俳優・香川照之の本気と狂気がほとばしる教育番組――それが『香川照之の昆虫すごいぜ!』だ。
NHK Eテレで不定期で放送されている『香川照之の昆虫すごいぜ!』。2016年10月に初放送を迎えると、着ぐるみで「カマキリ先生」に扮した香川のビジュアルと、その激しい昆虫愛が視聴者に衝撃を与え、朝の番組ながらインターネットを中心に大きな話題を呼んだ。以降、これまでに4作品が作られ、新作の放送が決定するたびに喜びと期待の声を集める異色の教育番組だ。
大みそかの12月31日には過去4作品の一挙再放送を控え、翌1月1日に初の海外ロケを行なった新作『カマキリ先生☆マレーシアへ行く』が放送される。その人気の秘密はどこにあるのか? 番組チーフプロデューサー・林一輝の言葉を交えながら、『香川照之の昆虫すごいぜ!』の「すごさ」に迫ってみたい。
■発端はTBSの番組から、香川自ら訴えた企画がNHKで実現
『香川照之の昆虫すごいぜ!』は番組の成り立ちからして異例だ。そもそもは2016年5月にTBSの番組『櫻井・有吉THE夜会』に出演した香川が、カマキリの着ぐるみを着た「カマキリ先生」に扮して昆虫に関する授業を行ない、「Eテレで昆虫番組をやりたい」と訴えたことに端を発する。その番組を見ていたNHKのスタッフが香川の想いに応えようと企画をスタートさせたことから実現したのだ。初回放送ではスタッフがカマキリ先生の着ぐるみを香川に手渡し、番組のオファーをする様子が紹介された。
民放の他局で香川が送ったラブコールに答える形で始まったこの番組。当初、シリーズ化は予定されていなかったのだという。チーフプロデューサーの林一輝は初回放送後の反響について次のように語る。
「香川さんの昆虫のお話は、最初の打ち合わせのときからすでにすばらしかったので、この知識と熱さを伝えることができればよい番組になるということはスタッフ一同予感していました。しかし想像以上の反響の大きさでした」。
この反響を受けて第2弾、第3弾と制作されることが決定し、現在は香川のスケジュールが空いているタイミングを見計らって撮影しているのだという。
■「草むら見るとムラムラしちゃう」――全身で昆虫愛を表現する俳優・香川照之
番組の中でなんと言っても「すごい」のが、香川の昆虫に対する愛と情熱だろう。「昆虫には人間が学ばなくてはいけない全てが入っている」と豪語し、「草むら見るとムラムラしちゃう」などといたって真面目に話すその姿からは狂気とは紙一重の本気の想いを感じる。
自身が一番好きだというカマキリの姿で授業を行ない、昆虫採取に挑む香川。番組ではしばしば1つの昆虫に対して熱くなりすぎるあまり、昆虫について語る場面が中略されている。番組内のコーナー「昆虫だいすき!」では好きな昆虫への想いをホワイトボードを使って熱弁。こちらも話の脱線を繰り返しながら、コーナーが終わる頃にはいつもホワイトボードが香川の字で埋め尽くされている(映画監督の黒沢清は昆虫マニア、などといった裏話が聞けるのも面白い)。
またその愛情に裏打ちされた豊富な知識も見どころの1つ。カマキリ先生としてスタジオでも昆虫の生態を解説してくれるが、虫捕りの最中に見かけたターゲットでない昆虫についてもすぐに飛びついて捕まえ、即座に種類を見分けてみせる。ターゲットであるかないかにかかわらず、新しい昆虫を見つけた時はいつも嬉しそうに少年のような表情で捕まえた昆虫をカメラに見せる姿が印象的だ。草むらでの網さばきも手馴れたもので、昆虫マニアとしての香川の魅力がいかん無く発揮されている。
香川の昆虫愛を感じたエピソードについて番組プロデューサーの林に尋ねたところ「番組をご覧いただければ、すべて伝わると思います(笑)」との返答を得たが、まさに番組を通して全身で昆虫愛を表現していると言っていいだろう。
■撮影はヤラセなし 「もはやライフワーク、ほとんど私の代表作」
番組を見ていると、香川の昆虫への想いだけでなく番組にかける熱い想いも感じる。香川といえば数多くのドラマや映画に出演し、コミカルな役からシリアスな役まで演じ分ける、日本を代表する俳優の1人。その香川をして、今年10月の「オニヤンマ」の放送時には「もはやライフワーク、ほとんど私の代表作のように語られているのがありがたいですし、私自身もそう思っています」と語らせるのが『香川照之の昆虫すごいぜ!』の「すごい」ところ。カマキリ先生の着ぐるみも香川自らが監修。毎回微妙にデザインが変化している。
また番組のメインである昆虫採取の際はとにかく身体を張ってターゲットを狙う。網を使い、時には水の中に入ったり、地面を這ったり、暑さのあまり着ぐるみを脱いだりしながら真剣に昆虫を探す。その撮影はヤラセなしの「ガチ」で、「カマキリに休憩はない!」と香川が休憩も忘れて3時間、4時間と草むらで昆虫を探し回っている姿も紹介されている。
