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ホンダの“切り札”で2018年シーズンを盛り返せるか【今宮純が厳選する17年F1ニュース5選】

2017年12月29日 10:52  AUTOSPORT web

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2017年マクラーレン・ホンダの集合写真
コース外のトピックスやニュース情報があふれた2017年シーズン、これからF1はどうなるのか。サキヨミしながら厳選ピックアップ、今回は“中辛口”で。 

トピックス(1):“ハロ”元年到来、コックピット保護装置・決定

 イエスかノーか、賛否両論の論議が白熱した“ハロ(コックピット保護装置)”。18年導入が7月にF1ストラテジー・ミーティングで決定された。

 各ドライバーがフリー走行1回目でちょっと試し、イエスとノーに意見が分かれた。個人的には後者に同意するひとりだがお上がやると決めた以上、後戻りはできない。カッコいいとか悪いとか批判はしまい。ただFIAにはF1だけでなく、すべてのフォーミュラカーに装着するよう指導を望みたい。

 F1ドライバーだけが飛んでくる物体から守られ、ほかの新人たちが競うF2やF3、F4はオープン・コクピットそのままというのはおかしくないか。むしろそのカテゴリーのほうが接触事故は多く、デブリ(飛散物)が当たる危険性は高いのだから。

 ともあれ2018年の開幕戦グリッドには、コクピットを格子状の“ハロ”で囲まれたニューマシン20台が並ぶ。1950年に始まったグランプリで初めて見る異様な光景……。ドライバー(ヘルメット)が視認できるようなTVカメラ・ワークを期待しよう。

トピックス(2):殿堂入り33人のチャンピオン、式典に来なかったのは?

 12月に『ホール・オブ・フェイム』が発表され、33人のワールド・チャンピオンが殿堂入りした。モータースポーツ界で偉業を成し遂げたドライバーを祝う制度がようやく出来た。

 式典には存命する歴代の王たちが列席、現役ではセバスチャン・ベッテルとフェルナンド・アロンソが正装姿で参加。13年冬にスキー事故で重傷を負ったミハエル・シューマッハーの欠席はやむを得ないが、ルイス・ハミルトンとキミ・ライコネンの姿はなかった。それにしてもあらためて七冠王シューマッハーの現状、容態はどうなのだろう……。1月3日にミハエルは49歳の誕生日を迎える。


トピックス(3):アロンソのインディ500挑戦、四冠王ふたりが出たなら……

 ウイナー佐藤琢磨は言った。
「僕はプラスDF、アロンソはレスDFでスタートしました。500マイルの間に天候も変わりますから(空気密度も)、プラスならば風向きや温度に合わせて“レス方向”に調整できるわけです」
 経験と知見のなせる技だ。

 一戦限りのチームメイトになったふたり。
「彼は楽しくてたまらないようで、毎日朝からシミュレーター、昼は練習走行、夜はミーティング。その合間にちょっとスケボーでリラックス(笑)」とF1での表情とは全然違っていたと言う。

 現役王者の挑戦は数十年ぶりだったが、もしハミルトンが出場したらどうか。リヤのスライド・アングルに応じてプッシュする彼の走法は、オーバルでは非常にリスキー。かつてナイジェル・マンセルやネルソン・ピケがF1から転向直後にやってしまった事故を思い出す(だから本人も挑戦など絶対しないだろう)。

 ベッテルはどうか。四冠達成したときのレッドブルのような“万能ダウンフォース”は無く、常にステアリングが傾いているセットアップに違和感を抱くだろう。800kmの長丁場に耐えるメンタル面も心配、感情起伏が激しいタイプだから。私見だがふたりはルーキーとしてアロンソほどうまくやれないと想像するが(たぶん佐藤琢磨も同意見だろう?)。


トピックス(4):新F1ロゴ登場、斜めに見るとリバティ社の頭文字『L』みたい

 最終戦でお披露目の新F1ロゴ・マーク。20年以上見慣れてきた以前のそれに比べると第一印象はとてもシンプル。これを左向きに斜めからよく見ると、『リバティ・メディア社』のイニシャル『L』みたい。

 次から次に新しい企画、演出、イベントなどを実施。さらに2021年以降の新パワーユニット構想やレギュレーション改革、分配金・コスト問題など、“脱エクレストン”を急ぐ動きが活発化。これにフェラーリのセルジオ・マルキオンネ会長は猛反発「F1離脱、分裂シリーズも」とコメント。新しいロゴ・マークの赤は“火だね”のシンボルか。

トピックス(5):ホンダの“切り札”がインディからやってくる
 なぜもっと早くこういう体制を組めなかったのか。12月に本田技研は新たに現場を仕切るテクニカル・ディレクターに田辺豊治氏を起用、栃木県さくら市にある研究所『HRD Sakura』の技術陣も一部変更に踏み切った。



 昨年まで長谷川祐介ホンダF1総責任者は現場と日本を忙しく往復、さらにチーム交渉やメディア対応まで激務に追われた。他のPUメーカー組織は職務が分担され現場はTDがまとめ、政治交渉などはスポーティング・ディレクターが務め、アドバイザーにドライバー経験者もいる。

 田辺氏は第2期時代にゲハルト・ベルガーの担当エンジニアとして重責を担った。今年まで長くアメリカHPDに在籍、琢磨とともに“インディ500”2連覇を達成、長年にわたって『成功体験』を積み重ねてきたベテランだ。再びF1に急遽戻され、開幕までにできることは限られる。それでも彼は『レーシングとは時間との闘い』であるのを知り尽くしている。ホンダスピリットを貫いてきた彼こそ切り札である――。