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謎の「若松組」が換気扇から出現、突然ニワトリになった家族…統合失調症の闘病体験を「幻聴妄想かるた」に

2018年01月02日 10:22  弁護士ドットコム

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「ニワトリになった弟とオヤジ」「宇宙人の女の子を助けた」……。世にも不思議なカルタが、次々と読み上げられる。これは、統合失調症の人たちが自分の闘病体験を元に作った「幻聴妄想かるた」。明治大学・中野キャンパスで11月に行われたイベント「ヒューマンライブラリー」で訪れた人たちに紹介された。


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「幻聴妄想かるた」を制作したのは、東京都世田谷区にある就労継続支援B型事業所「ハーモニー」(http://harmony.exblog.jp/)に通う人たちだ。平均年齢は50代で、ほぼ全員が心療内科や精神科に通院、約8割の人たちが統合失調症だという。自分を悩ませる幻聴や妄想の体験をお互いに話し合う中から、このカルタが生まれた。


ユーモラスなカルタは、なかなか他人に自身の病気のことを理解してもらえない当事者や、統合失調症の知識がなく敬遠してしまう人たちの心にある垣根を超える。2008年に初めて制作され、これまでに累計発行部数は7000部に及ぶ。「幻聴妄想かるた」の魅力はどこにあるのか。ハーモニー施設長の新澤克憲さんに聞いた。 (弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)


●「人に言えなかった若松組の存在をみんなに知ってもらうことで楽になった」

「幻聴妄想かるた」が制作されたきっかけは、2006年に施行された障害者自立支援法だった。


「それまで小さな作業所だったハーモニーにも経済的自立を求められ、一人当たりの収入を月額3000円にしなければならなくなりました。ただ、僕たちの施設は、症状が重い中高年の受け皿の役割も果たしており、授産作業によって大きな収入を得ることは難しい状況でした。一体、何ができるのか話し合いました。そこで、闘病や生活の記録であり、それを体験しもらえる自主製品として生まれたのが、『幻聴妄想かるた』でした」


ハーモニーでは毎週水曜日にミーティングを行なっている。そこで日々の体験や近況を話し合い、その場にいる人たちで絵を描くという過程で、カルタは生まれる。例えば、29歳の時から、「若松組」という謎の組織につきまとわれているという男性。若松組が床を揺らすので体はぐらぐら、換気扇から「女が寂しがってるぞ」と言ってくるなど、長年苦しめられてきた。男性が警察に訴えると大勢逮捕されたりもする。若松組は増減を繰り返しながら、男性の日常に現れるという体験を語り、「揺れながら食べている」と絵札で表現した。


新澤さんは、「男性は、今まで人に言えなかった『若松組』の存在をみんなに知ってもらうことで、楽になったそうです。みんなでその体験を共有し、カルタにすることで、辛い体験が不思議な体験ぐらいになってくる。男性は今も一緒にカルタの活動を続けています」と語る。


●「お前は石原裕次郎の息子だ」 カルタ大会では実際の幻聴体験の再現

こんなカルタもある。


「ラジオから自分のことが言われている」という絵札は、頭の中に機械が入っているという人の体験。その機械から自分の考えていることが発信され、さらにそれを放送局が傍受、ラジオで放送されてしまった。「にわとりになった弟とオヤジ」は、混乱していた時に振り返ったら、家族がニワトリになっていた人の体験を元になっている。


また、「宇宙人の女の子を助けた」という絵札は、世田谷区の羽根木公園で宇宙人の女の子が倒れていたという人の体験から。上空には宇宙船の母船があり、ジョン・レノンの歌を歌いながら、女の子を回収し帰っていった。去り際に「地球で一番おいしい空気を吸わせてあげる」と感謝の言葉を述べながら。


この日、明治大学で開かれた「ヒューマンライブラリー」は、生きている人を「本」に見立て、訪れた人に貸し出すというイベント。「本」は社会でマイノリティと言われている人たちを招き、自身の体験を語ってもらう。


もともとはデンマークで2000年に始まり、現在では世界70カ国以上で開催。国内では、国際日本文化学部の横田雅弘学部長のゼミ主催のヒューマンライブラリーが日本最大規模で今年で9回目となり、数年前から「幻聴妄想かるた」も紹介されている。今年はカルタ大会が開かれ、訪れた人とハーモニーのメンバーが共にカルタを楽しんだ。


カルタ大会では、幻聴体験の再現も行われた。参加者の男性はハーモニーのスタッフと会話をするが、背後から別のメンバーが「学校を辞めろ」「お前は石原裕次郎の息子だ」「宇宙で一番、頭がいいね」「美しいものに近づくな」などを「脳内の声」として繰り返し話しかける。これはすべてハーモニーのメンバーが体験した幻聴で、男性は「背後から聞こえる声が気になって、普通の会話が難しかったです。石原裕次郎の息子というのが特に気になりました」と話していた。


●正常とそうじゃない状態の境目はどこにあるのか?

「幻聴妄想かるた」は、第一弾として2008年、500部が自主制作された。これが話題を呼んで、医学書院から6000部が発刊。その後、内容を新たにした第二弾が2014年に500部制作された。大学や看護専門学校、福祉関係の研修で使われるなど、統合失調症の理解を深めてもらうのに役立っているという。


新澤さんは、「日々彼らが何を感じているか、仲間の力で元気になれたり、みんなで何かを作ることで、勇気を得たり。彼らを見る目は固定されがちなので、本当はこんなことを感じていたのかと伝えられるのかなと思っています」と話す。


現在は2018年春の発刊を目指して、第三弾を準備中だ。ハーモニーでは2016年から、「幻聴妄想かるた」のイベントを開催するごとに、参加した人たちの「他の人とはちょっと違う体験」も一緒に語ってもらっている。中には、「実は宇宙人を見たことがある」「部屋がどうしても片付けられない」といった人もいる。


「精神疾患ゆえの体験とあまり区別がつかない面白さ…と言ってよいのか、わかりませんが…色々な体験をお持ちで、病気として治療の対象ではない人たちも悩んでいたりします。正常とそうじゃない状態の境目はどこにあるのか。実は同じ地平にいるのではないかという問題提起をしたいと思っています」


(弁護士ドットコムニュース)