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日本の芸能事務所とは大違い!? ハリウッドのタレントエージェンシーの役割

2017年12月12日 10:52  リアルサウンド

リアルサウンド

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 タレントや俳優、ミュージシャンなどの芸能人とその所属事務所との間に起こる様々なトラブルは、日本の芸能界ではとりわけ目新しい話題ではない。よく見られるのが、事務所からの独立や待遇など、契約に関する双方の認識のずれに起因するものであるが、近年は知名度の高い歌手や俳優がその中心人物となるケースもあり、改めてメディア上で取り上げられる機会が増えている。


参考:ハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ疑惑がハリウッドに与えた衝撃と余波


 一方、巨大なエンターテインメント産業をもち、駆け出しの俳優から超大物コメディアンまで、ショービジネスの世界で生きるタレントが無数に存在するハリウッドに目を向けると、上のような「タレントと所属事務所による争いの泥沼化」というのは、意外にもなかなか見られない現象である。ハリウッドでは「タレントエージェンシー」と呼ばれる会社が日本の芸能事務所に相当するが、このエージェンシーがハリウッドでどのような役割を担っているのか、タレントとの関係とあわせて見ていきたい。


 ハリウッドのタレントエージェンシーは、業界最大手の4社―CAA(クリエイティブ・アーティスツ・エージェンシー)、UTA(ユナイテッド・タレント・エージェンシー)、WME(ウィリアム・モリス・エンデヴァー)、ICMパートナーズ、そしてそれらに勝るとも劣らず多くの有名タレントを抱えるGersh、APA(エージェンシー・フォー・ザ・パフォーミング・アーツ)、Paradigmと続き、その下には無数の小規模なエージェンシーが存在している。大手エージェンシーには、俳優のみならず、監督、脚本家、コメディアン、ミュージシャン、スポーツ選手、キャスターなど幅広いタレントが名を連ねているが、これらのエージェンシーでは、エージェント(代理人)という肩書きをもつ人たちが、タレントの日々の活動をサポートしている。


 エージェントの基本的な職務は、タレントに代わって仕事を探し、そして報酬や待遇面の交渉を行うことである。エージェンシー側はその見返りとして、タレントに支払われるギャラの通例10~20%を受け取る。そのためエージェントたちはスタジオや製作会社と日常業務レベルでのやりとりを通して、非常に強い情報ネットワークを持っている。さらに大手のエージェンシーともなると、自社で抱える脚本家の映画やテレビドラマ作品に、監督や俳優も抱き合わせで売り込むというパッケージング業務も行っている。より多くの自社のタレントを売り込むことで、エージェンシーにとっての報酬面でのインセンティブも大きくなる仕組みだ。力のあるエージェントたちの名前は、こういった作品の顔となるタレントの選定に深く関与する立場上、重要な決定事項に関わるビッグプレーヤーとして、ハリウッド中でよく知られている。2015年に業界最大手CAAから、そのライバルUTAへとエージェントが大量移籍したことで、やがて2社間の裁判沙汰へと発展したが、これはエージェントが果たす仕事の重要性を如実に表している。


 タレントとエージェンシーの関係性を、日本の芸能人と芸能事務所のそれと比較してみた場合、面白い違いに気づく。通常ハリウッドのエージェンシーが自社で抱えているタレントを言い表す場合、日本でよく言われる「所属タレント」ではなく、「クライアント」という呼び方が使われる。つまり、タレントは事務所に帰属する存在ではなく、あくまでも独立した存在で、さらに言えば、出演作品や方向性など、仕事における様々な決定事項に関して、あくまでもタレント側に主導権があることを意味する。ここに、エージェント業務も行いつつ、さらに新人には養成所としての一面もあるなど、時により高い帰属意識を求める日本の芸能事務所との大きな違いが存在している。


 しかし、エージェンシーとタレントの関係も、常にベストというワケでもない。何か問題が起きた場合には、タレント側がエージェントを解雇することもあるし、その逆もある。最近では、ハリウッド中を揺るがしたセクシャルハラスメント問題の余波を受け、タレントたちが自分のエージェントを解雇するといった話題が続いている。大ヒットドラマ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』で主役の一人を演じたフィン・ヴォルフハルトはその一人で、ハラスメントの疑惑により、自らのエージェントを解雇した。逆に、この問題でスキャンダルを報じられた一人となった、『ハウス・オブ・カード 野望の階段』で知られる俳優のケヴィン・スペイシーは、CAAからの契約を切られたことが報じられた。


