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「30時終了でよろしくー」、そしてADは「飛んだ」…ああテレビギョーカイ労働哀史

2018年01月02日 10:22  弁護士ドットコム

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世間では「働き方改革」なるものが、大いに騒がれています。でも、それって「人間は見た目じゃないの、内面で選ぼう」とか、その類のテイのいい掛け声だと思っていた今年の秋。上場企業のお堅い人たちとの飲み会で「有給休暇取れるようになったよ」「週に一度は定時帰り。働き方改革サイコー」と聞いてしまい、ああ、都市伝説ではなかったのだと知ったのです。


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もしかして、ウチのギョーカイ、おかしすぎる? そんな訳で、テレビ業界に入って、約20年。テレビ番組制作会社で、もっぱらバラエティー番組(わりとマジメ系なやつ)を作って来た私が、ギョーカイの働き方についてレポートしてみます。(テレビ番組制作会社プロデューサー・三崎鮎子=仮名)


●「固定給」は最低時給以下

テレビギョーカイと言うと、まずは「キー局」をご想像されるかと思います。が、彼らは、殿上人であって、私はと言えば、テレビ局の番組制作の発注の下請け、いわゆる「テレビ番組制作会社」で働いています。番組制作会社のなかでも、種類は様々にあって、 テレビ局の子会社(資本は同じところ)、独立系(弊社はここに属します)、ほぼ個人で活動(フリー、個人事業主)に大別されます。


キー局からフリーランスまで、様々な立場の人間が複雑にからまって、「ギョーカイ」の制作の仕事は成り立っています。局員が演出することは少なく、局プロデューサーからの発注、管理のもと、下請けで制作会社が番組を作っています。孫請け、ひ孫請けも珍しくないのです。


ベビーブーム世代である私は、生まれた時代が悪すぎたせいで(時代のせいと思いたい)、就職活動にはつまずきました。なんとか契約社員として、今の会社に滑り込み、すったもんだの末、正社員としての座を勝ち取ったのですが、それで安泰とは言い難いのがこの世界。


まず、私は社歴10数年の「正社員」なのですが、固定給は10万円台前半。1日あたりの労働時間は日によって大いに違うのですが、平均して日に10時間と仮定して週6日、合計で「240時間」が総労働時間です。時給は500円を割りますね。完全に最低賃金以下。


ただ、この固定給にプラスして、従事する番組ごと「1本いくら」の歩合がつきます。よく言えば、頑張ったもの勝ち。が、頑張れば労働時間も青天井になるだけ。しかも、このご時世、急な番組打ち切りはよくある話ですから、「一寸先は闇」感は、半端ないのが実態です。


●「終了30:00ね」ってザラです

では、そろそろ本題に入らせてください。この原稿を書くに当たって、弁護士ドットコムニュースの担当者と打ち合わせをしたんですが、その時に驚かれたのが、「有給休暇は1日も取得したことがない」「残業代は1円たりとももらっていない」「タイムカードはない」ことでした。


有給休暇って、世の会社員は本当に使っているんですか? 周りも誰も使っていないですし、私も取ってみようと考えたことすらなくて、そもそも申請の方法すら知りません。さすがに、「親が死んだので」とか「妻が亡くなりました」と言う理由で休む人はいますが。


そして、「1日に何時間働く」という規定もないので、残業手当もなければ、タイムカードもありません。以前、辞めた社員が労基署に駆け込んだらしく、2か月分くらい提出させられたことがありました。でも上司に「正直に書くなよ」と散々言われたので、「9:30-18:30」みたいな、ありえない数字を並べましたね。


「終了30:00ねー」とかザラなんですが、タイムカードなるものに、こういう記録ってどうやってつけるんですか? あ、ちなみに「終了30:00」って、朝の6時って意味です。例えば、「10:00集合で、てっぺん(24:00)まわって、30:00終了でよろしくー」という使い方です。


● 「ADが飛んだ」

長時間労働が常態化しているので、何日も家に帰れない、などが普通。こんな状況に耐えられなくなる人がいるのは当たり前です。特に、AD時代は。


ADが飛んだーー。


飛ぶ、つまり失踪してしまう。これはよくあることです。本当にどこからも姿を消していなくなってしまうんです。正社員だったら、保証人をたどるとかで消息がつかめますが、非正規雇用が多い我らが業界ですから、その手はつかえません(それも問題なんですが)。重要な仕事を放り投げられても、追いかけることができません。


