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クラムボンというバンドの“特異性” 徳澤青弦カルテットと紡いだビルボード公演を見て

2017年12月18日 08:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 クラムボンと徳澤青弦カルテットによるスペシャルライブが、12月3日と6日にビルボードライブ東京で、12月8日にビルボードライブ大阪でそれぞれ行われた。


 コトリンゴやくるり、RADWIMPSなど実に多岐にわたるアーティストのレコーディングやライブに参加してきた徳澤と、トリオ編成を基調としつつもアダム・ピアース(Mice Parade)や亀田誠治、菅野よう子ら様々なプロデューサー/クリエーターと共演し、自らの音楽性を拡張してきたクラムボンの付き合いは古く、クラムボンの通算8枚目のアルバム『2010』(2010年)で共演して以来、最新作『モメント e.p. 2』まで度々一緒に作品を作ってきた間柄である。さらに徳澤は、クラムボンのメンバーそれぞれの課外活動でも共演することも多く、バンドにとって(プライベートでの交流も含め)「第4のメンバー」と言っても過言ではない存在だろう。


(参考:ミトと沖井礼二が明かす、2人の「距離」と「伝家の宝刀」


 そんな両者が今回、ビルボードライブのためにリアレンジ~リビルドしたクラムボンの楽曲を演奏するとあって、会場には多くのファンが連日詰め掛けた。


 筆者が観たのは、6日の2ndステージ。21時を回って客電が消えると、まずは徳澤率いるカルテットが現れ、おもむろにチューニングを始めた。メンバーは押鐘貴之(1stバイオリン)、須原杏(2ndバイオリン)、梶谷裕子(ビオラ)、そして徳澤(チェロ)である。


 ほどなくしてクラムボンの3人がステージに登場。白い衣装に身を包んだカルテットとは対照的に、黒で統一した3人が楽器をセッティングすると、まずは2ndアルバム『まちわび まちさび』(2000年)収録の「シカゴ」からスタートした。オリジナル音源はハネるリズムと、その間を縫うようにうねるベースラインが印象的なポップナンバーだが、今宵はミトの弾くボサノヴァのようなアコギのストロークと、原田郁子のボーカルから始まるアレンジで、『Re-clammbon 2』の「Re-Re-シカゴ」を彷彿とさせるものだった。が、バイオリンによるカラフルなピチカートと、メロディに寄り添うようなチェロの演奏が重なると、これまで聞いたことのなかった新たな「シカゴ」が会場内に響き渡る。思わずハンドクラップで応えるオーディエンス。すると、1回目のサビが終わったと同時に伊藤大助の力強いドラムが加わり、サウンドスケープが一気に広がった。


 続く「希節」は、IV-V-IIIm-IVという鉄壁のコード進行を、アコギのアルペジオと拍子木のシンプルなリズムが繰り返しながら、入り乱れるカルテットによってリハモナイズしていく。反復の気持ちよさに身を任せ、めまぐるしく変わる響きのバリエーションに驚きながら、原田の唯一無二の歌声を聴いていると、クラムボンというバンドの特異性を改めて思い知らされる。音楽へのプリミティブな衝動と、知的興奮を掻き立てるアカデミックなチャレンジ、そして人懐っこく愛すべきキャラクター。そうした要素の絶妙なバランスが、彼らをクラムボンたらしめているといえよう。


 そんな彼らの持ち味が、この日最も如実に表れていたのが「はなれ ばなれ」と「ララバイ サラバイ」だ。まず、1999年のメジャーデビュー曲であり、そういう意味でも付き合いの長い「はなれ ばなれ」が、ミトがMCでも話していたように「もはや原曲をとどめない」くらいリアレンジ~リビルドされていた。黒板を爪で引っ掻いたような、バイオリンの耳障りなイントロはまるでホラー映画を彷彿とさせ、引きずるようなドラミングと足踏みオルガンのひなびた音色、粒立ちの良いコントラバスの低音は、PortisheadやTrickyと同様の不穏さをたたえている(ホラーとトリップホップは相性がいい)。中盤、カルテットがトレモロ奏法で、倍音を増幅し音の壁を構築していく。さらにミトが、グロッケンシュピール用のマレットをコントラバスの弦に叩きつけ、パーカッションのようなリズムを刻み始めると、今まで聞いたことのないようなサウンドスケープが立ち現れた。演奏を終え、確かな手応えを感じたミトが、照れつつもやや自嘲気味にこの曲を「はなれ ばなれ~ビルボードの悲劇バージョン~」と紹介すると、会場からは笑いが起きた。


 亀田誠治プロデュースの通算3枚目、『ドラマチック』収録曲である「ララバイ サラバイ」は、クラムボンの無邪気な遊び心が詰まったアレンジだった。イントロでは、まるでインドの古典楽器サーランギーのような、不思議な音色の楽器を弾いていた原田が間奏でピアノに向かうと、それまでドラムを叩いていた伊藤が彼女の側へ走り寄り、おもむろに連弾をやり始めた。すると今度は、グロッケンシュピールを叩いていたミトが2人の横に並び、3人で連弾を始めたのだ。原田、ミト、伊藤が並んでピアノを弾く……初めて見るその「絵」に感動しているのも束の間、再び各々の「持ち場」へ戻ると、後奏ではカルテットと共にまるでSigur RósやÁsgeirら、北欧アーティストのような力強く壮大なアンサンブルを奏で、オーディエンスの多幸感を引き上げていった。


 他にも、まるでニール・ヤングやWilcoを思わせるフォーキーなアコギのストロークと、寄せては返す波のようなカルテットのオーケストレーションが、雄大な自然と生命が織りなすリズム&ハーモニーのようでもあった「tiny pride」(『2010』収録)、オリエンタルな響きがドビュッシーを思わせる美しいピアノと、地を這うようなコントラバスが鮮やかなコントラストを織りなす「バイタルサイン」(2005年『てん、』収録)を披露し、ライブ会場限定販売の最新ミニアルバム『モメント e.p. 2』から、「タイムライン」を演奏して本編は終了。アンコールでは、「Slight Slight」(2016年『モメント e.p.』収録)を、まるでOasisやThe Verveのような、骨太のチェンバーロック的なアレンジで聴かせた。ステージ背面のカーテンが開き、屋外のイルミネーションが目の前に広がると、オーディエンスからはため息にも似た感激の声が上がった。


 作者にこれだけ愛されたら、きっと楽曲も本望だろう。音楽的なキャリアを重ね、新たなスキルを身につけるたびに既存の楽曲と新鮮な気持ちで向き合い、その時点での自分のベストを尽くして新たなアプローチを探っていく。そう、クラムボンは、自分たちが作り出してきた作品に対し、常にそんな姿勢で挑んできたのだ。朋友、徳澤青弦とクラムボンにより、リアレンジ~リビルドされた楽曲たちが生まれ変わる、その「瞬間の悦び」を目撃しているような、そんな奇跡的な一夜だった。(黒田隆憲)