2017年12月14日 20:32 弁護士ドットコム
北欧5カ国(スウェーデン、ノルウェー、アイスランド、フィンランド、デンマーク)の各国大使が12月13日、日本記者クラブ(東京都千代田区)で会見、移民や男女平等、少子高齢化、教育、雇用などさまざまな問題に対する最新の自国政策を紹介した。
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中でもメディアから注目度が高かったのは、国家レベルとしては世界初となる実験を行なっているフィンランドの「ベーシックインカム」だ。就労状態や所得額にかかわらず、一定額の現金を国が支給する制度で、複雑化した社会保障制度の改革や雇用促進の政策として導入が検討されているという。
フィンランドのユッカ・シウコサーリ大使によると、ベーシックインカムの実験は今年1月からスタート。2018年12月まで2年にわたり実施される。25歳から58歳の失業者2000人をランダムに選び、毎月560ユーロ(約7万5000円)を支給するというもので、国レベルでの実験は、フィンランドが世界初という。ベーシックインカムを受給中、就労しても継続される上、所得税率にも影響はないのが特徴だ。
その狙いを、シウコサーリ大使はこう語った。
「ベーシックインカムの導入は、社会保障制度の改革、また雇用を促進するために検討されています。フィンランドの社会保障制度は、国が独立した5年後にあたる1922年から少しずつ整備されてきましたが、長い年月を経て、複雑化かつ非効率化、官僚主義的になってしまいました。しかし、我が国も日本と同様、高齢化が進もうとしており、社会福祉にかかるコストを抑制することができないという認識です。
そのため、社会保障制度のシステムを簡素化すると同時に、国民的に生活の権利を損なわないようにしながら、『インセンティブの罠』も排除しようとしています。『インセンティブの罠』とは、失業者が求人があっても就労すれば失業手当をもらえず、可処分所得が下がるために就職しないことを示します。
今回のベーシックインカムの実験の主たる目的は就業促進です。構造的、長期的にフィンランドでは失業が慢性的な問題となっています。失業すると社会から疎外され、孤立感を深め、その結果、社会保障費が増大しかねません」
他にもメリットは見込まれているという。
「もう一つの狙いは、労働市場の変化に合わせることです。非正規や有期雇用、パートタイム雇用が昔に比べて普及してきました。ベーシックインカムの制度は、フリーランスやアーティストといった自営業、アントレプレナーにも向いた制度だと思います。正規雇用でなくても、働こうという意欲を失業者に持たせるのではないかと期待しています。こうした国レベルの実験を行うのは、フィンランドが初めてです。日本を始め、各国から大変な関心が寄せられています。今回の結果は、実験が終わってから公表することになっています」
シウコサーリ大使は、もし実験で有益性が認められた場合は、就労している人たちも対象に含めた追加実験が行われる可能性を示唆した。
また、デンマークのフレディ・スヴェイネ大使は、「フレキシキュリティ」をテーマに語った。日本では聞きなれない言葉だが、フレキシビリティとセキュリティを合わせた造語で、柔軟な労働市場と失業者保障を組み合わせた政策。毎年、25%の人たちの転職を支えているという。
「会社は社員を簡単に採用したり、解雇したりできます。グローバル経済が急激に発展している時、または停滞する時にその規模を柔軟に変化させることが可能になります。ただ、失業した人に対しては、きちんと社会保障によって手当がされます。
ただ、この政策は単独ではできません。3つ目の柱が必要です。つまり、積極的な労働市場政策です。我々は貿易国です。自由な貿易およびグローバル化は、自分の仕事が他に取られないようにしながら、社会保障が損なわれてはならないということです。そのためには、強い労働市場政策が必要になります」
スヴェイネ大使は、北欧諸国に通じる高い税率について、こう見解を話した。
「デンマークにおいて、社会保障は大事です。その他の北欧諸国においても税率はとても高くなっています 日本ではいつも消費税の増税が問題になっていますが、デンマークはまったく例外なく25%です。
しかし、私はこれを社会に対する投資と考えています。といいますのも、投資をするということは、そのリターンに関心を持ちます。デンマークでは、医療も教育も無料です。私には4人の子どもがいますが、これらをすべてを個人で払わなければならないとしたら、ものすごい借金があったのでしょう。でも、デンマークの社会では税金に対する国民のコンセンサスを得て、100年もその制度が続いています。ですから、私は税金を払い、社会に投資していることで安心感をもって夜眠れるのです。
社会保障は国ベースで開発されてきましたが、私たちが長期的に検討すべきは、どうやったら社会保障によって世界の人たちを助けられるか、考えることだと思います」
スウェーデンのマグヌス・ローバック大使は、欧州社会で問題となっている移民について政策を語った。
「移民問題はスウェーデン、また欧州の社会にとってストレステストになりました。私たちは、迫害や非人道的な扱いから逃れて庇護を求める人たちを受け入れています。我が国は長い間、移民の国でした。海外から流入する移民は1960年から現在まで続いています。移民によって、国は恩恵を受けています。製造業やサービス産業などで労働力が提供されてきました。また、国際的理解も深まり、グローバル化を進めることもできました。
一方で、移民のペースが早くなりました。これによって政治的な反発も起こっているも確かです。そこで『統合』という問題につながっていきます。移民のピークは2015年で、16万2000人が庇護を求めてスウェーデンにやってきました。人口1人あたりとしては、欧州でトップです。
それにより、社会福祉モデルに圧力がかかりました。住宅、学校、医療にも圧力がかかりました。2016年には難民の規制が実施され、一時的な国境管理が導入されました。一時的な在留許可に関しても同じです。デリケートですが、重要な問題です。多くの見方としては、難民に永住権を与えた方がいいという考えがあるからです。一時的な在留許可では、移民の人たちは社会のアウトサイダーであり続けるわけです。
私たちが多文化社会に向かっているのかは、よく聞く質問です。分離も起きている一方で、スウェーデンの規範や価値観への適応も行われています。政府からも市民の教育がトッププライオリティであると声明が出ています。EUサミットが明日から始まりますが、一番センシティブなのが移民問題です。責任を共有し、庇護を求める人たちの分配をする。経済的な保証が欧州で話し合われています。
私たちは責任を担うことによって、長期的には負担ではなくチャンスであると考えています。重要なのは、欧州連合の中で、全体として道を見つけることです。国際法の義務を守りながら、世界の人々が私たちのところに来てくれているということを活用したいです」
この他、ノルウェーのトム・クナップスクーグ参事官からは男女平等に関する制度、アイスランドのハンネス・ヘイミソン大使からは教育へのオープンアクセスについてプレゼンテーションがあった。
メディアとの質疑応答では、日本との違いとして「社会保障制度を支える高負担に不満は出ないのか」などが聞かれた。これに対し、スウェーデンのローバック大使は、「どのように税金を使うのか大きな問題であり、常に議論されていますが、スヴェイネ大使が話したように、税金は社会への投資だと納得してもらうことが大事です。つまり、信頼性が常に問われています」と答えた。
また、デンマークのスヴェイネ大使は、マイナンバー制度を例として挙げ、「日本の場合、欠けているのは当局や制度に対する信頼ではないでしょうか。デンマーク人は個人のデータを1967年から政府に預けていますが、信頼に基づいています。信頼は社会をうまく動かします」と指摘した。
(弁護士ドットコムニュース)