1つの番組には、プロデューサー、ディレクター、ADの3人が「作り手」としての基本セットでかかわります。プロデューサーは、番組内容やコンセプトを決め、番組のクオリティを管理します。番組内容のほか、制作費の交渉・管理、制作スケジュールの管理、キャスティングなどですね。


次にディレクターは、ロケや撮影、スタジオの演出、そして編集を担当します。最近は、Dカメといって、ディレクター自らが撮影もこなしたりします。ADはこのディレクターの補助をするのですが、大小様々な仕事で、業務量は膨大です。


このギョーカイの文化の中でも問題だと思うのが、「ADにはなにをさせてもいい」という意識が根強いこと。ADは、基本的に会社または、編集室に住んでいる印象です。これは私がこのギョーカイに入ってから今に至るまで変わらないことです。


番組の企画立案時にも、大きな仕事として「リサーチ」といって、取材内容や取材対象者などを探したり色々と準備しますが、これを延々とやらされます。新聞や雑誌の情報検索、図書館通い、電話での問い合わせなど。キリがないわけです。


その後ロケ等が決定すると、ロケのインフラ作業です、スケジュール管理、ロケーション管理、ロケの許可取り、宿泊や食事の予約手配、足の確保、チケット手配、ロケ現場で使う美術品、小道具等の手配、技術スタッフとの打ち合わせ、機材の準備などです。


ロケ現場においては、ディレクターの指示に従い、出演者のケア、技術スタッフの手伝い。ロケが終わると、撮影素材を編集できるようにバックアップをし、デジタイズという作業をします。これは撮影した時間とおなじ時間かかる作業なのです。


その後、ディレクターの編集を補助、または自分が編集をしたりします。素材の管理、ポストプロダクションへの連絡なども。こうした一連の作業を、1つの番組ならまだしも、何個も番組をかけもちさせられたりしていることもあります。なので、「出演者から借りた資料をなくす」事件も時折、起こるのです。


しかも、この作業を数年経ないと、ディレクターにはなれないと言われています。AD時代の下積みは良いディレクターになるための「修行」という精神論がベースにあるため、暴言、パワハラ、当たり前。それで「飛ぶ」のです。「飛ばれない」ために適度に優しくしようと言う現場の空気はあるのですが、そうは言っても、余裕がない。ADの過酷さを緩和するための根本的な解決策は人手を補充することなのに、肝心の人が入って来ないからです。


●「2分以内に食べろ」早飯信仰

こんな現場なので、体調不良で長期離脱、あるいは永遠の離脱を余儀なくされる仲間も多数います。ヘビースモーカーの割合は高く、食事の時間も不規則で、弁当や丼ものなどハイカロリー、しかも謎の早飯信仰(「2分以内に食べろ」が代表)ですからね。


突然死する同業者をこれまで何人も見送ってきました。私自身も、突発性難聴になったことがあります。で、驚いたのが、同業者の女性たちの「わたしも(突発性難聴を)やったのよ!」という輪が広がっていったこと。この状況が異常すぎですよね。


もちろん、うつで会社に来られない、というのは日常茶飯事すぎてあまり気にもとめられません。病人が出ても、補充は基本的にはありません。


●テレビギョーカイで改革が進まない理由

さすがに、ここ数年は大晦日から1月2日くらい休めるようになりました。編集室などでの年明けは普通でしたし、数年くらい前までは、むしろ「正月もなく働いてるぜー」がステイタス的な空気があったわけですが、あの空気、いま思えば、何だったのでしょうかね。


さすがに変わって来た部分もありますが、テレビギョーカイで改革が進むとは思えません。本当の解決策は、制作費にみあう適切な労働量で、コンテンツ作りをすることに尽きるんです。ギョーカイのみんなが「無理な内容を要求しない」「過去の制作費がふんだんにあった時代と同じ感覚で、労働の中身を考えない」。意識を変えるしかないんです。


それがテレビ局も、先輩社員も、呪文のように「クオリティを落とすなー」「クリエイティブで新しい番組を作れー」と言います。「金のなさは工夫で補え。やればできるはず。できないのは知恵と努力が足りないからだ」という精神論です。で、その工夫が意味するところは、少ない賃金で馬車馬のように働くこと。


良かった時代があるだけに、その感覚を、新しい時代に切り替えることができない人たちが元凶なのです。でも、現場は悲鳴をあげています。私たち世代が踏ん張ってでも、変えていかなくてはいけないと思っています。


【筆者】


三崎鮎子。仮名。某テレビ番組制作会社の、名ばかり「プロデューサー」。40代、華のお一人様。


(弁護士ドットコムニュース)