2017年12月01日 11:13 弁護士ドットコム
企業に対して未払い賃金を請求できる期間について、現状の過去2年から、最長5年に延長する方向で厚生労働省が検討していることが日本経済新聞(11月19日付朝刊)で報じられた。
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日本経済新聞によると、サービス残業を減らし、長時間労働を抑制する狙いがあるという。今後、厚労省が検討会を設置して議論を進め、労働基準法改正が必要となれば、2019年に法案を国会に提出することになるという。
なぜ5年に延長することになるのか。5年に延ばすことで、どのような影響が考えられるのか。竹花元弁護士に聞いた。
そもそも現状の法的位置付けはどうなっているのか。
「現在の労働基準法(労基法)115条は『この法律の規定による賃金(退職金を除く)、災害補償その他の請求権は2年間、この法律の規定による退職手当の請求権は5年間行わない場合においては、時効によって消滅する』と規定し、退職金以外の賃金請求権は2年間で時効消滅するとしています。その一方で、現在施行されている(改正前)民法は、賃金請求権の消滅時効期間を1年間と定めています」
どちらの決まりが適用されることになるのか。
「労基法は民法の特別法として、労働条件の最低基準を定めるものですから、賃金請求権の消滅時効期間は労基法が適用される結果、2年間とされます」
それがなぜ延長されるのか。
「改正民法が本年6月に公布されました。改正民法においては、消滅時効期間のルールが整理され、『権利を行使することができることを知った時から5年』または『権利を行使することができる時から10年』のいずれか早い期間の経過により消滅時効を認めます。
そうすると、改正民法の施行後には、賃金の消滅時効期間が民法によれば5年であるのに、労基法によれば2年ということになります。先ほど説明した通り、労基法が労働条件の最低基準を定める法律であるにもかかわらず、労働者にとって、長い方が有利である賃金債権の消滅時効期間が『労基法が適用される結果、民法より短くなる』事態には、以前から疑問を呈する声がありました。
賃金の消滅時効期間を5年に延長しようという動きには、長時間労働の抑制という目的のほかに、以上のような立法的背景もあると思われます」
5年になることで、どんな影響があるのか。
「未払い賃金や残業代の請求を行う場合、これまでは、過去2年以内に発生した賃金のみを請求してきました(3年間分の賃金相当額の請求を認めたケースもないわけではありませんが、極めて稀なケースです)。2年間分のみを請求する理由は、ひとえに賃金請求権の消滅時効期間が2年であるからです。
これが5年間に延長したらどのような事態が生じるのか、考えてみましょう。
未払い残業代が問題となるケースでは、2年でも200万円~500万円であることはざらであり、1000万円を超える場合もあります。消滅時効期間が5年間に延長したら、就労期間が長い場合、単純に計算して最大で現在の2.5倍近くの残業代の請求が認められることになります。消滅時効期間が延長することで残業代などの未払い賃金請求の金額が増える方向に働くことは間違いなく、未払い賃金のある企業にとって多大な負担になります。
未払い残業代請求事件が発生した場合の企業に与えるインパクトは格段に大きくなるので、企業としては未払い残業が出ないように、労働時間を短縮すべく試行錯誤すると考えられます。しかし、人手不足であるうえ、一人あたりの労働時間の圧縮がなされると、現在と同じ事業活動を営むことができない企業も出てくるでしょう。その場合に、『みなし残業代』のようなグレーな制度をより推進する企業も出てくるかもしれません」
グレーな制度運用が横行した結果、何が起きるのか。
「みなし残業代制度の有効性を裁判所は厳しく見てきます。グレーな制度を採用してその場をしのいでも、従業員がみなし残業代の無効を主張して未払い残業代を請求すると、結果的に、裁判所がみなし残業代制度を無効と判断する可能性があります。この場合、『高額な賃金単価』で、『既払い残業代がゼロ』を前提に、最高で5年分の未払い残業代の支払いを命じられることになります。
現在、新しい労働時間制度の導入も議論されていますが、見通しは不透明です。
現状の制度を前提とすると、企業は未払い残業代が発生する余地がないような『仕組み』と『働き方』を実現する必要があるでしょう」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
竹花 元(たけはな・はじめ)弁護士
2009年の弁護士登録と同時にロア・ユナイテッド法律事務所入所。2016年2月に同事務所から独立し、法律事務所アルシエンのパートナー就任。労働法関連の事案を企業側・個人側を問わず扱い、交渉・訴訟・労働審判・団体交渉の経験多数。
事務所名:法律事務所アルシエン
事務所URL:http://www.alcien.jp