2017年5月、第101回インディ500を制した佐藤琢磨。日本人ドライバーとして初の快挙、自身にとってもオーバルコース初勝利での大金星となった。この偉業の裏側に何があったのか、あらためて振り返ってみよう。終盤を迎えて「思わず手が震えた」理由とは──。
2012年のインディ500で、佐藤琢磨は最終ラップで2番手を走っていた。ここまで来たら、勝負しないわけにはいかない。琢磨は首位を行くダリオ・フランキッティに仕掛けたものの、結果としてはウォールにクラッシュして終わることになった。
琢磨自身は、このときの経験が2017年の勝利につながっていると語る。エリオ・カストロネベスに対して早めに動き、自分が首位に立つ。もしカストロネベスに再び抜かれるとしても、また抜き返す──残り周回数を考えて、早めに勝負をかけた。
このとき琢磨の盟友としてスポッターを務めているロジャー安川の脳裏にも「2012年の記憶がよぎった」という。
広大なインディアナポリスでは、ドライバーひとりに対して、ふたりのスポッターがつく。ロジャーはターン1のスポッタースタンドで、琢磨とともに長丁場を戦っていた。
かつてはドライバーとしてインディカーシリーズを戦い、インディ500にも出走した経験を持つロジャーの言葉は的確で、琢磨は「オーバルを戦う上で、かけがえのない存在」と信頼を寄せている。
スポッターからドライバーに伝える言葉は短く、シンプルだ。順位を争う他のドライバーとの距離、相手のポジションを明確に伝える。ロジャーは同じ単語でも言葉の強さを変えることで、微妙なニュアンスを伝え、コース上のドライバーと“併走”する。
琢磨に抜かれて2番手に落ちたカストロネベスは、もう一度アタックを仕掛けてくる。それを伝えるスポッターの声に緊迫感が混ざる。最後のバトルをしのいだ琢磨に「クリア」と声をかける。
いつも冷静なロジャーだが、2012年に続いて、目の前に勝利が見えてくると、双眼鏡を持つ手が震えた。「ホワイトフラッグ」チェッカーまでは、あと1周だ。そして、琢磨がトップでフィニッシュすると、しばし静寂が訪れた。
琢磨の歓喜の叫びが響いたのは、そのあと。緊張から解放されたロジャーは無線を通して、思わず日本語で話しかけていた。
「おめでとう」
ロジャーはライバルでもあるスポッター仲間から祝福を受け、「早く行けよ!」と促されてビクトリーレーンへ向かった。
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