栃木県でタガメを探した特別編「出動!タガメ捜査一課」の時は一向に捕まえられず、スタッフ総出で捜索にあたる様子も。プロデューサーの林は当時を振り返り「毎回、狙った虫が捕まるかどうかハラハラしています。特にタガメの時は、まったく捕れなかった時には、どうしようか?と、いろいろと悩みました」と明かしている。
次回の「カマキリ先生☆マレーシアへ行く」の放送決定の際にも香川は以下のようにコメントしている。
「探せば見つかるというのは大間違いで、広い自然の中に狙った昆虫がいるはずの場所を見つけ、さらにそこで本当に昆虫に出会えるというのは実は奇跡的なこと。だからこそ、出会えたときの感動が大きいんです。決してヤラセなしの、ガチの虫探しですから。もう、私にとっては、昔の『電波少年』みたいなもんです(笑)」。
身体を張るのは昆虫採取の時だけではない。トノサマバッタのジャンプ力を体感するために自らクレーンに吊られたり、モンシロチョウの羽の動きを体験するために重い羽を身につけて宙を舞ったり。「人間よ、昆虫から学べ!」という番組コンセプトを誰よりも体現しているのが香川なのだ。
■「教育・情熱・楽しさ」が詰まった番組、知育要素もふんだんに
もちろん『香川照之の昆虫すごいぜ!』の魅力は香川の新しい側面が見れることだけではない。この番組はNHK Eテレで放送する教育番組であり、昆虫について学べる知育要素がふんだんに盛り込まれている。
毎回のテーマとなる昆虫についてはスタジオでも映像でその生態が紹介されるほか、香川も実際に虫を捕まえながら解説。身体を張った実験コーナーでは人間とは異なる虫の動きの仕組みも学ぶことができ、NHKのウェブコンテンツ「ものすごい図鑑」とも連動して放送を観ながらテーマをなる昆虫をより詳しく見ることもできる。そしてなにより香川が自ら楽しそうに虫捕りに熱中する姿は、昆虫に触る楽しみを教えてくれ、子どもたちの好奇心を刺激するはずだ。
チーフプロデューサーの林は番組の構成や演出上、心がけていることについて次のように明かしてくれた。
「香川さんの思いもあり、昆虫の生態のおもしろさを伝えるだけでなく、「昆虫から人間が学ぶ」ということを意識しています。また、図鑑に書いてあることをうのみにするのではなく、実際に自分で虫を捕まえに行ったり、調べたり、実験してみたりするという姿勢も大事にしています。この番組が、子どもと虫、子どもと自然をつなぐ入り口になってくれれば、と願って制作しています」。
また香川を起用したこの番組をEテレで放送する意義についてはこのように語っている。
「“カマキリ先生が子どもたちに昆虫のすばらしさを熱く届ける”…教育・情熱・楽しさがつまったこのコンセプトはまさにEテレ向きではないでしょうか?Eテレは子どもだけでなく大人の方々も楽しんでいただける番組づくりを目指していますので」。
「教育・情熱・楽しさ」はまさにこの番組を象徴しているキーワードだと言える。香川は3時間目「オニヤンマ」の放送時には、色んな人からカマキリ先生と呼ばれるようになった喜びを語り、子どもたちから俳優ではなく昆虫に詳しいおじさんだと思われている、と明かしていた。香川の昆虫への情熱と昆虫から学ぶという姿勢、そして誰よりも昆虫に触れることを楽しむ姿がこの異色の教育番組を支える核となっているのだ。
■初海外ロケの新作はどうなる?マレーシアの熱帯雨林で特別授業
そんな『香川照之の昆虫すごいぜ!』の待望の新作が2018年1月1日に放送される。
初の海外ロケを行なう今回は、マレーシアの熱帯雨林でカマキリ先生が特別授業。美しいマレーシアの国蝶「アカエリトリバネアゲハ」や、多様なカマキリの仲間、3つの巨大な角を持つ「アトラスオオカブト」などを狙う。
今回のマレーシアロケについて林プロデューサーに見どころを聞いた。
「冬に授業ができる南国の地の中で、香川さんが希望された、海外ならではの色鮮やかなチョウ、すごい甲虫、さまざまなカマキリがいる、その条件を満たすのがマレーシアでした。見どころは、南国特有のすごい昆虫たちとそれに負けないカマキリ先生のすごさです。ぜひ、ご覧ください」。
ロケを終えた香川はNHKのウェブサイトで「日本の冬で、昆虫が幼虫や卵の時期をじっくり見るのもよいですが、こうやってマレーシアにきてみると、この時期に蝶が飛んでいたり、いろんなバッタがいたり、まだ虫と一緒にいられる幸せを感じています」と振り返っている。
2016年にスタートし、元日に第5回目の放送を迎える『香川照之の昆虫すごいぜ!』。最後に新年一発目の放送に際して寄せられた香川のコメントを紹介したい。
「新しい年を迎えて、今年も昆虫がみなさんのとなりにいて、その昆虫たちから学ぶことができるよう、全力でサポートしていきたいと思っています。さぁ、みなさん、私のように、虫取り網を片手に昆虫をどんどんつかまえて、いろんなことを学びましょう!」