 実はこれ以外にも、ハリウッドではエージェンシーの移籍は珍しいことではなく、タレントたちがキャリアの変化とともにエージェンシーを変えることは、比較的普通に行われている。特に若いタレントたちは、俳優としてステップアップするにつれ、それまでの小さいエージェンシーを去り、より良いコネクションや評判を持った大手に移る。『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のパフォーマンスで今年のアカデミー賞助演男優賞のノミネーションを受けたルーカス・ヘッジズは、今年の8月にParadigmからCAAへと移籍をした。またすでに大きな成功を納めている俳優たちも、例えばエマ・ワトソンは2016年12月にWMEからCAAへ、逆にその約1ヶ月後には、デイヴ・フランコがCAAからWMEへと移ったと報道された。またジョニー・デップも2016年10月にUTAからCAAへと移籍している。ハリウッドの業界紙には誰がどのエージェンシーに移ったという情報が毎日のように報道されており、タレントについてエージェンシーに問い合わせる際、「もううちのクライアントではない」という返事が来ることもある。


 エージェントがオーディションの機会を探し、仕事をとってくる以上、タレントのキャリアにおけるエージェントの貢献の大きさに疑う余地はないが、「お世話になった事務所に対する恩返し」よりも、現時点での自分のキャリアに見合うエージェンシーと組んでさらなる高みを目指す方が優先されるのは、ハリウッドでの共通認識である。そこにはタレントが事務所の「商品」であるという考え方は存在していないし、エージェントと同様の契約形態でタレント自身が雇うマネージャー、弁護士、広報も含めて、タレント中心のチーム作りがなされているのである。そういう点では、よりタレントに経営者に近い考え方を要求する環境である。


 ところで、ハリウッドのスタジオや製作会社側の角度から見ると、エージェンシーはある意味で、これからハリウッドの映画業界を志す多くの若者にとっての下積みの場として機能している。スタジオや製作会社の製作やストーリー開発部門を目指す上で、エージェンシーでの職務経験はほぼ必須要件とされる。これは日本でテレビの作り手を目指すものが、ADから始め、その後のキャリアを形成していく形にも似ているが、エージェンシーに身を置くことで、業界の最新の状況やルール、重要人物などが日常の業務を通して学べる上、その後プロデューサーとして膨大な仕事量をこなすための方法が叩き込まれるからである。こういった理由から、スタジオのストーリー開発部門や製作会社で活躍するエグゼクティブで、上で名前をあげたような大手エージェンシーでの経験をもつものは多い。レッドカーペットやパーティなど、華々しいイメージがつきもののハリウッドであるが、彼らにエージェンシーでの下積み時代の話を聞くと、多くが安い給料で、上司に怒鳴られながら休み無く働いたという返事が返ってくるところは、どこか日本と通じるものがあるのではないだろうか。


 このコラムではハリウッドのタレントエージェンシーについて、日本との比較もしながら見てきたが、現在はインターネットがもたらした消費者のメディアや情報との関わり方の変化によって、タレントとオーディエンスの距離を含め、彼らの活動の方法やキャリアのあり方は、劇的に変化している。タレントたちと密接に関わるエージェンシーも芸能事務所も、重要な過渡期にあるが、この先どこに向かっていくのか、興味深く見守っていきたい。(田近昌也)


【参照】
・http://variety.com/2016/biz/news/emma-watson-caa-1201933710/
・http://variety.com/2017/film/news/dave-franco-wme-1201962928/
・http://variety.com/2016/film/news/johnny-depp-leaves-uta-caa-1201902397/
・http://beta.latimes.com/entertainment/envelope/cotown/la-et-ct-caa-agents-united-talent-agency-uta-20150402-story.html
・http://variety.com/2017/tv/news/stranger-things-apa-1202595288/
・http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/tv/news/kevin-spacey-publicist-talent-agency-sexual-assault-allegations-a8035061.html
・https://www.hollywoodreporter.com/news/manchester-by-sea-star-lucas-hedges-signs-caa-1031419