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『刑事ゆがみ』の根底にあるのは『火サス』? 浅野忠信×神木隆之介バディの絶妙さ

2017年12月07日 06:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 視聴率では苦戦を強いられているものの、「今クールNo.1」という声も多いドラマ『刑事ゆがみ』。


参考:『刑事ゆがみ』Pが語る、浅野&神木バディに萌えるワケ 「二人の関係性の作り方は恋愛ドラマと同じ」


 原作は井浦秀夫の同名漫画だが、ドラマのファンが原作を読んだら、おそらく空気感の違いに驚かされることだろう。そもそも井浦秀夫は、『弁護士のくず』で知られる、しっかりしたストーリーテラーの漫画家だ。とはいえ、絵柄はかなりクセがあり、おじさんテイスト。掲載誌も『ビッグコミックオリジナル』と、やはりメイン読者はおじさんの雑誌だ。にもかかわらず、ドラマから受ける印象は大きく異なり、Twitterの反響が大きいことなどから見ても、おそらく支持層は若い世代がメインに見える。


 しっかりしたストーリーをもとに、西谷弘監督らしい美しく凝った映像、緩急をつけて笑いを随所に盛り込んだテンポの良い脚本、魅力的なキャスティングによって、作品の印象を原作より大幅に若返らせたことが「低視聴率、高評価」につながっているのではないか。


 刑事モノでありながら、扱われる題材は、さほど大きな事件じゃない。犯人も比較的早い段階で、容易にわかる。むしろ主眼を置いているのは、トリックや謎解きでなく、犯人の動機、心理描写、人間ドラマのほう。だからこそ、事件は毎回スッキリ解決しない。最終的に、モヤモヤ、切ない気持ちが余韻として残る。


 これは近年流行りの「イヤミス」的でありつつも、根底には日本人がみんな大好きな『火サス』など、2時間ドラマのテイストが流れていると思う。なんなら毎回、崖が出てきても、温泉や鉄道が出てきても、全然不思議じゃない。人間の感情のゆがみや、運命の皮肉、悲しさ、懐かしさが厚く描かれる。


 そもそも火サス的世界の魅力と弱点は、「観ると確実に面白いこと」と「映像やキャラクターが醸し出す暗さや湿度が、ちょっとしょっぱい気持ちにさせるために、どうしても視聴者の世代を選ぶこと」だと思う。


 その点、『刑事ゆがみ』は、映像と脚本、キャラクターが暗さと湿度を取っ払うことで、ときにカラリと、ときに妖しく、ときにキュートに、現代的でスマートな作品に変えているように思う。特に作品を魅力的にしている最大の要素は、浅野忠信演じる弓神適当と神木隆之介演じる羽生虎夫のバディのバランスだ。弓神は原作よりヘラヘラしていて怪人でお茶目だし、神木は原作より賢く、ふてぶてしく、そして腹黒い。


 天才的な主人公が出てくるバディものは通常、天才の暴走や奇行を相方がフォローしたり、抑えたり、振り回されたりと、主と従の関係になりがちだ。だが、同作の場合、2人が主と従になるのでなく、別々のベクトルで互いに引っ張り合い、拮抗したバランスになっている。


 なんなら、物語をぐいぐい進めていくのは神木が主で、背後でいつもヘラヘラしたり、勝手にフラフラとどこかの扉を開いていたりするのが浅野忠信だ。このバランスは原作と大きく異なるが、それが成立するのは、役者2人の力、そして彼らが持っているパブリックイメージや、素材本来の魅力を、役柄にのっけっているからだろう。近年のドラマ作りの主流になっている、「売れっ子バイプレーヤーをてんこ盛りにする」という保険的な手法を用いていないのも、シンプルで実に見やすく、好感が持てる。


 ともあれ、このドラマを観ると、「原作に忠実」であることが、実写化のベストな回答ではないことをしみじみ感じる。これは古くは『きらきらひかる』や『カバチタレ!』でも見られたケースだ。そうした意味で、原作の縛りがきつくなく、映像としての可能性や解釈の拡大を許容できる懐の深さ、成熟度を持つ“青年漫画”原作には、まだまだ質の高いドラマの素材が眠っているかもしれない。


■田幸和歌子
出版社、広告制作会社を経てフリーランスのライターに。主な著書に『KinKiKids おわりなき道』『Hey!Say!JUMP 9つのトビラが開くとき』(ともにアールズ出版)、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)などがある。