2017年12月27日 09:42 弁護士ドットコム
2017年10月、神奈川県座間市で発覚した衝撃の死体遺棄事件――。切断された男女9人の遺体がアパートの一室に隠されていたことが報じられると、あっと言う間に特定され、事故物件公示サイトの「大島てる」の事件現場のアパートの記録に書き込まれた。そして、殺人や自殺、火災などにより人が亡くなった物件、いわゆる「事故物件」そのものにも改めて注目が集まった。
【関連記事:子連れ夫婦、2人分の料理を注文して「小学生の子ども」とシェア…そんなのアリ?】
小田急線の最寄駅から徒歩10分ほどの距離にある現場アパートは今、どうなっているのか。日刊スポーツ(12月15日付)によれば、12月14日にアパートの慰霊祭が行われ、事件現場となった部屋以外にも空室だった一部屋(家賃1万9000円)の募集が始まると伝えている。報道がこれだけ過熱すると、アパートが丸ごと事故物件と化していると言っても過言ではないはずだが、まだ住み続けている人もいるようだ。今後、このいわく付きのアパートに果たして、どんな住人が住むことになるのか気になるところだ。
私は、2016年にその名も『事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)という本を上梓し、数年にわたって取材した家族間殺人や孤独死などが起こった物件に関する裏話を紹介した。この取材の中では、事故物件に住む人々に話を聞く機会にも恵まれた。今回は、事故物件に住む人々にスポットを当て、なぜ、事故物件に住むのか考えてみたい。(ノンフィクション・ライター、菅野久美子)
なぜ事故物件を選ぶのか。まず、一番大きな動機として誰もが思いつくのが、その価格の安さではないだろうか。
「メンタルに絶対の自信があれば、コスパを優先する人には事故物件は超お勧めです。私がいたところは住み心地も良くて最高でした」
フリーターの菊池寿明さん(仮名・35歳)は、得意気にそう語った。菊池さんは先住者が首吊り自殺した後、1か月も発見されず放置されていたという部屋に3年間住んでいた。最寄りは中央線沿線でも人気の某駅。友達も多く住んでいることから、どうしてもこのエリアの近くに住みたくて仕方がなかった菊池さん。月5万円以内という条件で探していたが、その条件では、風呂なしのボロアパートしか出てこない。
そこで発想を転換して、思い切って「事故物件ありませんか」と不動産屋に尋ねてみた。すると、出てきたのが、「駅から徒歩4分、築15年、1K7畳、家賃4万5000円」という破格のマンションだった。同じ物件であれば相場は7万5000円~8万円というからほぼ半額である。しかも、初期費用として通常ならかかる礼金はなしで、敷金だけでいいというから驚きである。
不動産屋が言うには、遺体の体液がフローリングの下にまで染み込んでいたため、床も壁紙も総取り換えして、フルリフォームしたらしい。そのため、部屋中どこを見回しても、異様なくらいピカピカだったことが、今でもやけに印象に残っているという。
望んで入居した菊池さんだったが、さすがに引っ越して約1か月間は「何か霊でも出るのではないか」とビクビクしていたそうだ。「ピキッ」という天井の木材が軋む音がいちいち気になったりもしたが、それも最初のうちだけで、「長く住めば住むほど、事故物件であることは気にならなくなった」と言う。
結婚後は、妻となった女性もこの部屋で新婚生活を送った。しかし、妻の妊娠が発覚後、さすがにそのまま単身用のアパートで暮らすのは手狭だろうと、なくなく引っ越すことになったが、事故物件の安さと快適さが忘れられず、現在もファミリー向けの事故物件を探しているという。
菊池さんのように、事故物件であるということを気にさえしなければ、事故物件はかなりお得な買い物だと断言できるだろう。なお、独立行政法人のUR都市機構の場合だと、人が亡くなった住宅を「特別募集住宅」として、次の入居者を募っており、通常1年間、または2年間家賃が半額に割り引かれる(※物件によって異なる)。
事故物件専門という珍しい不動産会社もある。不動産会社「オージャス」(所在地・神奈川県横浜市)の白石千寿子代表は、数多くの事故物件の売買を手掛けてきた。彼女は、事故物件に住む人々の特徴についてこう話す。
「投資家を除くと、老夫婦だったり、年配の親を抱える夫婦だったり、または若い新婚さんの夫婦だったりと属性は様々ですね。事故物件の中には分譲タイプもあるのですが、分譲タイプを購入する人は、経済的にあまり余裕がないと感じられる人が多い気はします」
白石さんによると、事故物件を選ぶ最大の理由は、予想通りではあるが、やはり安さ。しかし「最近は、事故物件であることをあまり気にしないという人も増えていますよ」とも言う。
たとえば、死後6か月の男性の孤独死が発生した神奈川県にある築1年のマンションを、新婚の夫婦がその価格を見た途端すぐに購入を決めたことがあった。他にも「お化けなんか気にしないし、それを言うなら、自分も冥界が近い。それなら、安い方がいい」と自ら事故物件を選ぶ高齢の女性すらいるという。
ただし、一口に事故物件といっても、地方はともかく都心の一等地のマンションともなると、例えニュースに出るような殺人事件があっても、一般の住宅と価格が変わらないことも多いという。単純に借り手・買い手に困らないからだ。
なお、事故物件を取材していると、不動産業者らから「事故の連鎖」と呼ばれる現象をよく聞く。実際、座間の死体遺棄事件でも、事故物件公示サイト「大島てる」に過去にも同じアパートで、何らかの事故があったことが投稿されている。
先の事故物件専門不動産会社の白石さんは、自身が売買する物件で「事故の連鎖」を防ぐため、自前で祈祷の儀式を執り行っている。お陰で今まで連鎖は起こっていないという。
「不動産屋の間でまことしやかに囁かれているのが、同じ物件に住むことによる『事故の連鎖』なんです。知り合いの不動産屋が手掛けた東京・浜松町の高層マンションでは、同じ物件で、自殺に自殺が重なり、事故が連鎖しました。こういった話は実は不動産屋の間ではかなりよく聞く話なんですよ」
事故物件は、つくづく世相を映す鏡だと思うが、住む人の人生観、死生観までも浮き彫りにする。もし、目の前に破格の物件があったとして、かつ先住者の死を想起させるものが跡形もなく消されていたとしたら……。あなたはそこに住んでみたいだろうか? 「高齢社会」から「多死社会」へ移行するといわれる昨今、事故物件との付き合い方を考えてみるのも悪くはないかもしれない。
【著者プロフィール】
菅野久美子(かんの・くみこ)。ノンフィクション・ライター。最新刊は、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)。著書に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)などがある。孤独死や特殊清掃の現場にスポットを当てた記事を『日刊SPA!』や『週刊実話ザ・タブー』などで執筆している。
(弁護士ドットコムニュース)