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アメリカの医療は本当に先進的なのか? 超ハイテク医療ドラマ『ピュア・ジーニアス』の問いかけ

2017年12月02日 12:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 世界最高水準にあるアメリカの先進医療。従来の方法では治療が難しいと診断された患者たちが、いまも世界各地から希望を求めアメリカの地に降り立っている。今回紹介する『ピュア・ジーニアス ハイテク医療の革命児』は、そんな先端的な医療のなかでも、過激なまでに“超最先端”の技術を駆使して、アメリカでも治療困難として見放される患者を救おうとする医師たちの奮闘を描く、個性的な医療ドラマだ。ここでは、その内容を紹介しながら、医療ドラマが作られ続ける理由や、現実の社会に共通する問題についても考えていきたい。


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■舞台は難病専門の超ハイテク病院


 ダーモット・マローニー(『ベスト・フレンズ・ウェディング』)が演じるのが、天才(ジーニアス)と呼ばれる、世界でも指折りの技術を持ったベテランの外科医・ウォルターだ。彼が、勤務している病院を解雇になるところからドラマは始まる。ウォルターは子どもの患者を、なんとしても救いたいという一心から、政府機関である「アメリカ食品医薬品局」に認可されていない実験段階の化学療法を行い、子どもの患者を死なせてしまったのだ。


 そんな医師に声をかけたのが、オーガスタス・プリュー(『きみがくれた未来』)が演じる、IT業界で革命を起こし財を成した、もう一人の天才である若き億万長者ジェームズである。彼が経営する、IT企業の一大拠点であるシリコンバレーにそびえ立つ「バンカーヒル」病院は、他の病院で匙(さじ)を投げられた難病の患者たちを集め、まだ実用化されてない試験段階の先進技術を積極的に利用して治療していた。そこでの手術や入院など、治療にかかる全ての費用は完全に無料なのだという。そう聞くと、危険な人体実験を行う違法な病院なのではないかと警戒してしまうが、本作を見ると、その手続きは、インフォームド・コンセント(説明と同意)を経ており、あくまで適法に患者の意志を尊重しながら、安全を心がけようとする意志が伝わってくる。


 手術を含めた治療プランは、医師や技術者を含めた優秀なチームのメンバーによる会議によって決定される。通常ならば治療が困難な患者を、各分野の専門家たちが、「どうすれば患者を救えるのか」という共通の価値観だけをもって、いままで試されてこなかった、採算度外視の奇抜な治療方法を、ディスカッションしながら模索するのである。ITの革命児・ジェームズも、この会議に参加し、積極的に意見を出す。そこでは、従来の医師の発想からは出てこなかったような、IT(情報技術)、ロボット工学、バイオテクノロジーなど、様々な方面からのアプローチが検討される。事故により切断を迫られる少年の脚を、内部から「蜘蛛の糸」でつないだり、記憶喪失になった患者の頭の中に、外部から信号を送って脳波を活性化させるなど、奇想天外なアイディアがどんどん飛び出してくる。そのなかには、本当に大丈夫なのかと心配になってくるような方法もあり、実際にピンチに陥る場面にハラハラさせられる。


■絶対にあきらめない医師と患者のドラマ


 もちろん、先例のない技術を使用するのにはリスクがある。「標準医療」として認可され、保険が適用されるまでにかかる、長い年数がかかる臨床試験というのは、患者の安全や治療の効果を保障する意味で必要なものだといえる。だがそれを待っている間に、決定的な治療法の確立されていない難病にかかった患者は手遅れになってしまう場合もあるだろう。新技術が認可されるまでにあまりにも時間がかかってしまう理由の一つには、医療業界の利権を背景にした圧力があるのではないかという指摘もある。


 ウォルターはバンカーヒル病院で、難病対策チームのチーフとして迎えられることになる。「診断にハイテクは必要ない。医療は人によって行われるべきだ」と主張していたウォルターも、テクノロジーの力を信じるジェームズの、命を救うためにあきらめず方法を模索し続ける姿勢や、スタッフたちのひたむきな努力、治療を望む患者や家族たちの想い、それらによって引き起こされる奇跡を目の当たりにすることで、バンカーヒル病院の目指す「医療の革新」に、自身の医師としての理想を重ねはじめる。「ピュア・ジーニアス」という、本作のタイトルは、「真の天才」という意味で使われる言葉だが、「ピュア」は「純粋」という意味でもある。純粋な心を持った天才こそが奇跡をなし得る、本作はそう言っているように感じられるのだ。


