2017年12月09日 09:42 弁護士ドットコム
沖縄県の子どもの貧困率は、29.9%ーー。これは、全国13.9%の2倍以上にあたる。沖縄県が独自に調査を行い、2016年4月に公表した結果は、子どもの3人に1人が「貧困状態」にあるというもので、衝撃的なニュースとして報じられた。
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独自に子どもの貧困実態調査を行ったのは、都道府県では沖縄県が初めて。全国に比べ深刻な状況が予測されたため、緊急に対策が必要という認識からだ。一般的に、県別の貧困率を算出するには困難が伴うが、調査には子どもの貧困問題に詳しい専門家らのチームが結成され、行政と民間が協力して実現した。
その結果を受け、沖縄県では本格的な取り組みが始まっている。その一つが、10月に沖縄県と民間が協働で刊行した『沖縄子どもの貧困白書』(沖縄県子ども総合研究所編、かもがわ出版)だ。本書では、沖縄県の厳しい実態を報告しながら、地域での取り組みや未来へのプランを提示している。その「沖縄モデル」とは? (弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
本書の冒頭、「子どもの貧困の当事者」たちが登場する。その一人、社会養護施設経験者の女性は貧困家庭に生まれ、小学4年から児童養護施設で暮らした。「問題のない子」として成長していくが、高校生になってから自分の置かれている状況が「恥ずかしい」と思うようになったという。女性はこう語る。
「少しだけ自分だったらと想像してみてください。クラスの9割は携帯電話を持ち、友人たちは学校帰りに話題のアイスクリーム屋さんに寄り道して帰ります。また、持っている時計や靴でクラスの序列が決まることだってあります。
みなさんが言うぜいたくが、あの頃の私には死活問題でもあるかのように感じられ、とても惨めな思いをしました。少しの惨めさやがまんの積み重ねが子どもの自己肯定感を低くしていきます」
貧困当事者の子どもが、もし携帯電話が欲しいといえば、わがままだ、ぜいたくだとバッシングされる社会。「私たちは望んで『子どもの貧困』の当事者になったわけではない。私たちにもみなさんと同じように、親から愛され、好きなことを望み、経験する権利があるはず」という女性の言葉は、ストレートに胸に刺さる。
今回の調査がいかに進められ、どのような展開をしたか、本書では詳細につづられている。
子どもの貧困については、2013年に「子どもの貧困対策の推進に関する法律」が国会で成立、翌年4月に施行している。「子どもの貧困対策会議」も設置されるなど、国でもこの問題に取り組んでいるが、沖縄県議会からは、より具体的な県内の実態調査を行い、それに即した計画策定を行うべきであるとの提言が出されたという。
一般的に、都道府県ごとに貧困率を算出するのは難しいと言われている。しかし、沖縄県は経済状況が全国と大きな差異があることから、独自の貧困率を明らかにすることは必須であるとして2014年5月、民間のシンクタンクである「沖縄県子ども総合研究所」に業務を委託、専門家による調査チームを結成して、手法を模索した。
その結果、すべてのデータが揃う8市町村のデータを利用することになった。そのデータ数は県内の子ども約7割をカバーしていることから、実態を反映したものと考えられた。そうして算出されたのが、冒頭にも書いた「29.9%」という数値だった。
実態が把握されたことで、さまざまなことが動いた。調査結果は、県内メディアでも報じられようになり、問題意識を共有することができた。また、調査当初は県職員3人から始まったチームは2016年11月、結果公表から1年経たずに総勢11人という「子ども未来政策課」へと拡大した。
本書に寄稿した子ども未来政策課の喜舎場健太課長によると、「今、必要としている子どもたちに支援を届けるためには、スピード感をもって対処していくこと」が重要だという。
調査結果をふまえ、2016年3月に子どものライフステージに沿った、切れ目のない総合的支援を目的とした「沖縄県子どもの貧困対策計画」を策定している。2012年度までの計画で、「乳児検診の受診率」から始まり、「高校の進学率」や「大学進学率」など34の指標の目標値をそれぞれ設定、重点施策も定めた。
また、「沖縄子どもの未来県民会議」の運営もスタート。企業の寄付金やサポーター会員を募り、その収入を給付金型奨学金や通学費負担、広報活動、啓発活動の事業にあてている。スピード感もさることながら、継続性のあるものを目指しているという。
この他、本書では官民連携の取り組みとして始まった子ども食堂や学習支援などの子どもの居場所も、調査開始から2年を経た現在、県内100カ所を超え、地域を巻き込んだ大きな運動になっていったことが報告されている。
県独自の貧困率を算出することは、沖縄県にとって、厳しい試みだったはずだ。しかし、現実を直視することを恐れず断行したことが、官民連携の取り組みにまで広がった。沖縄県子ども総合研究所の顧問で、加藤彰彦・沖縄大学名誉教授は本書の巻末、「沖縄の子どもたちの貧困状況が可視化されたとき、生活困窮の現実に気づいたとき、県民1人ひとりが、市町村の職員が、自分にできることはないかと考え行動を始めたのだと思います」と寄せている。
こうした官民連携の「沖縄モデル」により、沖縄県は2030年までに子どもの貧困率を10%までに減らすことを目指している。一方、沖縄県の出生率は全国1位であると同時に、離婚率、母子世帯の割合も全国で最も高い。子どもの貧困の背景は複雑で、解決しなければならない課題は山積しているが、まずは勇気ある第一歩が踏み出せたのではないだろうか。
12月10日には本書の出版を記念して、那覇市の沖縄大学でシンポジウム「沖縄の子どもたちの暮らし これから私たちにできること」が開催される。『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』(太田出版)の著者でもある琉球教育大学の上間陽子教授ら本書を編集、執筆した識者らが登壇、沖縄の子どもたちの未来について話し合う(当日参加も可能だが、できれば事前申し込みを。詳細はこちらまで http://www.kamogawa.co.jp/topic/0929_shinpo.html )。
(弁護士ドットコムニュース)