実はEさんは、10年以上前からオンラインゲーム依存症になっていた。入居したシェルターで寝ずに、ネットカフェに行き1日に12時間ほど、食事も摂らずにパソコンの前に座っていたという。
「ネットの世界では、ゲーム攻略のテクニックもスキルもある名人としてもてはやされて嬉しくなったのです。世間はおれのことなんて誰も顧みてくれないけれど、ここではすごいんだ、と。毎日ログインしてゲームをしなければいけないという気になりました」(Eさん)
そんな状態が1年前まで続いた。
やがて転機がやってきた。カフェの開設で自分の居場所ができたのである。さらに東ティモールからのフェアトレードのコーヒー豆を自家焙煎する職もつくろい東京ファンドで得た。週に2回ほど、時給1000円で働き、収入を得る。そのほかの日は、精神科の訪問看護でゲーム依存症の治療を受け、何もないときはカフェでランチを食べ、仲間と将棋を指す。
「行く場所ができた。ネットカフェに行かなくも、ここにいてもいいんだと思えるようになったんです。焙煎の仕事は難しいけれど、カフェにくれば仕事もあるし、同じ立場で話ができる人たちがいる。つながりが大事なんですね。精神状態には波もあるけれど、アパートに住んで、仕事があって。1年後の自分はこうなっている、未来を描けるようになりました」
片時もスマホを離さないEさん。今は「この状態をキープしたい」と思っている。
Eさんに限らず、つくろい東京ファンドの支援でアパート暮らしを始めても、隣近所と付き合いもなく孤立しがちな入居者は多い。仕事を得ようにも、障がいや高齢とあって仕事も探しにくい事情もある。そこで、稲葉さんが目指したのが、「住まいの次は、仕事と居場所」だった。
その実践のために開設したのが、Eさんが働く「カフェ潮の路」だ。クラウドファンディングで3階建ての民家を改築し、1階が焙煎とコーヒーを売るスタンド。2階がカフェになっている。
「仕事や居場所がなければ自分たちで作ろうという思いでカフェを立ち上げました。地域の人にとっても、いろいろな年代の人が集まれる地域交流の場所になれば」(稲葉さん)
焙煎で働くスタッフの時給は1000円。スタッフらの体調を見ながらシフトを組んで働いている。カフェでシェフを務める小林美穂子さんは、500円の日替わりランチ、3時間以上かけた特別レシピのカレー、パスタなどを次々に作る。前夜の仕込みはハードワークで、「大変ですよ」と小林さんはいうが、日替わりランチがあっという間に完売してしまうこともあり、オープン以来8か月、ずっとカフェの経営は順調だ。ホールはボランティアが手伝う。
カフェには様々な人がやってくる。ホームレス経験者や生活保護受給者だけではなく、近所の人や学生、サラリーマンが一緒になってランチを食べ、コーヒーを飲みながら談笑している姿に、稲葉さんや小林さんは目を細める。今後は落語会などのイベントも開催し、学習支援の場としてもカフェを利用していく予定だ。
このカフェで特徴的なのは「お福わけ券(200円と700円)」があること。これは余裕がある人が、次に来店する誰かのために、飲食代を前払いするシステムで、たとえお金がなくても、この券を使えば、飲食ができるのだ。壁のコルクボードには、この券を使った人からの「ありがとう」と書かれたメッセージがあった。
稲葉さんは次のように言う。
「厚生労働省のいう地域共生社会、それ自体は間違っていないけれど、支え合うためには、まず住居が必要です。これはホームレスの問題だけではなく、日本の社会福祉のあり方を住まい最優先で転換する時期に来ていると思います」
厚生労働省は、生活保護費の大幅な減額案を打ち出した。減額されるのは、食費や光熱費に当てる生活扶助費で、受給者にとっては暮らしを支える重要なものだ。受給してないから影響はないと思うのは早計だ。
なぜなら生活保護費は国が保障する、生きるために最低限必要な額で、最低賃金があがらなかったり、住民税の非課税基準が下がったりと、いろいろな面で悪影響も出る。いったんは下降していたホームレスの数も増に転じるかもしれない状況にきているのだ。
住まいは人権。住まいなくして、最低限度の生活は送れない。住まいを確保して、そのうえで何をしていくか。支援の在り方が問われている。
(営業時間・カフェは、火曜、木曜の12~17時。コーヒースタンドは火曜から金曜の12~15時)
インタビュー前編「米国で「ホームレス」になった日本人男性、帰国後を支えた「ハウジングファースト」の試み」はこちら→(https://www.bengo4.com/other/n_7197/)。
【「つくろい東京ファンド」代表理事・稲葉剛さん】
1969年、広島市生まれ。東京大学教養学部卒。新宿の路上生活者支援活動に取り組み、2001年、湯浅誠さんらとともに、自立生活サポートセンター・もやいを設立。2014年、一般社団法人つくろい東京ファンドを設立した。立教大学大学院特任准教授。
【著者プロフィール】樋田敦子(ひだ・あつこ)ルポライター。東京生まれ。明治大学法学部卒業後、新聞記者を経て独立。フリーランスとして女性や子どもたちの問題をテーマに取材、執筆を続けてきた。著書に「女性と子どもの貧困」(大和書房)、「僕らの大きな夢の絵本」(竹書房)など多数。
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