 それにしても、若きIT長者ジェームズは、なぜここまでの大金と時間と手間を投じて、金持ち相手でない慈善とも思える事業を行っているのだろうか。そこがはっきりしなければ、やはり病院に対する不安感はぬぐいきれない。バンカーヒルで勤務することを検討するウォルターも、やはりそのように考えていたが、ジェームズはウォルターを迎え入れるため、第1話のラストでその意外な理由を明かすのだった…。


 医療ドラマが視聴者の胸を打ち、絶えず作り続けられるのは、病院という場所が、生と死、または傷病という、人生に関わる深刻なエピソードに事欠かず、極限状況における葛藤を、毎回のように描くことができるからであろう。本作が特徴的なのは、そこで起きる人間ドラマに、テクノロジーが深く関わってくるという点である。ときに感情のない冷たいものだとして、映画やドラマ作品において悪者として描かれることもある先進技術というものを、人間の愛情や熱意のこもったものとして描き直しているのである。


■現実とリンクする本作の医療技術


 先進医療はアメリカ社会のなかで、いま最も成長が著しいホットなトピックでもある。本作で描かれた、新技術と医療の融合から生まれる新しいシステムというのは、現実の医療でも実際に使われ始めている。


 インターネットを経由しクラウド上で管理される「電子カルテ」システムは、それを導入する病院全てが記録し閲覧でき、患者自身も、携帯アプリによって自分の診療情報や治療の状況、検査の時期をチェックすることができる。また、個人に合わせた体調管理プランの提案や、病院の医療スタッフとコミュニケーションができる機能も、すでに一部では実現化している。


 本作では、病院が開発した腕時計のようなものが登場していたが、これも「ウェアラブル・デバイス」と呼ばれている実在の機器だ。医療的な機能を持ったデバイスには、装着した人間の脈や体温を常に記録し、異常を感知すれば医療機関へと即座に自動報告する機能を持っているものがある。これも人命救助への大きな助けとなるシステムだ。


 日本でも、先進医療は多くの病院で行われているという。厚生労働省が定めるところでは、先進医療における診療などについては保険が適用されるが、「先進医療に係る」部分の費用については、「全額自己負担」とされている。治療内容や期間によっては高額な費用がかかることになるのだ。また、アメリカで難病を治療するには、さらに莫大な医療費がかかることになるだろう。本作の舞台となるバンカーヒル病院が本当に実在してくれたら…と思う視聴者も少なくないはずだ。


■アメリカの医療は本当に先進的といえるのか


 近年、アメリカでは保険料の値上がりがひどく、職場などで保険に加入しておらず高額な保険料を支払うことができない市民は、簡単な手術を受けるだけでも破産のおそれがあるため、おいそれと病院に行けないという事態が頻発している。


 マイケル・ムーア監督がドキュメンタリー映画『シッコ』で映し出したのは、まさに「命を金で買う」ような、アメリカの医療の驚くべき現実だった。そこに登場する、建設現場での事故で指を二本切断してしまったある男性は、保険に加入していなかったため、医師に「薬指の接合は1万2千ドル(約135万円)、中指の接合には6万ドル(約675万円)」という高額な治療費を提示されたという。全て払えば指を接合し再び使えるようにできるが、払えないのなら、くっつける指を選べと言われ、ついにこの男性は、薬指だけを選ぶことにし、中指の方は接合しないままなのだという。本当にアメリカは先進国なのかと疑うような、ショッキングなエピソードである。世界で最も進んだ医療技術を持っているアメリカの病院は、実際には高額な医療保険に加入していないと治療を受けることさえもできず、受けられたとしても莫大な借金を背負い生活が破綻することになるのである。


 この状況は、日本においても対岸の火事ではない。日本の国民健康保険料も増加傾向にあり、経済格差が社会問題化しているなかで、保険料が全額負担となる自営業者や個人事業主、貧困にあえぐ家庭では支払えなくなっているケースが続出しているという。日本もアメリカ型の医療制度に近づきつつあるのだ。


 手厚い保険に加入できていないアメリカの市民にとって、医療は本当にシリアスな問題である。とくに本作で描かれるような手間のかかる先進医療ともなると、それはほとんど富裕層のためのものとなっているのが現実である。だから、本作のバンカーヒル病院は、そのような一部の人間のためでなく、アメリカの一般市民が必要な治療を受け、難病を乗り越えさせる理想的な場所として描かれている。健康な体で人生を過ごすことは、全ての市民の願いである。その気持ちや人生の重みには、貧富のような差などないという事実を、難病と闘う医師と患者たちの熱いドラマによって、本作は訴えているのだ。(小野寺系)